ねずみと、商家の影
トコトコトコ――と、ねずみは歩く。
この足音に気付ける人物は、野生の獣に匹敵する聴力の持ち主だけだ。幸いと言うべきか、この場には、そのような超人は、いないらしい。
ねずみは、つぶやいた。
「ちゅぅ~………」
ここか――
ひとまず安心と言う気持ちで、つぶやいた。 来週、お嬢様が出席する予定の、パーティー会場の裏側だ。
まだ活気がある界隈でありながら、荒廃の波が襲っている店舗が、ちらほらと見られる。二十年、三十年と風雨にさらされていれば、色はくすみ、彫刻も弱々しくなっていく。 何らかの手立てを打つには、お金が必要なのだ。
ねずみが見上げる店舗も、弱っていた。
店舗というか、見た目はそれなりのお屋敷だ。上品なお人形を飾るにはよさそうだ。人の出入りもあれば、大きな屋敷が必要なのだろう。
修繕にかけるお金がないだけだ。
今は人の出入りもなさそうだ。 それなりの大きさの屋敷に、ねずみは侵入を果たすべく、走った。
目指すは、調理場だ。
扉が閉まっていても、問題ない。調理場にある排水溝は、ねずみにとっては出入り口だ。
もちろん、清潔にも気を使う。パイプから流れるせせらぎで、ねずみは身を清めた。
パーティーは来週である。試食のためのパーティー料理があっても、不思議はない。ねずみが出たとなれば、もしかして、すでに購入済みのパーティー料理のための食材を、台無しにする恐れもあるのだ。
念のため、魔法も使った。
瞬く間に水気は飛び去り、ねずみ色の、清潔な毛並みを取り戻す。
ねずみは、気を引き締めて、厨房を眺める。
「ちゅぅ………」
さて——
あわただしいパーティー料理の、最終段階。そのような様子を想像していたのだが、どこか、あきらめたような印象だ。
豪華な料理は期待していない、古いだけで、力が弱っている商家と言う情報なのだ。
それでも、一般の食事よりは少し豪華なおこぼれを期待していた。ずいぶんと贅沢になったものだと、ねずみは、ハラをなでる。
太って、運動能力が落ちては大変だ。幸い、ねずみは走り回って、食料を常に必要とする状態なので、問題がない。
ため息をついた。
「ちゅぅ………」
これが、現実ってやつか――
パーティーに出す料理が、机の上に並んでいた。
正しくは、その試作品だ。幸い、ここには誰もいない。少し危険だが、料理皿が並んでいる机の上へと、昇ったのだ。
ねずみは、涙を浮かべた。
クラッカーに、チーズを少しだけ載せた小皿がきれいに並べられている。その中央にある大皿が、涙を誘うのだ。
鳥の丸焼きと言う、ローストチキンに見える。
ニセモノだ
ねずみの優れた嗅覚に頼らずとも、分かった。作り物の果物盛り合わせに、派手な色合いのローストチキンが、だが、少し色あせていた。
倉庫に眠っていたのか、パーティーを彩るための飾りか、あるいは豪華なレストランの見本品なのか………
本物のクラッカーが並ぶ皿をよけながら、ねずみは、悲しい努力の皿に到着する。いったい、なぜこのような無茶をするのか。ねずみは、見事なサンプル品の、鳥の丸焼きであるローストチキンに、手を置いた。
一応は、手入れをしたのだろう、料理皿の中央に飾る花瓶のように、磨いてある。
それがあだとなって、塗装が剥げている箇所がある。素人がペンキを塗った跡が、悲しい色合いだ。乾燥しきっていないことから、修繕から、あまり時間が経過していないとわかる。焦って準備に追われる光景が、見えるようだ。
繊細な色合いに、はっきりと、派手な茶色が、修繕箇所を主張しまくる。
パーティーの招待状が届いてからの日数を考えると、もしかして、あわてて思いついたのか。
ペンキが背中につかないように注意をしつつ、ねずみは、サンプル品の鳥の丸焼きに背中を預けて、座った。
「ちゅぅ~………」
どういうことだ——
ねずみは、腕を組んでうなっていた。
ここが新たなカーネナイ事件の本拠地と考えたのは、考えすぎだったのか。金貸しのガーネックが絡んでいるのなら、何かがあると思った。
さもしいパーティー料理があるだけだ。
立ち上がると、ねずみはこの商家の調査に乗り出した。お嬢様の口に入るのだ、毒見をしておくべきかと思ったが、首を振った。
クラッカーにチーズと言う、商店で購入したような料理では、その必要もないだろう。
まさか、皿に盛られた料理に手を付けるわけにもゆかず、壁に向かう。
隙間が、ちらほらと見受けられる。補強のための材木がアダとなり、ちょうどよい隙間があった。せっかく清潔にしたのだが、やむを得まい。ねずみは、再びホコリまみれになりながら、這い回る。
何もなければ、それでいいではないか。何かあった、それを見逃すという事態にならなければいいのだと、闇の中を、ねずみは進んだ。
「………ちゅう?」
闇を見通す瞳を、ねずみは持たない。
隙間の光では不足だと、ねずみは危険と思いつつ、魔法を使った。
「ちゅぅ~っ」
光よ、集え――
両手を掲げて、唱えた。
魔法使いであれば、ローブをはためかしている姿である。掲げた両手の間に、小さな変化が現れた。
ねずみの頭上に、小粒の光が現れた。
小さなロウソクのような明りだが、真っ暗闇では、頼もしい。しかも、ねずみの意思によって、自在に操ることが出来る。
ためしに、ねずみは両手を広げたまま、右に、左にと傾ける。
ねずみの体の動きにあわせて、光の粒も、右に、左にと空中を泳ぐ。
「ちゅぅ」
いけ――
ねずみは、両手を勢いよく前に差し出し、命じた。
魔法の発動や制御に、人間の言葉である必要は、ないらしい。ねずみの鳴き声にしたがって、光の粒は、暗闇を照らしていく。
壁の隙間に、宝物を隠す。
盗賊が出てくる物語に、へそくりを隠すご家庭の物語にと、珍しい隠し場所ではない。あるいは、秘密の手紙という、ガーネックとの取引の証拠でも出てくるかと、ねずみは期待していた。
だが——
「ちゅううぅ―—」
なんだ、これ——
金銀財宝が、現れた。
あってもへそくりで、せいぜいが狼銀貨だと思っていた。ニセガネもまた、銀貨だったのだ。
物語のように、金銀財宝が、宝箱に詰まっていた。
「ちゅぅ~………」
本当に、やっちゃってるよ――
本当に壁裏に財宝を隠しているとは、思わなかった。ねずみは、驚きのあまり、しばらく財宝を見つめていた。
これほどの財宝を溜め込むことが出来るのならば、もう少し、パーティー料理を豪華にしてほしい。スープに、野菜に、果物に、メインディッシュである肉料理も、たっぷりと出せるだろう。
決して、ねずみがおこぼれを頂戴したいからではない。
「ちゅうう、ちゅう」
なにか、ありそうだ——
取りあえずも、調査である。 ねずみは、恐る恐ると、財宝に近づいた。




