さらば初恋【Bパート】
この日の練習は柔軟運動とキャッチボールの後、三浦は部員一人一人に合わせた練習メニューのプリントを配った。
「ルール講座ぁ?」
直実は自分の所に書かれている情けない項目を見て思わず声が出てしまった。
「鷹ノ目、お前にはこの一週間で野球のルールを覚えてもらう。
一概にルールと言ってもケースに合わせたベースカバーやバント処理といった実践知識も含まれている。」
三浦の説明に直実はぐうの音も出ない。
野球のルールや知識が限りなくゼロである事は自覚しているし、それが致命的な欠陥である事も理解出来た。
「先生、このキャッチャーのレクチャー‥‥って何ですか?」
亀裂骨折の為、ランニングと柔軟運動の一部以外を禁止されている土肥が尋ねた。
「土肥、お前は治るまでキャッチャーの基礎を羽野に教えてやってくれ。
キャッチング、フィールディング、リード、バックアップ、どれ一つ今の羽野は出来ない。
お前の持っている技術・知識・理論を羽野に伝授してやってくれ。
他人に教える事でお前自身のレベルアップにつながるはずだ。」
「‥‥‥‥わかりました。」
長い沈黙の後、土肥は三浦から目線を外して答えた。
「よろしくお願いします!」
羽野は土肥に頭を下げて挨拶をした。
だが、明らかに不服そうな表情の土肥は何も答えなかった。
● ● ●
その日の部活練習後、直実と明美は駅近辺の繁華街を歩いていた。
「アケ~、一体何買うの?」
あちこち連れ回されたが何も買わない明美に直実はたずねた。
「う~ん、あんまりいいのがないのよねぇ。やっぱ、都内に行かなきゃ駄目かなぁ?」
「だ・か・らぁ、何探してんの?」
「服も靴も小物も見てんだけどね‥‥田舎センスばっかなのよ。」
「そんなお金持ってんの?」
「持ってる訳ないじゃん。
良さげなのがあったら親にねだるのよ。
あ~~~っ、でもダサイのばっか‥‥何で私、都内に生まれなかったんだろ?」
一人でエキサイトする明美に、直実はどっと疲れが襲い掛かってきた。
「ナココも女の子なんだからオシャレしなきゃ駄目だって!」
「オシャレねぇ‥‥何か、照れくさいなぁ‥‥。」
直実は頬をポリポリと人差し指で掻きながら答えた。
「ナココ、ナココ!」
突然、明美の右手が直実の肩をパタパタとあわただしく叩く。
「なぁに?」
「ねぇねぇ、あれ田上くんじゃない?」
明美は通称沖スポと呼ばれている沖田スポーツ店を指さして直実に話し掛けた。
「あっ、そうだ、ナココ。私、張り替え用のラバー見なくちゃ。」
田上の名前を聞いた瞬間、耳まで火照る直実を横目で見ながら明美は言葉を続けた。
明らかに直実の反応を楽しんでいた。
「あ、私‥‥そろそろ帰んなきゃ‥‥。」
「駄~目、私の買い物に付き合うって約束でしょ~。」
明美はわざと意地悪そうに言ってみる。
「じゃ、じゃあ‥‥ここがラストね。」
直実は心臓がバクバク言っているのを気付かれまいとして極力自然に振る舞った。
(ナココったらうれしいクセに‥‥。
近くに行かせてあげるかんね。
うん、私ったら何て親友思いなのかしら、感謝しなさいよ。)
田上の近くに行きたいのに行けない直実の気持ちなど明美にはお見通しだった。
逃げられないように直実の腕をしっかりつかむと、沖田スポーツ店へと進んで行った。
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