執事さんとアーレックと、ねずみ
アーレックの肩の上で、ねずみは頭を抱えた。
「ちゅぅ~、ちゅうううぅ」
なんで、こうなったぁああ――
カーネナイのお屋敷の裏口では、今にも戦いが始まろうとしていた。
昼の巡回で、怪しい場所に向かう。
牢獄での会合で、知らされたことである。それまでは、ねずみとアーレックは別行動だった。常に共にいるわけではなく、別行動の過程で、白く美しいねずみの、ねず美さんと出会い、命を救ったわけだが………
今は、自分の身が危なかった。
「ちゅぅうう………」
まずいな――
ねずみは、うなった。
カーネナイの執事さんが頼りになるとしても、四人の怪しいヤツラに対して、こちらは二人だ。
怪しい四人組みは、盛り上がっていた。
「あの執事さんの同類だ。絶対、一人でかかるなよ………」
「兄貴、おれ、この戦いが終わったら、足洗う。故郷で、芋を育てて――」
「お前の故郷、港………」
「それに、あんたは芋焼酎って、飲んだことないじゃない」
相手様にも、色々あるようだ。
決死の覚悟で、どこか遠い場所に思いをはせる芋焼酎にこだわる若者へ、仲間たちはそろって、ツッコミを入れていた。
余裕があるのだろうか。
ねずみは、アーレックのジャマにならないように、背中から飛び降りた。
「ちゅううぅっ!」
頼んだ――
ねずみの身の上で、なにが出来る。
濃厚なお化粧が肉薄してくれば、恐怖で震えるねずみなのだ。
それ以前に、乱戦のただなかは、死の領域だ。誰の足に踏み潰されても、おしまいだろう。
安全地帯の下水まで、とても遠く感じる。
アーレックは、振り向いた。
「おう、助かるっ」
振り向いたアーレックは、いい笑顔だった。
――おう、助かる
ねずみは、とってもいやな予感がした。後ろは任せろ――と、ねずみが宣言したようではないか。オレも、戦うぜ――と。
闘志を燃やして、赤く、輝いて………
「ちゅっ、ちゅううううう!?」
ちょ、ちょっと待てええええ!?――
ねずみは、叫んだ。
何を考えたのか、ねずみの背後で透明化していた宝石が、輝いていたのだ。
執事さんが、納得したようにうなずいた。
「なるほど、赤い宝石………アイツが恐れたのは、そのねずみのことか」
おかしなことを言い出した。
ねずみには謎だが、納得するところがあったのだろう。思い当たるのは、いつぞやの夜、ガーネックさんの書斎に侵入した、その時の会話である。
扉の向こうで交わされた、執事さんVS執事さんの会話である。
姿を見られるミスはしなかったが、宝石の輝きは、部屋の外へと漏れていたのだ。
結果、勘違いが始まった。魔法使いが、裏で動いていると。
ねずみは、告げたかった。
ただの、か弱いねずみです――と。
今こそ真実を告げようと、両手を振って、アピールした。
「ちゅ、ちゅうちゅう、ちゅちゅ、ちゅう………ちゅう」
ご、誤解なんです。私は、そんなものでは………違いますです………――
両手を広げて、パタパタとさせて言い放ちながら、言葉はしぼんでいく。ねずみの鳴き声で、相手に言葉が伝わるわけがない。状況から、ある程度推測することは、できるかもしれないが………
アーレックと執事さんの二人は、そろって予想を始めた。
「そうか、ばれてしまっては仕方ない………そう言いたいのだな、我が友よ」
「友………か、アーレックは、面白い友人を味方につけているようだ………なるほど」
何が、なるほどなのだろう。死に神と言う印象の執事さんに、ねずみは、問いただしたい気持ちでいっぱいだった。
なぜか、この中で最弱のねずみが、最強の存在という勘違いが始まっているわけだ。
ねずみの必死のアピールも、かかってこい――と、そのように受け取られたに違いない。
では、その相手を誰がするのか。
ねずみはだらだらと、嫌な汗をかいていた。
ねずみの背後で、突然に宝石が現れ、赤く輝いた。この現象を目にして、いったいどれほどの人間が、ねずみと宝石の関係を、正確に理解できるだろうか。
ネズミの見下ろす緊迫の巨漢の間で、動きがあった。
巨漢のお姉さんの、先制攻撃だ。
「うふふふふ………」
こぶしが、風を切った。
カールしたレッドヘアーが、激しく風に踊る。ついでにスカートも踊って、健康的なムキムキまっちょの太ももが、まぶしかった。
とっさによけたアーレックは、気合を入れた。
「うらぁっ」
「あらあら?」
190センチに届こうというアーレックは、格闘技術にも優れていた。
相手がアーレックより優れた体格の持ち主であっても、おびえることなく、回し蹴りを見舞う。
巨漢のお姉さんは、そんなバカなと言う身軽さで、壁を駆け上がった。
宙返りの勢いを利用したのだ、スカートがひらひらと風になびいて、ムキムキマッチョが、太陽に輝く。
即座に、ねずみは走った。
ここは、バケモノの戦場だと、逃げ出したのだ。頭上の宝石も、ぴかぴかと光っていても、特に何をするわけもない。
「ちゅぅうう~」
なんとかしろよぉ~――
ねずみは振り向きながら叫んだが、宝石がなにか答えを出したことはない。ねずみの願いに応えて、魔法の力の手助けになったことはあるが………
ねずみは、走った。
これ以上、バケモノたちの戦いを見つめていては、危険だと、排水溝まで、一直線に………
なぜか、執事様の靴が、目の前にあった。
「貴様らの相手は、私だ」
静かに、降り立った。
それはもう、すばしっこいねずみをして、気付けないほどすばやく、目の前に降り立った。
ここは、通さない――
言葉にしなくとも、相手に伝わる態度である。
もちろん、ねずみの逃げ道をふさぐ意図はなかったはずだ。アーレックを取り囲んでいた四人組の、ちょうど中心に降り立っただけなのだから。
しかしながら、ねずみの退路は、ふさがれた。
「なぁ、執事さん。俺たちを見逃しちゃ、もらえないかなぁ~」
「幽霊かな~、足音しなかったし………やっぱ、幽霊なのかなぁ………」
「………幽霊ではないが」
顔を隠すぼろ布が垂れ下がり、もう一人は、執事さんをおびえた目で見つめている。ねずみの目の前では、別のドラマが始まっていた。
あくまで、執事さんは冷静であったが………
ねずみの逃げる場所は、どこにもなくなっていた。