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オーゼルちゃんと、都市伝説


「ねずみさん、イタズラしてないかな~」


 宝石のような、大きな緑色の瞳の女の子はつぶやいた。

 名前をオーゼルちゃん、あと少しで十歳。 栄えある騎士の一族、ボーデックの家の次女に生まれ、まだまだ甘えたい、甘えさせたいという可愛らしい女の子だ。


 今は、退屈と戦っていた。

 学校のお昼休みの時間は終わりに近づき、退屈な時間の始まりを前に、すでに退屈なのだ。


 そこへ、望ましくない存在まで、やってきた。


「きいた、きいた?」


 このように言葉をかけてくるのは、決まって噂が大好きな、あの子なのだと、不機嫌は加速する。

 オーゼルちゃんが、面倒と分類するクラスメイトちゃんである。

 目立ちたい、私が一番と言う性格のお子様がいらっしゃるのだ。明るい灰色のポニーテールの女の子が、かつ、かつと、足音を立てて歩いてきた。


 オーゼルちゃんは、生意気を、口にした。


「あら、ヘイデリッヒさん、しゅくじょがそのように噂を広めるなんて、はしたない」


 お嬢様を気取って、オーゼルちゃんは、ケンカを売った。

 言葉がたどたどしいのは、九歳児と言うことで、ご愛嬌だ。むしろ、可愛らしいという表現になる。生意気もこれからと言うお年頃、オーゼルちゃんの言葉遣いに苛立ちを覚えるなど、子供の証だ。


 ただし、ケンカのお相手は、同級生のお子様だ。当然、ムキになって、突っかかってきた。


「あ~ら、オーゼルさん、ここは軍事施設じゃございませんことよ、泥にまみれた方は、似つかわしいところへお帰りになったら?」


 生意気の、お返しだ。

 なんとも、失礼と言うか、よくもそのような知識があると、逆にほめてあげたい。大人の会話を、子供達は必死に聞き取り、研究しているのだ。

 真似っ子をして困らせる年頃に特有の、意味を理解せずに発言することも多い。こうすれば怒ると、わかっているだけだ。


 腰に手を当てて、淑女の貫禄を、演出していた。

 ヘイデリッヒちゃんの指先が示すのは、図工の授業で発表された、生徒達の力作の溜まり場だ。

 目立つのは、周囲に空間があることから分かる、オーゼルちゃんの力作が、孤高だった。


 題名は『ねずみさん、抹殺まっさつ計画』である。


「まぁ、終わったことを持ち出すなんて……こんどは、もっとすごいの、つくるんだもんっ」

「――いえ、それはどうかと……」


 誰が、学校で教わった工作の授業で、トラップを提出するというのか。安全を考えて、もちろん斧ではない、代表品を用いている。

 エサの代わりのハンカチに手を伸ばす、それが引き金となって、モップが落ちてくるだけだ。怪我をしないように、気遣いをしたのだ。


 親は、呼び出しを食らった。


 学校で、実戦訓練の催し物を出さないでくれと、お願いされたわけだ。軍事施設や訓練所ではないのだからと。


 誰もが、思わぬ事態が発生した。

 奥方は、教師の訴えを聞くまでもなく、作品の前に進み出た。お叱りが待っていると、教師陣はひとまずご家庭にゆだねようと、安心したものだ。


 お言葉は、予想外だった。

 完成度を高めるようにとの、ご注意だった。いったい、娘さんをどこへ向かわせようというのか。

 奥方の異名を知って、納得する。

 奥様は、戦場の天使と呼ばれるお方だ。弓矢の名手であり、本来の呼び名は、『死の天使』といわれた淑女だった。


 数百年の平穏のおかげで、あくまでも演習どまりであろうが、恐るべき呼び名を賜る実力は、持っておいでなのだ。

 なお、フルアーマーも忘れてはならない。

 お父様は全身鎧姿の、フルアーマーで現れた。奥方が、正装で来るようにと、向かう先は戦場だと、そそのかしたらしい。


 関わっては、いけない。


 皆様が、そろって抱いた感想だった。こうして孤高ここうという地位を得たオーゼルちゃんは、いつものことと、気にしていなかった。


 一方の、淑女を気取るポニーテールちゃんは、一番でいたいという、高いプライドの持ち主だ。いつも目立つオーデルちゃんが、気に入らないのだ。だからこそ、誰も知らない話題を自慢しようとしたのだが………

 ぶち壊すお子様は、当然存在する。


「あのね、あのね、ヘイデリッヒったら、犬さんがしゃべるってお話をしたくて、しょうがないの」


 ぴょこぴょこと、小柄な子犬を思わせる、ツインテールの女の子が、割り込んできた。

 オレンジ色のツインテールが、ぴょこぴょことゆれて、可愛らしい。これで尻尾があれば完璧だが、あいにくと、獣人族ではない。

 加え、この王国の近辺では獣人の集落は存在しないため、ドラゴンと同じく、耳にしているだけの存在だ。


 しゃべる犬が珍しいのも、当然だ。

 オーゼルちゃんは、ぶち壊した。


「魔法?」


 現実的に、ありえる可能性だ。

 不思議だ、不思議だと、大騒ぎをして欲しいポニーテールちゃんは、お怒りだ。


「しゃべる犬さんですわっ」


 すごいと言えと、意地になっておいでだ。

 魔法で片付ける。そんな、つまらない答えなど、期待していないと。


 大人であれば、それはすごいと、付き合ってくれただろう。犬に、人間の言葉を話させる魔法など、聞いたこともないためだ。メッセージを伝える手段なら、手紙をくわえさせ、特定の人物、場所に向かうように命じる、意識操作だけですむ。

 いや、魔法の必要すらない、しつければいい。伝書鳩でんしょばとは、古今東西、有名だ。


「は~い、みなさん、午後の授業ですよぉ~、ちゃんと席についてくださぁ~い」


 先生の、登場だ。

 子供たちにとっては、母親というより、おばあちゃんと言う年齢の、四十も半ば過ぎの女の先生が、現れた。

 まだ十歳になったか、なっていないという年齢では、母親の、その母親の年代なのだ。

 親しみを覚えるか、つまらない時間だとうなだれるかは、個性である。


 ヘイデリッヒちゃんは、悔しそうだ。


「下水のワニさんのお話とか、赤く光る幽霊さんのお話とか、まだありましたのに………」


 得意になる時間をジャマされた。それはお怒りのポニーテールちゃんだったが、先生がやってきては、お嬢様を気取るために、矛を収めざるを得ない。

 自慢したい話題がぽろぽろこぼれて、オーゼルちゃんは、しっかり聞いていた。


「あ~ら、ヘイデリッヒさんったら、下水に住んでますの?」

「ちがいますっ、怪しい場所は、廃墟か下水に決まってるんですっ」

「でも、下水の話題多いよね、普段、絶対開かない入り口が開いてたりさ………」


 ポニーテールのヘイデリッヒちゃんに続いて、ぴょこぴょこツインテールちゃんも、どこか、不自然を感じていた。


 本当に、何かあるのか、冒険が始まるのかと。

 もちろん始まるわけもない、午後の授業が開始である。


 今日も、授業は退屈だ。



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