ねずみと、宝石たち
「ちゅううぅ、ちゅう」
いいか、静かにな――
キョロキョロと周囲を見回しつつ、ねずみは振り向く。姿は見えないが、宝石の皆様がそこにいると、気配で分かるのだ。
宝石の皆様は、透明になったかのように、姿が見えない。しかし、ねずみには分かっているようだ。
魔法の、おかげである。
ワニさんとの追いかけっこから一時間ほど経過した。パニックを起こしていたねずみは、いつものねずみに戻っていた。
いや、気分は名探偵だ。
ワニさんから逃れる方法を思いつき、逃げ延びたのだ。
ロウソクの揺らめきは、一本であっても目立つ、薄暗い下水のせせらぎである。そこに、100を超えようという輝きが、まぶしかったのだ。さぞ、ワニさんにも注目されたに違いない。
散々追い掛け回されて、気付いたのだ。
透明になれば、いいのでは――と。
まさに、名探偵のひらめきだと、ねずは自らをほめて………ちゅぅうううっ!と、叫んだわけだ。
なんで、気付かなかった――と。
こっちへ来いと、ワニさんをおびき寄せているようなものだった。ならば、明りを消してもらえばいいと、宝石の皆様に、お願いをしたわけだ。
相棒の宝石は透明になることが出来るのだ。仲間も、きっと出来るはずだと。
そうすれば、こちらを見失うのではないかと。
ついでに、魔法で大きな照明を打ち上げた。ある程度は、明りを維持してくれる魔法の明りである。うまく追いかけてくれ、こっちへ来ないでくれと、ちゅぅうう――と、気合一発、せせらぎの彼方へと明りを放ったのだ。
そうして、気配を殺して、ワニさんが過ぎ去るのを待つことしばらく、おとり作戦は、成功した。
もはや、拍子抜けと言う気分だった。
あんなに簡単におとりの明りに引っかかってくれるとは、もっと早く思いつけばよかったのに………と。
徒歩で、レーゲルが記したと思われる印をたどれば、もう、出口だった。
それでは、我が友人達よ――
すこし気取った別れを済ませたねずみは、いつもの道を使って、戻ってきていたのだ。
そこでふと、ねずみは頭上の相棒を見上げた。
「ちゅう、ちゅうう?」
お前達、これからどうする――
宝石たちは答えない。
ねずみが、静かにするようにと、お願いしたためだ。そもそも、意思疎通は不可能に近い。ねずみのお願いを聞いてくれる………気がするだけだ。
おそらくは、その通りだと、魔法使いの修行中の記憶を呼び覚ます。
ねずみ生活を始める前は、魔法使いの修行中のネズリー少年で、いつかは手にしたいアイテムの一つが、魔法の宝石だったのだ。
持ち主の意思に従って、すごい魔法を使うことができるという。
すごいアイテムだと憧れ、手に入れれば、どのようなことが出来るだろうかと、ワクワクしたものだ。
ただ、多すぎた。
一つだけであれば、ねずみの背後に隠れていれば、ばれることはない。今までも、そうして過ごすことが出来たのだ。
それが、100を超えるのだ。
親にナイショでペットを飼う子供のように、ひそかに屋根裏に隠すのか。それとも、魔術師組合に渡すのか。
持ち主であるねずみは、犯人と思われるのではないか。
そもそも、ねずみの話など、誰が聞いてくれるのだろうか。
これからを思うと、ため息が出ても、しかたがない。そうするうちに、 ちゅう――と、排水溝から顔をだした。
いつもの噴水が見える。ここが、目的地であり、ねずみが、改めて宝石の皆様に静かにするようにと、ぴかぴか輝かないようにと、お願いした理由である。
ねずみがお世話になっている、騎士様のお屋敷だ。
お庭には小さな噴水があり、清潔な水のせせらぎの源だ。ねずみはせせらぎに身をゆだねて、宝石たちも一つずつ、清めていく。魔法の力で姿を消しているため、妙な水しぶきが連続しているように見えるだろう。
しかし、清潔は基本である。
下水を走り回ったのだ。そのまま、騎士様のお屋敷へ上がるわけにはいかない。足がないどころか、空中に浮かぶ宝石であるが、紳士たるもの、清潔にはこだわりたいのだ。
魔法で清潔にできたとしても、気分としても、清潔は大切だと思ったのだ。
「ちゅう?」
おや?――
誰に、この宝石たちを預ければよいのだろう。ねずみが悩んでいると、ごっつい青年が、やってきた。
まだ、ねずみに気づいていないようだが、あちらもまた、悩んでいるようだった。
ブツブツと、考えをまとめるように、独り言をつぶやいていた。
「不思議なねずみだと思っていたが………まさか、宝石を操るとは」
190センチに届こうという金髪の青年は、ご自宅へお帰りという気分で、恋人様と、自らの上官に当たる騎士様の住まう屋敷へと、足を踏み入れていた。
いつもの光景だった。
ただ、足取りは少し、重そうだ。
事件が解決していないだけでも、気が重いものだ。しかも、ウラ技と言うよりも、ぎりぎりアウトと言う、脱獄中の執事さんとの、共闘であるのだ。
なのに、手ぶらだ。成果はまだ、何もないのだ。
怪しい四人組みは、証拠の宝石を引き連れたねずみと共に下水の迷宮へと消えた。即座に追いかけたものの、赤い宝石の輝きも、話し声も、見失ったのだ。
どう言い訳をすべきか、そもそも、報告してもいないと、悩んでいた。
「ひょっとして………戻ってるのか?………なんてな」
早々、探し物が見つかれば苦労はしないのだが………
偶然を呼ぶねずみは、呼び寄せていた。
「ちゅう?」
「いたよ、おい」
ねずみとアーレックはしばし、見詰め合っていた。




