ねずみと、キートン商会の地下室
お部屋の壁は、ボロボロの、隙間だらけだ。
ところどころ劣化し、ねずみが出入りする隙間が生まれていた。何かをぶつけたのか、壁にあいた穴は、隠し金庫として利用されている。
しかし、地下への扉だけは、頑丈な木製の扉である。ねずみでさえ、忍び込めないほど、隙間のない扉だ。
カギまで、つけてある。
立ち入り禁止と言う古びた張り紙が、従業員を近づけない工夫だ。鍵も、持たせていないのだろう
ねずみは、魔法の力にすがった。
――ガチャ
扉が、開いた。
「ちゅうう、ちゅうう」
ほんとに、開いちゃった――
自分で、驚いていた。
ねずみは、気合一発、鳴き声をあげたのだが、成功したようだ。額の汗をぬぐう仕草をして、そろり、そろりと、扉へと近づく。
抜き足、差し足と、四速歩行のねずみが、二本足で、忍び足をしていた。
「ちゅぅ~………ちゅぅ~………」
そおぉ~っと………そおぉ~っと………
ひょっとして、下に誰かがいるかもしれない。盗品を管理する人物がいないとも限らず、地下室は、どこかからトンネルでつながっている可能性もある。
下手をして、下水の通路につながっても、それはそれで、脱出路だ。
「ちゅう………」
誰も、いないようだ。
ねずみは、両手を前に掲げて、気配を探った。小さな物音でも、聞き逃すまいと集中する。それ以上に、薄く魔力を流すことで、生き物が発する気配を探ろうとしているのだ。
ドキ、ドキ、ドキ――
隣の宝石も、応援している。
それはもう、ピカピカと、暗闇の階段を照らして、ここに、怪しいやつがいると教えている。これで気付かないのは、よほどのまぬけか、誰もいないか………
「………ちゅぅ~う………」
気分が、台無しだ。
非難を含んだ鳴き声であるが、ねずみの気配察知は、すでに終わっていた。
しかも、いつもよりも、魔法の力を、使いやすかった。 宝石のおかげなのかと思いつつ、ねずみは、振り返る。
最初こそ、この宝石は、ねずみの周囲を浮遊するだけ、ねずみの感情の高まりに反応して、光を放つだけと思っていた。
力も、与えてくれるようだ。
まるで、魔法の宝石だ――と、ねずみはやっと、気付いた。
「………ちゅぅ………ちゅちゅ?」
お前、魔法の宝石なのか?――
ねずみの問いかけに、宝石は、後ろを振り向いた。この態度は、誰のことですか?と言うものであり、本当に、意思があるのではと疑いたくなる。
「ちゅぅ」
ついて来い――
ねずみは、宝石に命じた。
深く考えることを、やめたようだ。そして、足音を気にする必要もないと、四速歩行に戻って、ちょろちょろと、階段を一気に駆け下りる。
宝石も、ねずみと共に、滑り降りる。
暗闇でも、ある程度は地形を把握できるねずみだが、大きな明りがそばにあるおかげで、はっきりと見える。
地下に到着したとたん、宝石は、やや高い位置に移動した。
そして、明るさも、部屋にあわせてくれた。うっすらと、部屋の全体が見えてくる。ロウソクで照らすよりも、明るい。
不気味な気配がするのは、明るさが、赤みを帯びているところだろう。もしも、ここに魔法の宝石の仲間がいれば、がやがやと、まぶしそうだ。
そして、ねずみが騎士様のお屋敷に戻るときには、大変だ。ぞろぞろと、空中を浮かぶ宝石を引き連れてのご帰還は、ごまかせるはずがない。
魔術師組合が、出張ってくるに、違いない。
魔法の宝石は、魔術師組合が管理する財産であり、魔法使いなら、誰もが欲する宝石だ。そうなれば、気楽なねずみ生活が、終わってしまう。
それは、避けたい。
幸い、ここには、見本品として、わずかな品しか残されていないようだ。いくつも倉庫を借りているようなので、盗品はおそらく、そこである。
ねずみは、棚を駆け上ると、小箱の行列を見つけた。
「ちゅぅ~………」
ニセモノだ――
ねずみは、宝箱たちを見つめた。
宝石の小箱が、所狭しと並んでいる。赤い宝石の輝きの元で、本当に、財宝に囲まれている錯覚を覚える。
いや、これは、おもちゃの金銀財宝だ。遊びの、ゲームのための演出だ。
本来、この小箱の中身は全て、ゲーム用のコインなのだ。ゲームのための、おもちゃの宝石に、おもちゃの金銀財宝。
合法の賭博では、掛け金の上限が設けられており、子供の小遣いでも楽しめる仕組みだ。
景品は、おもちゃの宝石を含め、時代遅れの彫像など、子供心をくすぐるようで、微妙だ。
それでも、ゲームを楽しむことが目的なら、それでもいいのだ。
「ちゅううう~」
それでか――
探偵を気取って、うなった。
おもちゃの倉庫は、隠れ蓑に利用されたのだ。
おもちゃの景品に隠れて、盗品の骨董品や、宝石などが、並んでいることだろう。売り払うまでの、保管場所だ。
盗賊が、金銀財宝を手にして、それで終わりだろうか。生活のためと言う目的であるのなら、生活資金に換金する場所が必要である。
金銀はともかく、骨董品や宝石の類などは、どのようにしてお金に換えるのか。
販路が、必要だ。
キートン商会の倉庫は、盗品の保管場所として、ちょうどよいらしい。そして、裏賭博をしているのなら、ついでに、裏オークションをしても、不思議はない。
ガーネックは、どこまで、手を伸ばすつもりなのか。
しかし、キートン商会の主は、操られて、終わるつもりはないようだ。そのため、パーティーを開くのだと。
「ちゅぅ?」
自滅覚悟か?――
ねずみは、キートン紹介の主が、疲れた顔でつぶやいた言葉を思い出す。
――ガーネックめ、待っていろ
古いだけで、落ち目の商家がパーティーを開いた理由だ。
この宝箱を、見せるつもりなのだ。
ニセガネの金銀財宝をパーティーのお客たちに見せ、犯罪行為をしているのだと、招待客に暴露する。
その結果は――
ねずみは、考えた。
キートン商会の主の計画が、うまく進むためには、なにが出来るだろうかと。
「ちゅうう」
帰ろう――
ねずみは、頭上の宝石に告げると、地下倉庫を後にした。
階段は巨大であるが、ねずみにはすべて巨大だ。しかし、人の目ではとらえられないほど、素早いのだ。
もう、扉の前だ。
「ちゅううっ」
いくぞっ――
ねずみは、宝石に声をかけると、魔法を発動させた。ねずみの魔力だけでは、とても動かせない巨大な扉が、閉じていく。
次にこの扉をくぐることは、あるのだろうか。そんな気持ちで見つめるねずみは、地面に落ちていたクラッカーを発見した。
カリカリカリカリ——
いまは、これで我慢しようと、必死にかじる。運動の後であり、たくさん、魔法を使った後なのだ。
少し落ち着いたのか、つぶやいた。
「ちゅうううぅう」
忙しく、なりそうだ——