牢獄のフレッド様と、自由な執事さん
安い宿泊施設の、一室。
名家カーネナイの最後の当主、フレッド様の、今のお住まいである。
落ちぶれて、このようなお住まいにお引越しをしたわけではない。哀れにも、落ちぶれた末に犯罪事業に手を出した結果だった。
今は、囚人のご身分であった。
世間では、カーネナイ事件として、知られる。
ニセガネの銀貨の鋳造および拡散、資金源確保のための銀行強盗などの、一連の事件を、総じて呼ぶ。
真実は、少し異なる。
さらに深いところに、大変に腰の低い、自称・善良な金融業者のガーネックさんがいらっしゃるのだ。
諸悪の根源。
それは大げさな物言いであっても、カーネナイ事件や、そのほか、ガーネックさん被害者の会のメンバーにとっては、言葉通りである。
うまく逃げ続けているあの悪魔を、誰か、倒してくれ。
その願いは、現在自由の身となっている、カーネナイの執事さんに託された。牢獄の中のはずだが、何者かの手引きで、自由の身分なのだ。
主であるフレッド様には、祈ることしか――
「――フレッド様………」
声がした。
フレッド様は、静かに窓を見る。昼はとっくに過ぎ、夕方が近づく時間帯、影は、ゆっくりと動いていた。
脱出を考えることが出来るのは、ねずみくらいだろう、小さな明り取りの窓である。それでも、外から会話をすることは出来そうだ。
またも、声がした。
「――こちらです、フレッド様」
きょろきょろと、部屋を見渡すフレッド様。
声は小さく、どこにいるのか、分からない。大きな声では、警備に見つかってしまう。そのために、仕方ないのだが………
フレッド様は、入り口の扉へと、静かに移動した。
内部監視のための小さな窓が、この安い部屋が、牢獄だと思い出させる。食事の差し入れのための、扉つきだ。
頼もしい、執事さんの顔があった。
「………脱獄中ってことを、おまえ………いや、いい」
目の前には、どこで手に入れたのか、執事姿の、執事さんがいた。
現在、脱獄中であるが、なんとも自然に、牢獄の外にいるではないか。警備兵さんが見かけたら、面会の方は、待合室にお願いします――と、言いそうだ。
近況報告に、やってきたのだ。
まずはフレッド様が、手に入れた情報を明かす。
「キートン商会の主は、今朝方、出頭した。一応は、自首と言うことで、アーレックが事情聴取に参加している。俺も、近いうちに話を聞くことが出来るだろうが………」
フレッド様は、話しながら、おかしさを感じていた。
囚人の身分であるのだ。
とても牢獄とは思えない、客室住まいのフレッド様であるが、囚人には違いない。なのに、事件の情報を、当局から明かされることは確定である。
フレッド様は思って、首をふった。今更、常識を考えても、意味のないことだ。
「メジケル、ガーネックは、どうなった」
キートン商会の主のバクチは、一人負けで終わる。
今朝方、キートン商会の主は、ニセガネの金銀の所持および、ウラ賭博の勧誘の容疑で出頭してきたのだ。
自滅を覚悟で、ガーネックを道ずれにとの、計画だ。
それでは不足だと、メジケルも動いていた。
「キートン商会のパーティー当日、ガーネックの屋敷に忍び込みましたが、先客がいました。ガーネックに盗品を売りつけようとした連中ではなく、アイツの言葉から、盗まれた側の刺客ではないかと………」
すこし迷ってから、メジケルは言い切る。
危険にさらす恐れがあるが、半端に知るほうが危険だ。今は、自分の知る全てを明かそうと。
「レーバスが恐れるからには、ドラゴンの使いに違いありません。アレは、魔法の輝き、いいえ、ドラゴンの宝石の使用者かと………」
フレッド様は、メジケルが報告に迷った理由を、理解した。
ドラゴンに手を出すな、怒らせるなと言う、その理由がやってきたのだ。禁忌を破る愚か者は、時折現れるものだが、問題は、巻き添えだ。
「フレッド様、私を逃がしてくれたのは、おそらく………」
「………やっと、合点がいったというところか。どこまでお見通しなのか………」
ここにねずみがいれば、ちゅぅ、ちゅぅと、大急ぎで、訂正に駆けつけたに違いない。あの夜の不審者の宝石は、自分ですと。ドラゴン様の使いでは、ございませんと。
そこへ、騒ぎが入った。
通路の先、警備兵達が、噂を騒がしくしていたのだ。
「おい、ガーネックが、ウラ賭博に関わったとかで、つかまるってさ」
「なんでだ、また、関係ないとか………じゃ、ないのかよ」
「いや、ゲームマスターの出入りが確認されてさ、昼ごろだっけか………」
自分達の苦労はなんだったのか。がっくりと、肩を落とすフレッド様。
一方のメジケルさんは、どこか、うれしそうだ。
「………なにか、したのか?」
「えぇ、手ぶらではと思い、ゲームマスターに少々、助言を――」
ゲームマスターに、ささやいたという。
ウラ賭博の帳簿から、ガーネックに行き着く。早く知らせたようがよいという、親切な情報だ。
慌てたゲームマスターは、素直に走り出したそうだ。
「そして、警備兵がゲームマスターを追いかけて、現場を見るってわけか………」
「えぇ、関係者ではないか………と」
単純であるが、最も効果的だろう。
犯罪者が屋敷にやってきたくらいでは、ガーネックが黒幕と言う証拠になるのか。 いつも、必ず逃げ延びるガーネックである。
キートン商会の返済金に、ウラ賭博のお客がガーネックから借りていても、不思議はない、金融業者のガーネックさんである。
今回も、そうして逃げられると思われたのだ。状況から、ガーネックがウラで糸を引いていると、金が流れていると分かっても、それだけだ。
ガーネックが、黒幕に違いなくても、捕まえるには、弱いと。
ゲームマスターが、ガーネックのお屋敷にいれば、どうだろうか。
「一度の疑い、二度目の疑い、そして三度目に………ゆっくりと、追い詰めましょう」
「………あぁ、たのむ」
逃げ延びるのは、想定済みだった。そのうえで、追いつめる材料として使ったわけである。
フレッド様は、頼もしく思いつつ、本当に、執事という姿が不思議だと思った。
暗殺者と言われたほうが、自然だと。
罠は、じっくりと、相手が気付かないように仕掛け、気付かれないように、閉じるものだ。忠実な執事さんの印象が強い今日この頃、暗殺者の顔が、戻ってきたようだ。




