ねずみと、魔法の宝石
ねずみは、悲鳴を上げた。
「ちゅぅううううっ!」
誰かが聞きつければ、気付かれる危険がある。ここが壁の裏だとしても、大失態だ。
それ以上に、この輝きが外に漏れれば、誰かが気付く。赤い輝きが、壁裏を照らしていた。
大変、まずいと、ねずみは思った。
なんとか魔力を操ろうと、その前に、心を落ち着けようと、宝石を天に掲げた。
焦っている、証拠であった。
「ちゅ、ちゅぅ~………ちゅぅう!」
静まれ、静まるのだ、俺の力よ――
ねずみは、両手を掲げたまま、大きく口を開いて、命じた。
何かの演出なのか、赤い宝石の影響を受けただけなのか、ねずみが生み出した、小粒の光までがチカチカと激しく光だし、しかも、ねずみの周囲を回りだす。
爆発するのか。
それとも、真の力が、目覚めようというのか。
ねずみは知らない。自らが思い描く、絶大な力への憧れというか、お調子に乗って、気分を盛り上げてしまう気持ちが、この状況を生み出したと。
まぁ、焦れば焦るほど、パニックになるのは誰しも同じ事。ねずみの場合は、これが、オレの力なのかと言う感情の高ぶりが、チカチカと輝く光の粒の演出をしただけだ。
赤い宝石は、手助けをしただけだ。
名前を、ドラゴンのよだれと呼ばれる宝石である。
魔法使いにとっては、喉から手が出るほど欲しい、自らの力を数倍、時に数十倍に高めてくれる、魔法の宝石であった。
そして、ネズリーは知らないが、ミイラ様――もとい、ネズリーたちのお師匠様が、予定より早くお戻りになった、本当の理由であった。
盗まれたという、ドラゴンの宝石なのだ。
まぁ、魔法の発動すら出来ないその他大勢の方々には、ただの宝石である。おもちゃ屋さんで、女の子様がだだをこねる、ガラス製の宝石と区別はつかない。
間違えて、ニセガネの金銀財宝に、紛れ込んでも気付かない。
なぜ、紛れ込むのか。
その答えが、がたんと、音を響かせた。
「ちゅぅ………」
ヤバイ、誰か来た――
ねずみの、この鳴き声に応えるように、宝石の輝きも、落ち着いた。
そっと、木箱に隠れるねずみの跡を追って、共に隠れた。
よう、相棒。
そのような感情が、宝石にあるのかと疑いたくなる、同じ仕草で、そっと木箱から顔をのぞかせる。
しばらく、様子を見る。
一秒か、二秒か………
時間の経過が、やけに長く感じる。それでも、油断は出来ない。魔法の力に目覚めたとはいえ、ねずみなのだ。人間が本気を出せば、多少、物体を浮かび上がらせる程度の力では、太刀打ちが出来るわけもない。
五秒か、あるいは、さらに時間が経過したのかもしれない。ねずみは、これ以上待てないとばかりに、木箱から姿を現して、外の様子を調べに向かった。
当然のように、空中を浮遊する、赤い宝石もついていく。
なお、チカチカと光っていた、豆粒サイズの光の粒は、宝石に吸収されたようだ。代わりに、宝石は淡い光を光らせる。
ねずみの心音を表すように、ドキ、ドキ………と。
「ちゅぅ~………ちゅぅ~………」
そぉ~っと、そぉ~っと――
ねずみが、恐る恐ると、壁まで近づく。
ドキ、ドキ、ドキ、ドキ――
心音を表現しているつもりなのだろう、赤い宝石も、ゆっくりと明滅を繰り返す。
「ちゅぅ………」
そっと、ねずみは光の隙間から、外の様子を伺う。
ドキドキドキドキ………
ねずみの鼓動が早まるように、宝石の明滅も、激しくなる。
「………ちゅう~………」
あのぉ~………――
ねずみは、お尋ねしたい事があると、宝石に振り向く。
宝石も、顔があるわけではないのだが、後ろを振り向いた。まさか、本当に宝石に意識があるのだろうか。
ねずみは、あきらめたように前を向く。
宝石も、前を向く。
これが、ねずみが魔力を注ぎ、操ろうとした結果なのか、宝石に意思があるのかは、不明だ。
今は、優先すべきことがある。見つからないように、様子を伺うねずみと、宝石。
男が、木箱を持って歩いていた。ねずみの背後にある、壁の内側に隠された木箱と、同様の品物のようだ。
時折、チャリン、チャリンと、財宝がこぼれるのは、山積みに詰め込んでいるためだろうか、そして、気付く様子がない。
それほど、お疲れなのだ。ねずみが大騒ぎしていたことなど、気付くはずもない。ちょっと安心と言うことで、ねずみは、男を観察する事にした。
壁の内側に宝石箱を隠した犯人であることは、間違いない。では、その目的は何か。興味を引かれたのだ。
ドドン、ドドン、ドドン………
宝石は、早鐘を打つねずみの心音に合わせるように、激しくピカピカ輝く。
ねずみは、無視を決め込んだ。
見た目より、老けた印象の、運動不足の男は、運動不足だった。
「はぁ………はぁ………こればかりは、私が運ばねば………」
階段の上り下りなどは、大変につらそうだ。
四角い箱を抱えて、階段を上っていた。背後は暗く、死の世界と言う錯覚を覚える。階段に、適度な明りをもたらすには金がかかる。明りを片手に歩いていけばいいのだ。
両手がふさがっているため、真っ暗闇に等しい。ただ、頭上の明かりだけが希望だ。階段を上りきった先の、扉の隙間であった。
「はぁ………はぁ………やっと、出口か………」
半開きになっていた木製の扉を、背中で押し開けた。
ねずみが聞きつけたのは、この扉の音だった。
立ち入り禁止と、張り紙がある。従業員でさえ、立ち入りが禁止されている。注意書きに、地下室が崩壊、危険とあった。
一般の従業員を、守るためだった。
「キートン商会は、オレで終わりだ………なら、ハデに………ハデに………」
本当は、何かを隠しているらしい。
木箱を倉庫の隅に置くと、地下へつながる扉を見つめる。 頑丈な木製の扉には、立ち入り禁止の張り紙が、古び始めている。
階段を下りるとそこは、冷たい空間が広がっている。墓場を思わせるのは仕方がない、土に囲まれた、冷たい空間なのだ。
食料庫に使われ、また、ワインの保存にも最適という。空調さえ完璧であれば、快適な空間の出来上がりだ。
品物の保存にも最適だ。
「パーティーの余興として、これを出せば………ガーネック、お前も俺も、それで………」
箱を見つめて、男は、力なく笑った。
ねずみは、その顔を見て、どこかで見た顔だと思った。そう、あきらめながらも、希望を抱いている。そして、その希望は決して、ひどいものではないと。
カーネナイの若き当主、フレッドのように、犯罪のぎりぎりで、思いとどまる人物の顔だと。
「ちゅぅ~………」
ねずみは、鳴いた。
分かった、付き合ってやろうと………
隣で浮かぶ宝石も、淡く光っていた。
俺も、付き合うぜ………と。




