予期せぬ挑戦者【Bパート】
「太刀川さん!」
放課後、三年生の教室棟の廊下を走る小柄な男子生徒が教室から出て来た太刀川に声を掛けた。
身を包む真新しい学ランは新一年生である事を物語っていた。
少々ダボダボなのは、『すぐに大きくなるだろうから』という親の希望的観測によるものだろう。
「おうっ、星野か。シニア入り、決めたんだろうな?」
「はいっ! 俺の気持ちはずっと変わっていないっス。
でも‥‥。」
八重歯と泣きぼくろが特徴的な星野の表情が曇る。
「どうした?」
「‥‥はい。‥‥一応、宮中の野球部も見ておきたいんスけど‥‥。」
太刀川と松浦との関係を薄々知っている星野は太刀川と目線を外して答えた。
「‥‥松浦か?」
「はい、太刀川さんと松浦さんは俺の憧れっスから!」
「見る必要はねえよ。
軟球遊びで奴はすっかり腐っちまった‥‥。」
太刀川は苦虫を潰したかのような表情で答えると、二人の間に沈黙が流れた。
「太刀川ぁぁぁっっっ!!」
突如、廊下を突き抜ける叫び声。
太刀川と星野はもちろん、他の生徒たちの視線までもがその声の方向に集中する。
視線の先には全力疾走で太刀川に向かって来る直実の姿があった。
「これを受け取んなさいよ!」
直実は愛想のかけらもない白い封筒を太刀川に突き出した。
一瞬の静寂の後、周囲からヒューヒューと冷やかしの声があがる。
「な、何だこれは?」
さすがの太刀川も動揺を隠せない。
「果たし状だ!」
確かに封筒の表側には筆ペンで元気良く『果たし状』と書かれてあった。
「馬鹿か、お前。」
「明後日の放課後、野球部のグラウンドで勝負だ!」
直実は果たし状の概要を告げた。
「あのなぁ、女なんかと喧嘩出来る訳ねぇだろがっ!
第一、暴力事件起こしたらどうなるかわかってんのか?」
野球部がどうなろうが知った事ではないのだが、あまりにも浅はかな直実の行動に太刀川は念を押した。
「だぁかぁらぁ、野球で勝負するの!
‥‥って、果たし状の内容を全部言っちゃったじゃない、もうっ!」
「馬鹿馬鹿しい。」
太刀川は直実に突きつけられた果たし状を奪うと、ビリビリとその場で破り捨てた。
「ああ――っ!」
はらはらと廊下へ落ちていく果たし状を見つめながら直実が叫んだ。
「さぁ、シニアの練習が始まる。星野、行くぞ。」
太刀川は直実を無視して下校を急いだ。
「待て――っ! 私の勝負を受けろ―――っ! 太刀‥‥」
「ちょっと鷹ノ目さん。」
背後からの聞き覚えがある冷たい声が直実の叫びを中断させた。
振り向くと、そこには女子卓球部部長の長谷川が立っていた。
「三年の校舎まで来て何を大声で叫んでいるのかしら?」
「す、すいません‥‥。」
直実は長谷川に謝るとその場から去ろうとした。
「待ちなさい。」
「はい?」
呼び止めた長谷川の声に再び振り向く直実。
瞳には散らばった果たし状のなれの果てを無言で指す長谷川が映った。
「あ‥‥はい。今、片付けます!」
直実は慌てて果たし状を拾い始めた。
● ● ●
その日の野球部の練習も無事に終え、直実がソフトボール部の部室から着替えて出てくると、野球部部長の松浦が立っていた。
「あれ? どうしたんですか?」
思いがけないシチュエーションに直実は戸惑った。
「鷹ノ目、太刀川に野球で勝負を挑んだというのは本当か?」
厳しい口調で松浦がたずねた。
「はい。本当です。」
「どういうつもりなんだ?」
「二度と野球部に嫌がらせさせない為です!」
パーンッ!
直実が答えた瞬間、松浦の平手打ちが飛んだ。
「な‥‥何するんですかっ?!」
「前にも言った通りこれは俺と太刀川の問題だ。余計な真似をするな!」
「‥‥だったら‥‥だったら、とっとと解決して下さいよ!」
直実の反論に松浦の言葉は詰まった。
「本来なら松浦さんがやるべき勝負のはずです!
なぜ、『俺の勝負を取るな』って言ってくれないんですか!?」
直実は煮え切らない松浦に対しての苛立ちをぶちまけた。
「生意気な事を言うな!
負けたらどう責任を取るつもりだ?!」
「負けたら?
負けたら私、野球部を辞めます!」
「何だと? ふざけるなっ!」
直実の答えに冷静な松浦もキレた。
「ふざけてなんかいません!」
「お前は辞めれば済むかもしれないが、後に残った者の気持ちを考えた事があるのか?」
「後に残った者の‥‥気持ち‥‥。」
これは効いた。松浦の一言は直実の心にズシーンと重く響いた。
「太刀川には俺から謝っておく。
もう、この一件には首を突っ込まないでくれ。」
「確かにこれは松浦さんと太刀川の問題かもしれません。
でも、私に‥‥私に勝負させて下さい!
お願いします!」
深々と頭を下げて頼む直実の熱意に松浦の胸に熱いものが込み上げる。
だが、部長としてそれを許可する訳にはいかなかった。
「もう、三浦先生の許可は下りているんです!」
「先生の!?」
松浦はしばらく考え込んだ。
「いくら先生の許可が出ているとしても俺はそれを認められない。
どうしても勝負を望むのなら、お前が太刀川に勝てるという根拠を見せてみろ!」
松浦には直実の勝負は余りにも無謀、無知、無計画に思えた。
「根拠‥‥ですか?」
「太刀川の前に俺と勝負しろ。お前が望む答えは勝ち取って奪え!」
「わかりました!」
躊躇する事なく答える直実に松浦は逆に戸惑いを覚えた。
「‥‥ならば俺について来い。グラウンドで勝負だ!」
「はいっ!」
直実は松浦の後をついて行った。
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