丸太小屋の、噂の方々(上)
「オットル、何してるの?」
赤毛をなびかせた元気っ娘が、クマさんの背中によじ登った。
野性の生活に、すっかり順応しているフレーデルちゃんである。野生のクマさんの背中であっても、このように恐れなく、よじ登るに違いない。
クマさんは、お返事をした。
「くまぁ~」
いつものことのようで、動じることはなかった。
背中にローブを羽織ったクマさんが、羽ペンを手にしている。ただのクマさんではない、仲良し五人組の最年長の、オットルお兄さんだ。
元々、みんなの妹と言う地位のフレーデルちゃんである。遊べと、作業の邪魔をされるのは日常だった。
心の広いクマさんは、気にしない。羽ペンをそっと置くと、インクがこぼれないようにふたをした。ナイフのようなツメで、とても器用なことだ。魔法による、物体を浮遊させる魔法も併用しているのかもしれない。
ツッコミが、放たれた。
「オットル………なんか、その格好………」
レーゲルお姉さんも、やってきた。
夕食も終わり、明日の準備でもしよう。あるいは、全てを忘れて、後は眠ろうと言う時間帯に、珍しい姿が、目の前にあった。
「くまぁ~?」
なにか、変かな――
クマさんは、両手をパタパタと遊ばせる。フレーデルちゃんが落ちそうになるが、問題はない。無意識に浮遊することも出来るのだ。
おかしな格好と言えなくもないが、本当に、おかしな格好をしていた。
「魔法のローブ………なんか、クマさんのお人形さんって言うか………」
おかしかった。
上半身に、短いチョッキを羽織ったクマさんのお人形スタイルであったのだ。どうやら、オットルお兄さんは、気分を出したかったようだ。
その姿をしばし眺めて、レーゲルお姉さんは、ちょっと思いついた。
「ねぇ、フレーデルのローブって、あるよね?」
もしかしたらという、小さな思い付きだ。
フレーデルちゃんは、クマさんの背中の上で、小首をかしげた。
「あるけど………どうしたの?」
「いいから、もって来る」
お姉さんの命令である。フレーデルちゃんは、ピシッと、尻尾を立てたかと思うと、お部屋へと向かった。
パタパタと、尻尾で飛んでいるわけではないだろうに、空中を泳いでいった。
駄犬が、現れた。
「どうしたんだワン?」
背中に、なぜか布の袋をくくりつけていた。
他人が見れば、お使いに出されたのだと、思うに違いない。買い物袋にお金とメモを入れて、いつもの薬局、八百屋、肉屋とはしごをさせられるお犬様まで、いると言う。
中身は、本日借りてきたばかりの、本である。
駄犬ホーネックの場合は、魔法の力のおかげで、自分でメモを作り、布袋をくくりつけることが可能だ。
新たに本を借り受けることも、書類さえあれば、お利口なワンちゃんとの評価なのだ。
さすがは本の虫のホーネックである、駄犬になっても、生活習慣が変わることはなかった。本さえあれば幸せなのだ。
「幸せそうね、あんたは」
こいつのことは、別にいい。
レーゲルお姉さんが、そんな薄情なことを思っていると、雛鳥ドラゴンちゃんが戻ってきた。
「持ってきたよぉ~」
フレーデルちゃんは、空中を漂っていた。面倒だったのか、頭から、ぶかぶかとローブを漂わせている。
よく見る姿のローブ姿だったが、レーゲルお姉さんには、新鮮だった。
尻尾が見えなくなった。 それは懐かしい、人間モードのフレーデルちゃんの姿だった。
「うん、思った通り………元々、大きいローブだったからね」
良い思いつきだと、満足そうに腕を組むレーゲルお姉さん。
クマのオットルお兄さんは、手をあごに置いて、ふむふむと、納得顔だ。 駄犬ホーネックも、不思議そうに、妹分をながめる。
「ほら、御伽噺にあるじゃない。スカートのすそから、お尻尾が見えて、人間に化けた妖精だってバレる話………それも、あんたじゃ………ないか。産毛がある雛鳥ちゃんだし」
フレーデルと言うドラゴンちゃんは、まだ、産毛も抜け落ちていない、雛鳥のようなものだという。見た目どおりの年齢ではないだろうが、見た目に近い年齢かもしれない。
少なくとも、二百歳と言う大台に杖を置いているお師匠様よりは、はるかに若いに違いない。
「………レーゲル姉、雛鳥ちゃんって?」
「あぁ、こっちの話よ。それより、ドラゴンの尻尾は、何とか隠せそうね。ちょっと、尻尾を足に絡みつかせてみてよ。とぐろを巻くみたいにさ」
お尻尾は、ぱたぱたと空中を遊び、落ち着きのないことだ。
ワクワクする、そわそわするフレーデルちゃんの心を表している。大きなローブで、それを隠しきれるだろうか。
落ち着きのない、好奇心の塊の子犬のような女の子に、それは無理と言うものだ。できれば、魔術師組合の窓口に顔を出させる、ちょっとした魔法実験のお手伝いなど、いつもと言う演出に付き合わせたいのだが………
「うぅう………ん?出来なくは………っと」
元気娘が、慣れない上品なドレスを着込んで、困っている様子に見える。爪先立ちで、お上品な姿勢を維持せよという、無茶に等しいようだ。
出来なくはないが、無理をしていますと、見て分かる。
このような状態で街中を歩けば、私、怪しいです――と、みんなに宣伝して回るようだ。
特に、フレーデルを知る人物が、魔術師組合には多い。膨大な魔力の持ち主として、知られているのだ。
「まぁ、無茶はしないほうがいいかな。ローブの中にお尻尾を隠した姿で、無理なく歩けるようになるまでは………ね」
それよりも、フレーデルがドラゴン時代の記憶を取り戻してくれたほうが、早い気がする。そうすれば、ドラゴンの姿を思い出し、そして、少女フレーデルの姿に、改めて変身できるだろう。
そうすれば、少しは楽ができるのではないかという下心であった。
なにより――
「森に丸太小屋ができた。クマや駄犬と少女が住んでいる………ここまでは、何とか騒動にならずに終わると思うの。だけどね――」
レーゲルお姉さんは、妹分の尻尾を見る。
ごまかしきれないトラブルの種が、かわいらしいお尻から生えているのだ。赤毛のロングヘアーと同じく、赤いドラゴンのお尻尾である。
騒ぎにならないほうが、おかしいのだ。
そうなる前に、お尻尾を隠す練習をしてもらいたい。妹分に、ちょっと、宿題を与えたつもりのレーゲルお姉さんであった。
手遅れだと、聞かされる。
「レーゲル………町で、ちょっと気になる噂があるんだワン」
駄犬ホーネックが、わざとらしい語尾をつけて、語りだした。