予期せぬ挑戦者【Aパート】
この作品は『エンターブレインえんため大賞(ファミ通文庫部門)』の最終選考まで残ったものを20余年の時を経てリライトしたものです。
「ナココぉ、今年はおんなじクラスだね!」
四月九日、新しい教室となる二年三組の教室に入るや否や、ハイテンションの明美に抱きつかれた。
「うん! アケとおんなじクラスになるのも久しぶりだよね!」
「ところでナココ、良かったね。」
抱擁を解いた明美は直実の耳元でささやいた。
「えっ?」
「田上くんも一緒のクラスだよ。」
明美がニマっと笑いながらそう言うと直実の顔はみるみる赤くなっていった。
「でもさぁ、よりによって田上くんとはねぇ‥‥競争率高いよ~。」
「しいっ!」
直実は自分の口に人差し指を当て、明美に『喋るな』の合図をした。
昨年、二人は部活帰りに自分の好きな人をお互いに教え合っていた。
直実が淡い想いを寄せる田上竜一は端正なマスクと長身というルックスに加え、頭脳明晰、スポーツ万能という高いステータスを持っていた。
更に男子からの信望も厚く、テニス部の次期部長と言われている。
おまけに父親が代議士と来れば、神は一人に一体何物を与えたのだろうとツッコミたくもなる。
同学年の女子は当然として上級生からも人気が高かった。
直実にとって田上は高嶺の花だった。
「まあ、その話はこっちへ置いとくとして‥‥ナココさぁ、野球部入ったって本当?」
「うん。でも、誰から聞いたの?」
「ソフト部の荒木さんからだけどさぁ、水くさいじゃん、何で私に教えてくれなかったの?
心配してたんだかんね!」
「ごめんごめん。電話しようと思ったんだけどね‥‥。」
右手でごめんポーズで謝る直実に、明美のサイドヘッドロックがきれいに決まった。
「駄ぁ目、許さないからっ!」
「こ、今度埋め合わせすっからさぁ。」
二人がじゃれ合っていると教壇側の扉が開いた。
「みんな席に着け。」
教室に入ってきたのは三浦だった。
三浦の威圧感に圧倒されたのか、生徒は水を打ったかのように静まり返り、名前の順に並べられた自分の席に着いた。
「俺がこのクラスの担任となった三浦だ。
知っているとは思うが担当科目は男子の体育だ。
これから一年間よろしく頼む。」
三浦が挨拶を終えると、あちこちからヒソヒソと話し声が起こった。
「言いたい事がある奴は手を上げてハッキリ言え。」
三浦に一喝されると周囲は再び静寂を取り戻した。
「それでは男子から名前の順に自己紹介をしてもらう。」
三浦の仕切りによって各自の自己紹介が始まった。
(次は田上くんだ。)
直実は立ち上がる田上の姿を見つめると顔が再び紅潮した。
「田上竜一です。テニス部に所属しています。
趣味は映画鑑賞で特にアクション映画が好きです。よろしく!」
田上の短いながらも爽やかな挨拶が終ると、直実は自分の胸の高鳴りに気付いた。
直接、田上と話した事はないし、どういう性格なのかもわからない。
第一印象でかっこいいと感じたのは確かだが、どちらかというと明美が『自分の好きな人を教える代わりにナココの好きな人を教えて』という要求に何気なく『一組の田上くんてかっこいいと思う』と答えた後から妙に意識し始めたというのがその真相であった。
(これって、やっぱ初恋になるのかなぁ‥‥?)
ぼんやりとそんな事を考えていると直実の鼓動は増していった。
「おい鷹ノ目、何をボケッとしている!?」
突然、直実の耳に三浦の声が飛び込んで来る。
「へっ?」
「お前の番だ。」
「は、は、はいっ!」
裏返ったその返事に、新クラスは爆笑に包まれた。
「た、鷹ノ目直実です。
え~と‥‥部活は野球部です。」
野球部と言った時点で周囲はざわめき始めたが、直実の自己紹介は続く。
「趣味はトレーニングとプロレス観戦!
必殺技は鉄腕ラリアットとジャーマン・スープレックスです!
将来の夢は女子プロレスラーです! よろしく!」
緊張の為か、少しばかり早口となってしまったが、何とか自己紹介が終わった。
着席すると直実からホッと安堵のため息が漏れる。
緊張の原因はもちろん田上の存在であった。
名前の順の悪戯か、直実の斜め一つ右前の席が田上となっていた。
(こんなドキドキして‥‥私、この先、どうなっちゃうんだろ?)
胸を押さえ心そぞろな直実。気付くといつしか席順のラストである明美の自己紹介が終わっていた。
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