鋼鉄バッテリー【Aパート】
この作品は『エンターブレインえんため大賞(ファミ通文庫部門)』の最終選考まで残ったものを20余年の時を経てリライトしたものです。
直実のデモンストレーションが効いたのか、新入部員は三十人ほど集まった。
その人数の中には太刀川と星野も含まれていた。
しかし、練習のキツさもあり、一週間が経過した時には半分までに減っていた。
「松浦、これじゃ仮入部の期限内に五人くらいになってしまうかもな。」
新入部員に柔軟運動を教え終わり、部員たちにベースランニングを命じた松浦に岡田が溜め息混じりにつぶやいた。
「だからと言って練習を甘くする訳にもいかないだろ?
仮に俺が甘くしたところで先生のノックがヌルくなるとは思えないしな。」
噂をすれば何とやら、三浦が直実と羽野を連れて現れた。
「集合!」
三浦が号令を掛けると部員たちが素早く集まる。
「四月三十日、地区大会に備えて毎年恒例の深谷の八幡中と練習試合が決まった。
選手枠十五名は試合前日まで未定とする。
今後の練習の成果によっては新入部員でも試合に起用する。
選手から漏れた者も実際の試合の雰囲気を見てもらいたいので、特別な用事がない者は午前十一時までにここに集合する事。いいな!」
「はいっ!!」
部員たちの気合のこもった返事がグラウンドに響き渡る。
「八幡中には一昨年、去年とやられている。今年こそリベンジだ!」
三浦の報告に続いて松浦が檄を飛ばした。
「八幡中って、そんなに強いの?」
直実が隣りにいる羽野にたずねた。
「埼北地区ベスト4常連の強豪だよ。」
「へぇー、倒し甲斐があるってもんじゃない。
よーし、燃えてきたぞ~っ!」
「‥‥鷹ノ目さん、まだ選手に選ばれた訳じゃないだろ。」
「選ばれんじゃないの?
別メニューの特訓の成果も上々だしさ。」
「それは認めるけど‥‥鷹ノ目さん、野球のルール、全然知らないじゃないか。」
羽野の台詞に直実は目の前が真っ暗になった。
「―――と、いう訳だ。わかったな、鷹ノ目、羽野!」
「へっ?」
直実が呆けているうちに三浦の話が進んだらしい。
「今日からみんなの練習に合流だって。」
羽野が小声で直実に要点を教えた。
「はいっ! 頑張ります!」
今度は直実の返事がグラウンドに響き渡った。
直実にとって初めてのキャッチボールが行なわれていた。
「そろそろ肩もあったまってきたろ。思い切って投げてみろ。」
直実の相方を務めるのは正捕手の土肥であった。
「わかりました! じゃあ、いきますよ!」
直実は土肥の胸元にサンドバックをイメージし、球を繰り出した。
バシ――――――ンッ!
ミットに球が納まった瞬間、すさまじい音が鳴り響いた。
「あぐぅっ‥‥。」
球を受けた土肥は声にならない声を発すると、その場にガクリと膝を落とした。
事の異常さに気付いた部員たちが土肥に駆け寄る。
「どうしたっ!?」
「くっ‥‥親指を‥‥持ってかれた‥‥。」
松浦の問いに土肥は脂汗をたらしながら苦しげに答えた。
親指を持っていかれるというのは、グラブの親指部分で強い球を捕球した際、その衝撃によって突き指、もしくは脱臼する事である。
「ミットを外すぞ。」
「ぐあっ!」
金森にミットを外された瞬間、土肥は激痛に顔を歪ませた。
土肥の親指はみるみる腫れ上がり、左手全体が熱を帯びた。
「これ、ただの突き指じゃねぇぞ! 松浦、救急車だ!」
尋常ではない症状に金森は慌てふためく。
その時だった。
「どうしたんですか!?」
グラウンドにポニーテールの大柄な女子生徒が駆け寄ってきた。
「見せてください!」
大柄な女子生徒は金森から土肥の手を奪うと、馴れた手つきで診察する。
「亀裂骨折です。
ズレは一応対処しましたが、早く病院まで連れて行って下さい!」
「お、おう。」
ハキハキとした口調で指示を出す女子生徒の迫力に押され気味の金森が、土肥を連れて近くの総合病院へと向かった。
「ああっ、お前は!?」
突然、星野が大柄な女子生徒を指さして素っ頓狂な声を出した。
「何だ? 知り合いか?」
太刀川が泡食っている星野に尋ねた。
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