落日の決闘【Aパート】
この作品は『エンターブレインえんため大賞(ファミ通文庫部門)』の最終選考まで残ったものを20余年の時を経てリライトしたものです。
「失礼します!」
一時間目休み、体育教官室を訪れた松浦は、一礼してから三浦の所へと歩いて行く。
「先生、鷹ノ目に太刀川との勝負を許可されたというのは本当ですか?」
開口一番、松浦は険しい表情で三浦に問い掛けた。
「ああ、本当だ。」
あっさりと答える三浦に松浦は拍子抜けした。
「実は昨日の練習の後、鷹ノ目と野球で勝負をしたんです。」
「それで?」
「‥‥彼女の球を打てませんでした。
嫉妬を覚えるほどすごい球でした、それは認めます。
しかし、やはり太刀川との勝負を許可する訳にはいきません!」
「それは部長としての意見か?」
「それは‥‥。」
三浦の問いに松浦は言葉を詰まらせた。
「松浦、後悔のない人生という物はない。
どんなに最善の選択をしたとしても、時としてそれは発生する。」
三浦の言葉に松浦は沈黙した。
「人生のうちで最も重い後悔は何だと思う?
それはやるべき時にやらなかった事だ。
俺は人間としてのルールをはみ出さない範囲なら、お前らが望むあらゆる挑戦を許可したいと思っている。」
「それが先生の教育方針ですか?」
「大人の器量だ。」
三浦の言葉に松浦の心の中で引っ掛かっていた何かが消えた。
「失礼しました!」
表情から険しさが取れた松浦は一礼して体育教官室を後にした。
● ● ●
その日の放課後、直実は太刀川に再び果たし状を突きつけていた。
「明日の放課後、私と勝負しろ!」
「ったく、おめぇもしつけぇなぁ。」
太刀川に昨日より細かく破り捨てられた果たし状は、廊下の窓から入って来た春風によって紙吹雪として舞い散った。
「ああ――っ、また破いたな、この野郎っ!
そんなに私が怖いのか!?」
「時間の無駄だっつってんだよっ!」
今日も巻き起こる直実と太刀川のなじり合いにギャラリーが出来上がる。
「ちょ、ちょっと、すいません。」
そのギャラリーを掻き分け掻き分け、太刀川を慕う星野が入ってきた。
「またあんたっスか‥‥。一体、あんた何なんスかっ!?」
「野球部を代表してこの悪者を倒すのよ!」
直実の答えに星野の目は点になった。
「誰が悪者だ、コラ!」
太刀川が大声で怒鳴った。
「あんたよ、あ・ん・た。わかんないの?」
直実が太刀川を指差して挑発する。
「太刀川さん、こんな奴の挑戦、とっとと退けちゃえばいいじゃないスか!?」
星野もかなり熱くなっていた。
「けっ、女に勝ったって何の自慢にもなんねぇよ。
大体、野球部を代表してというのが気に入らねぇ。
松浦はどうしたぁ!?」
「俺に何か用か?」
太刀川の背後から掛けられた松浦の声に、太刀川は反射的に素早く振り向く。
「松浦~~、てめぇ、どういうつもりだぁ、あん?
この女が野球部を代表して俺と勝負するってのはよぉ。」
太刀川は松浦を斜め下から睨み付けた。
「鷹ノ目、野球部部長として勝負を許可する。
思いっ切りやれ。」
松浦の言葉に固まったのは太刀川だった。
「それから、練習に遅れるなよ。」
松浦は直実にそう告げると踵を返した。
「ま、待て、松浦!
俺は女なんかと勝負しねぇぞ!」
太刀川は自らの硬直を解くと、松浦の右肩を鷲づかみにして叫んだ。
「お前が逃げたければそれでもいい。
ただし、二度と部への介入はしないでほしい。」
松浦はそう答えると太刀川の手を払い、玄関へ向かって歩き始めた。
「部長の許可が下りたんだけど、勝負、どうすんの?」
直実はニマッと笑ってたずねた。
「冗談じゃねぇっ! 誰が受けるかってんだ!」
太刀川はそう怒鳴り散らすとドカドカと玄関に向かって行った。
「待ちなさいよ、弱虫!」
「おいっ、太刀川さんの悪口を言うな!」
その場に置き去りにされた形となっていた星野が直実に突っ掛かった。
「ところで、あんた誰よ?」
「俺は星野勝広。
リトルシニア『熊谷ヤングライオンズ』期待のルーキーっス!」
「リトルシニア~?
何それ、ドリー・ファンク・シニアの親戚?」
「誰スか、それ?
あんた、リトルシニアをバカにしてんスか!?」
身長がさして変わらない直実と星野がいがみ合っていると、その二人の間から咳払いが起こる。
二人は恐る恐る首を咳払いの方へ向けると、そこには不機嫌そうな顔で腕組みして立っている長谷川の姿があった。
「あなたたち、三年生の教室の前で何を言い合ってるのかしら?」
「す‥‥すいません。」
長谷川の威圧感に直実と星野はシュンと縮こまる二人に対し、長谷川は昨日と同じく無言で廊下に散らばる果たし状の残骸を指さした。
「あ‥‥今すぐ私たちで片付けます!」
「た、たちって‥‥何スか!?」
慌てふためく星野を見て再び直実がニマッと笑った。
「きちんと片付けるのよ、鷹ノ目さんとそこのあなた。」
長谷川は片付け始めた二人を見ると部活へ向かった。
「何で俺まで道連れに‥‥。」
ブツブツと文句を言いながら散らばった果たし状を片付けている星野がふと顔を上げた時、直実の姿はそこになかった。
「あいつ、最初っから俺一人に押しつける気だったんだ!
くっそーーっ、何てヤツ!」
悔しがっても後の祭り、星野は今やっと直実の笑みが何を意味するか理解出来た。
こういう時、姉属性特有の『押し付けスキル』は年下にとって脅威となる。
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