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鉄腕ラリアット  作者: 鳩野高嗣
第七章 鋼鉄バッテリー
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鋼鉄バッテリー【Bパート】

「私は一年一組の粟田希望(あわたのぞみ)と言います。

 父が接骨院をやっているので、この手の知識はあるんです。

 ――それでは失礼します!」


 希望は一礼すると、学ラン同様にダボダボ気味の練習用ユニフォーム姿の星野の脇へと歩いて行った。


「ふうーん、野球の方は続いているようね。感心感心。」


 首をすくめる星野の頭をポンポンと叩いて希望はグラウンドを後にした。


「ぐ‥‥。」


 星野にかつての悪夢が(よみがえ)る。

 それは野球を始める以前、今から三年前の出来事だった。


 ● ● ●


「始めっ!」


 希望の父親が開いていた柔道場で近郊の小学生を集めた大会が行われていた。

 小兵ながら持ち前の運動センスで勝ち上がっていった星野が準決勝でぶつかった相手、それは奇しくも同門の希望であった。


「てりゃああっっ!」


 星野は潜り込むような形からの大腰で勝負を掛けた。

 しかし幼い頃から父親から手ほどきを受けていた希望には通用せず、逆に押しつぶされ上四方固めを掛けられてしまう。


(負けるもんか! 負け‥‥る‥‥。)


 必死にもがいたが、わずか数秒で星野の目に映っていたもの全てが消失した。

 記憶はないが、その際に放屁(ほうひ)してしまったらしく、それからしばらくの間『スカンク』と呼ばれた。

 その屈辱が元で星野は道場は辞め、リトルリーグに活躍の場を移した。


 ● ● ●


「星野、何をしている!? キャッチボールを再開するぞ!」


「は、はいっ!」


 太刀川の声に我に返った星野は慌てて元の位置へと走っていった。



「どうした? 早く投げろ。」


 直実のキャッチボールの相手は負傷した土肥から松浦に変わっていた。

 松浦は一向に球を投げ返さない直実に歩み寄った。


「すいません‥‥私‥‥怖いんです‥‥。」


 直実は震えていた。

 初めて人に対して投げたボールが凶器と化した現実。

 それを目の当たりにしたのだから当然の反応と言えた。


「し、失礼します!」


 直実は松浦に一礼すると、全速力で部室のある校舎側の出口へと向かって走り出した。

 とにかくこの場から一刻も早く逃げ出したい、その一心での衝動的な行動であった。


「おい、どこへ行くつもりだ?」


 グラウンドの出口からグラウンドに現れた三浦と鉢合わせした直実は脚を止めた。


「あ、あの‥‥私‥‥やっぱり野球は出来ません‥‥あの‥‥あの‥‥。」


 動揺しきっていた直実の言葉は支離滅裂だった。


「土肥の怪我の事か。」


「えっ? は、はい‥‥。あ、でも、何で知ってるんですか?」


「さっき金森から電話があった。」


「‥‥これ以上、怪我人出したら私、疫病神(やくびょうがみ)みたいじゃないですか。

 ‥‥だから退部させて下さい。お願いします。」


 パシ―――ンッ!


 三浦の平手打ちが直実の頬に飛んだ。


「何を甘ったれた事を言っている!?」


「だって、投げたって‥‥投げたって、私の球、誰も捕れないじゃないですかっ!」


 直実は三浦をキッと睨み付け、喉から血が出んばかりに叫んだ。


「うぬぼれるな!

 お前の球ごとき捕れる奴は山ほどいる!」


「誰ですかっ!? 土肥さんでさえ指、骨折するのに!

 ‥‥指‥‥ってまさか?」


「羽野、ちょっと来い!」


 三浦に大声で呼ばれた羽野はキャッチボールを切り上げて走って来る。


「鷹ノ目の球を受けてやれ。」


 三浦の言葉に羽野の顔から血の気がみるみる引いていった。


(正捕手の土肥さんが骨折した球、キャッチャー未経験の俺が捕れる訳がないやんか。)


 頭の中でその言葉が駆け巡っていた。

 しかし、この状況下で拒否する事は出来そうにない。

 ノーと言えない気弱な自分の性格がうらめしく思えた。


(‥‥先生の特別メニューの意味、ようやっとわかったわ。)


 羽野の膝はガクガクと笑っていた。


「誰か、用具を一式持って来い!」


 三浦の指示で一年の伊藤和也がミットやマスク等、用具一式を部室に取りに向かった。


 キャッチャーの経験もある加藤によって防具を着けた羽野が腰を落として構える。


「鷹ノ目、羽野のミットをサンドバックだと思って投げてみろ。全力でだ!」


 マウンド上に立つ直実に三浦が命じた。


「よっしゃ、()ぃや!」


 マスクを下ろした瞬間、羽野の身体(からだ)から不思議と震えは消えていた。


「‥‥先生‥‥わかりました‥‥。」


 少し躊躇(ちゅうちょ)したが、直実は三浦の言葉と羽野の特訓の成果を信じた。

 そして渾身(こんしん)の鉄腕ラリアットを唸らせた。


 バシ――――――――――ンッ!


 球を受けた羽野のミットの衝撃音が周囲に鳴り響いた。


「捕れた!」


 その場にいた全部員が同時に叫んだ。

 あまりにも呆気(あっけ)なく直実の剛球が捕れた事に対して誰もが驚愕(きょうがく)していた。無論、直実も羽野も。


「羽野くん‥‥何とも‥‥ない?」


「うん、何ともないよ。‥‥ほら!」


 羽野は心配そうな直実を安心させようとミットから手を抜くと、三回ほど結んで開いてをして見せた。

 手押し車と指立て伏せで鍛えられた手が奇跡を起こしたのだ。


「くっくっくっ‥‥(はがね)の壁だな、まるで。」


 太刀川が笑いながらつぶやいた。


「けど先生‥‥俺、ストレートしか捕れませんよ。

 松浦さんのカーブは‥‥。」


「鷹ノ目の球を受け止められるだけで上等だ。

 変化球については追々覚えていけ。」


 ストレートしか投げられない直実とストレートしか捕れない羽野。

 まだまだ未完成だが中学生離れしたスケールの鋼鉄バッテリーが今ここに誕生した。

感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 直実の中のナイーブな面をカバーする羽野がいいですね。なくてはならない相棒、素敵な関係です。
[良い点] 羽野の今までの特訓が生かされてよかったです。 ぐだぐたと捕るための特訓をここで読まされるよりも、一球で捕れる展開のほうが今の読者向きですよね。エモくていいです。
[良い点] ポニテっ娘、キターっ! 希望ちゃん、活躍するのでしょうか? 期待が膨らみます。
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