丸太小屋の日々と、彼氏君
「ねぇ~、ごはんまだぁ~」
ぴよぴよと、雛鳥ちゃんがエサをねだる。
そんな光景が、丸太小屋の中で広がっていた。
赤いロングヘアーの、元気いっぱいの女の子、フレーデルちゃんがフォークとナイフを手に、足をパタパタさせていた。
髪の毛に負けない、鮮やかなドラゴンの尻尾もパタパタと、落ち着きのない子犬のようだ。
「くまぁ~」
オットルお兄さんが、お返事をした。
ちょっと、待ってろ――と。
年長者として、時に父親の気分を味わっていたオットルさんは、クマさんになった今も、兄貴分と言うより、父親の役割を演じていた。
なお、奥さんはいない。
エサをねだられて、与えるだけのクマさんである。巨大なナイフのようなツメで、なんとも器用なことだ。小麦をボールに入れて、卵を割りいれ、カシャカシャとかき混ぜていた。
すでに、フライパンもいい温度で、もちろん、蜂蜜は小瓶にたっぷりと集めている。
「ホットケーキ、ホットケーキ~………♪」
お子様のフレーデルちゃんが、楽しそうだ。
小柄な14歳だと思っていたが、12歳の少女の姿のまま、成長していない。そんな印象が、正しいらしい。人間ではなく、人間の姿に変身したドラゴンちゃんなのだ。
年齢は、産毛も抜け落ちていない、雛鳥ちゃんだ。
そう思えば、多少のワガママも、可愛いものだ。
「あんたも、手伝いなさいよ」
お姉さんが、現れた。
銀色のツンツンヘアーの、レーゲルお姉さんである。クマさんの姿のオットルさんより、少し年下であるが、仲間たちのリーダーである。
「レーゲルも、手伝って欲しいワン」
魔法でお皿を空中に浮かべて、駄犬が現れた。
あまり、動物モードのままで魔法を使えば、人間に戻れなくなる。そんなお師匠様の警告を忘れたかのように、日常的に使っていた。
もしかすると、すでに、人間に戻る手がかりを得たのかもしれない。結局は、本人の心次第、自分で戻すしかないのだから。
オットルというお兄さんも、なんだかんだといいながら、クマさんの姿での暮らしがなじんできた、丸太小屋の日々である。
「くまぁ~」
できたぞぉ~――
言葉は通じなくとも、状況としぐさで、はっきりと通じた事だろう。丸太小屋メンバーが、机の周りに集まりだす。
駄犬ホーネックが運んできたお皿に、ホットケーキを順番に重ねるクマさん。絵本に出てくる、森の動物さんたちの日々が、ここにあった。
そこへ、訪問者が現れた。
「あのぉ~、森林保護隊の者なんですけど~、ここに丸太小屋を――って、レーゲルさん?」
「イードレ君?」
遠慮がちに、森林保護大隠の腕章を腕に見せ付けた、男の子が現れた。
真っ先に反応したのは、レーゲルお姉さんである。そして、そのまま固まってしまった。
「く、くまぁああ?」
「ちょっと、困ったワン」
「ねぇ、ホットケーキは?」
お子様は置いて、ちょっとまずいという雰囲気だった。
丸太小屋は、ぞんざいと言うには丁寧なつくりで、新築だ。
本来は、建築の申請が必要なはずの森の住まいである。突然、新たな丸太小屋が出来ていれば、森林保護隊員としては、誰かいるのかと、お伺いをするのは職務であった。
それが、イードレと言う少年であっただけだ。
「く、くまぁ~、くま」
「ま、まぁ、座ってほしいワン」
「イードレ君も、一緒?」
「そ、そそそ、そうね」
いつもは頼りになるお姉さんは、パニックだ。
君付けをするのか、大人扱いをするのか、どちらが適切であるのかは、見た目が大きく影響する。
年齢は十五歳でありながら、声変わりが終わったばかりに見える見た目は、将来は美青年に成長する予感がある。
お姉さんには、保護欲をくすぐられ、男連中にとっては、嫉妬の眼差しを受ける。それは、すぐに同情へと変わるのが、イードレと言う少年である。
お姉さんの存在が、主な理由である。
「どっ………どどっど………どうして――」
お姉さんが、ドドド――と、汗をかいて、大慌てだ。
銀色のツンツンヘアーの、頼れるみんなのリーダーと言う頼りがいのあるお姉さんは、恋人の前でも、頼れるお姉さんを演じようとして………
その日は、終った。
「ど、どどどっど………ドラゴン?」
イードレ君の平和な時代も、終わった。
いや、年上お姉さんという恋人の手に落ちた。その時点で、人生はすでに終ったに等しい、奴隷と言う未来が待っている。
今はまだ、甘ったるい恋人時代を謳歌する少年、イードレ君の運命は、ドラゴンの尻尾がなぎ払った。
「イードレ君………久しぶりだよね~」
ニコニコ笑顔のお子様が、元気に尻尾を振っていた。
誰か来るかもしれない、そんな日に備えて、お尻尾を隠す練習をしていたのだが………
忘れたかのように、元気いっぱいだ。
「わわわわわああ………えらいことだ――ワン」
「くま~………くっ、くっ、くっ………くまぁぁ~」
あわてているのは、銀色のツンツンヘアーの、レーゲルお姉さんである。
どうして、ここにいるのか。
驚きのあまり、言葉が出てこないのだ。
そして――
「はぁ、尻尾くらい、いつもかくしてなさいよ………」
レーゲルお姉さんは、ため息をつきながら、ホットケーキを切り分ける。
もちろん、年下の彼氏である、イードレ君に食べさせるためである。ついでに、あ~ん――と口を開ける雛鳥ドラゴンちゃんは、無視である。
「いえ、ドラゴンのお尻尾を隠されていても、クマさんが料理を作っている時点で………」
言い終わる前に、レーゲルお姉さんはフォークを差し出す。なにをしようとしているのか、察するまでもなく、イードレ君は餌付けされる。
お姉さんの言うことは、聞きなさいと。
「まぁ、お師匠様は知ってるから、森林保護隊への報告は、その方向でたのむワン」
駄犬ホーネックは、駄犬らしく床に置かれたホットケーキを食べながら、時折顔を上げて、お願いをしていた。
駄犬の姿でありながら、この中で一番常識を備えて見えるのが、おかしい。
「食べたら、町に戻るんだよね」
少しうらやましそうに、レーゲルお姉さんの差し出すフォークを見つめるフレーデルちゃん。仲間内では妹分で、なんだかんだと世話を焼いてくれるお姉さんが、恋人君が来れば、こうなるのだ。
「くまぁ~………」
何を言っているのか、誰にも分からない。
クマさんは一人、フォークとナイフを器用に使って、ホットケーキを食べていた。蜂蜜のツボを両手でつかんで、ぺろぺろと舐めるシーンなら理解できるが、もちろんそんなことはしない。上品にスプーンが蜂蜜のツボに差し入れてある。
丸太小屋での、ささやかな休日と言う風景でもあるが、森林保護隊の見習いである、イードレ君への事情説明の最中である。
ちょうど食事時なので、一緒に食べようと、お姉さんがお願いをしたのである。
「事情は分かりました。ドラゴンの神殿の魔法使い様だけじゃなくて、ドラゴン様がいる………こんな報告されて、誰が逆らえるって言うんですか」
お姉さんに餌付けされつつ、イードレ君は常識を口にした。
餌付けされつつも、しっかりと森林保護大隠としての義務を口にするあたりは、さすがである。
そして、さすがである、お姉さんの下僕と言う運命にあると、すでに認識しているのだ。
逆らうな――と
「うんうん、逆らえないんだぞ」
ご機嫌で、ホットケーキを食べさせるレーゲルお姉さん。
年下の彼氏君であるイードレ君は、大変に、物分りのいい少年であった。
そのように、飼いならしているというか、それ以外の選択肢が存在しないというか………
もっとも、ドラゴンに関わる物事は、人の権限を超えた事態である。神殿に仕えるミイラ様………お師匠様もご存知とあれば、国王であっても、何も言うことはないだろう。
それが、この王国に住まう者の常識である。
常識外の出来事は、常識の外にお住まいの皆様に、まかせればいいのだ。そのためのドラゴンの神殿であり、仕える魔法使いも、バケモノだ。
気づけば、そこにいるのだ。
「みんな、そろってるな?」
よっこらせと、ミイラ様が現れた。
生きた年月は200年という大台に杖を置き、むしろミイラになってなお、この世にずるずるととどまっているバケモノだ。
そして、丸太小屋メンバーのお師匠様でもある。
楽しい食事の時間は、こうして終わった。