巨漢アーレックVS巨漢のお姉さん
――ゆっくりと、追い詰めましょう。
カーネナイの執事さんである、メジケルさんの言葉である。
ガーネックを倒すために、徐々に、徐々に、仕掛けの輪を閉じるように、追い詰めようと。
アーレックは、頼もしいが恐ろしいとも思った。
どのように巻き込まれるのかと、大変不安でもあったのだが――
「まさか、このような対決だとは、思っても見なかったな」
ファイティングポーズで、目の前の巨漢を見つめていた。
怪しい連中が、集まっている。カーネナイの最後の当主、フレッド経由での、メジケルからの情報だった。
そうして、合流するために駆け付けた結果、この状況だった。
「あっらぁ~………お兄さんったら、怖い顔して………どうしたの?」
どうしたの――は、あんたのほうだ。
アーレックは、叫びたい気持ちを押さえつけた。ほとんどの相手は、見下ろして会話をするアーレックである
今は、上を向いていた。
恋人様を前にした時のように、土下座をしているわけではない。アーレックは頑丈な塀のすぐそばで、仁王立ちをしていた。
赤毛のロングカールが、風になびいていた。
足元を見たのは、失敗だったようだ。スカートが風にそよぎ、ムキムキマッチョが、主張していた。
あまりにも堂々としていて、誰もツッコミを入れる勇気がもてないのだ。2メートルオーバーのマッチョ様が、赤毛カールのお姉さんに化け………変装していた。
アーレックは、公僕として、覚悟を決めた。
「ここは現在、当局の管理下にある。立ち入りは遠慮願いたい………念のため、話を聞いてもよろしいか」
普段であれば、この言葉だけで、下っ端をおびえさせたアーレックである。優れた体格は、格闘センスを味方につけて、トップクラスの戦闘能力を発揮する。
それは自信になり、堂々たる態度は、並みのチンピラを恐れない強靭な精神を育てた。
お義父上様との初対面すら、乗り切ったアーレックである。あらゆる修羅場はすでに、恐れるに足りなかった。
執事さんとの対決すら、おびえなかった理由である。
ねずみと言う、小さな獣が怖かっただけだ。
そのねずみが友人と思えるようになった今、何を恐れるのか………
新たな悪夢が、君臨していた。
「だってぇ~、道に迷っちゃったんですものぉ~………てへ?」
可愛いポーズであった。
恋人であるベーゼルお嬢様がこのポーズをなされば、何を企んでいるのかと、身構える仕草である。
妹様のオーゼルお嬢様が真似っ子をすれば、困った顔をするしかない、可愛らしいしぐさである。
2メートルオーバーのマッチョのお姉さんがすれば、アーレックをして、一歩下がらせる威力があった。
お化粧が、致命的だ。
濃厚な口紅に、紫色のアイシャドーをまぶたに塗って、頬には、明確に真紅と分かる、赤い円を描いている。
これが、演劇のキャラクターであれば、許しもあった。しかし、本人は、いたって本気で、お姉さんになりきっているのだ。
個人の趣味にとやかく言うつもりのないアーレックであるが、受ける印象だけは、いかんともしがたい。
「ちゅうううぅ、ちゅうううぅ」
アーレックの背中にいるねずみなどは、おびえて、姿を隠したままであった。
度胸試しで勝利を得た。そんな気分を味わったアーレックであるが、お仕事として対決せねばならないのだから、気が滅入る。
動じない振りをして、アーレックは一歩、足を踏み出す。
「さぁ………身分証を拝見してもよろしいか?」
巨漢のお姉さんを前に、とても勇気のある一歩である。
アーレックの所属する並みの警備兵ならば、即座に一歩下がり、そのまま逃げ出したい相手である。
騎士の身分が、優れた格闘技術と言うプライドが、アーレックに一歩を踏み出させたのだ。
内心は、常に別である。
「もぉ~、怖いんだからぁ~………――」
巨漢のお姉さんが、はぐらかそうと、手をひらひらさせていた。
油断なく様子をうかがっていたアーレックの横で、 ねずみが鳴いた。
「ちゅぅ!」
危ない――と、アーレックにはそう聞こえた。
ねずみの鳴き声が発せられたのと、アーレックが振り向いたのとは、同時だった。さすがはアーレック、ねずみが警告をするまでもなく、周囲に気を配っていたようだ。
ついでに、回し蹴りも放っていた。
「おっと………いい勘をしている………ってか、そのケリを受けたら、ヤバイって………」
「兄貴………そいつ、どうします?」
振り向くと同時に、アーレックは、回し蹴りをしていた。
危なげなくかわしたのは、ぼろ布を顔に巻いた若者だった。クモのように塀にへばりついていた。
もう一匹も身をかがめて、とても身軽と言う印象を受けた。
アーレックは、塀を背中にして、改めて巨漢のお姉さんの姿を、視界に入れる。
お姉さんの背中には、もう一人、隠れていた。
「………運ぶの、面倒………」
囲まれていた。
巨漢のお姉さんほどではないが、それなりの体格だ。荷物を背負った、感情に乏しそうな男をはじめ、四人組に囲まれた。
塀の上から降りてきた二人などは、とても身軽そうである。さすがのアーレックでも、この人数を合い手にするのは、あまりに危険であった。
アーレックは、恐れていなかった。
「高みの見物か――執事さん、あんたの屋敷だろ、手伝ってくれよ」
アーレックは、ニヤついた。
先ほど、ぼろ布で顔を隠した、身軽な連中が降りてきたばかりではないのか。いったい、どこに隠れていのだろう、執事さんが、塀の上で腕を組んでいた。
暗殺者です――
そう言われても納得の執事さんの、登場だ。
「し、執事さん?」
「で、出たぁ~、やっぱり、執事さんの幽霊だぁ~」
「いや、昼間だし………」
「あらん、かっこいいわぁ~」
感想は、それぞれ、違っていた。