招待状の、その裏で
大きなお部屋が、あわただしい空気で満たされている。
100人ほどは、余裕で立ち話ができそうだ。 ガヤガヤと慌しく、机に、イスに、きれいな植物模様の敷物にと、大きな部屋の中を行きかっている。
パーティーの、準備のようだ。
「旦那様、いくらなんでも、時間が足りません」
「旦那様、お料理の準備に、少なくとも一月はいただきませんと………」
「旦那様、余興の申し込みも、やはり………」
使用人の皆様が、慌てふためきながら、主に指示を仰ぐ。
料理のメニューの選定と、材料の発注には、時間がかかる。もちろん、余興として手品師や、猛獣使いに、演劇団と、予約するにも余裕が欲しいものだ。
お値段がそこそこで、しかも、しっかりとした演技を期待すれば、半年待ちの予約は必須である。
ごり押しが出来る貴族様でも、普通は順番を守るものだ。下手にごり押しで劇団を呼び寄せれば、どこかにしわ寄せがいく。それでは反感を買うだけと知っているため、普通は何ヶ月も前から、予約をするものだ。
突然、パーティーを開催するなど、何を考えているのか。
柔らかな物言いながら、主に文句を言うあたり、この場の主従の関係は、厳格な線引きがされていないようだ。
これが、友人のように仲のよい主従関係であればよいのだが、主として、敬意を払う価値を失いつつあるという、寂しい理由が強かった。
一応、丁寧を装うあたり、長年の主従関係は良好だったようだが………
「無理をさせて悪いが、最後の機会と思ってな………」
やや運動不足気味の主は、妙に年老いて見える。実際にはまだ、中年と言う年齢の、歴史ある商家の、今の主である。
脳裏には、ガーネックからの手紙が浮かんでいた。
自称、執事さんに手渡されたのだが、脅迫文といったほうが正解と言う代物だった。しかも、脅迫文を届けに来た執事さんは、ただの執事さんではなかった。
死に神です―—
そういわれても、納得だ。
ナイフを手にしていないというのに、招待状を手渡しただけと言うのに、まるで、喉元にナイフを突き立てられたかのような恐怖を味わった。
脅さなくても、十分。
脅し文句がちりばめられたお手紙より、手紙を持ってきた執事さんによって、反抗する力は、消えうせていた。
そもそも、脅しの必要なく、手紙の送り主であるガーネックの操り人形と言う未来しか、残されていないのだから。
借金が、あるのだから。
「我が家には、金がない………それだけではないのだ」
寂しそうな主の独白に、使用人たちは顔を見合わせる。
腕を組んで、指折り数えて、数えていく。
「人望も目減りして、将来性は残ってなくて………あと、何がないんだっけ?」
「余命は………あるよな、主様は、まだ四十代だし」
「後継者は、確か、ご親戚のところで、修行ってことで追い出したのよね?」
「まぁ、あとのない家を継がせるよりは、どこかでひとり立ちを望むってか?」
「あぁ、あとがないのは、オレたちか」
奥様もいない。とっくにご実家に戻っているとは、だれも口にしない。このあたりは、皆様は分かっている。
ただ、わかっていないこともあった。
ガーネックに取り込まれつつあるという、事実だ。カーネナイ事件にあるように、完全に乗っ取られる以前から、すでに手は伸びている。
この商家には、裏の顔がある。
パーティー準備に明け暮れる、表の従業員の皆様には、その顔を知られていない。主としての、せめてもの良心なのだ。
ガーネックの計画がうまく運んでいれば、大きなお屋敷で、事業が拡大する予定だった。
「一族そろって牢獄のカーネナイ………明日は、わが身か」
その意味では、いまだ牢獄にいないわが身は、幸運である。何より、我が子は、今の裏事業にかかわっていない。
いや、カーネナイの没落と同じく、自分の子供にも、知らずにガーネックの手が忍び寄っている可能性はある。牢獄で再開だなど、冗談ではない。
その前に、何か………
疲れた顔の商人は、弱々しく、口を開く。
「大商人は過去のことでも、お客様に手紙を送る力は、まだ残っているのだ。我が家がここにあると、皆様に忘れないでいただけるように………」
まっすぐと向き直った主の言葉に、使用人たちは、あきらめの気持ちでうなずいた。
最後のあがきですね。はぁ、わかりました――と。
気付けば稼いだ金で利子を払い、新たな借金で、生き永らえる。成功の影には、失敗の山があるというが、失敗ばかりの商家の末路は、目の前だった。
「では、あとを頼んだぞ………」
頼もしい従業員達に後を託し、商家の主は静かに、倉庫へと向かった。
一応は、人の出入りがあるものの、植物の力はすさまじい、つる植物が徐々に屋根へと伝って、まるで一つの芸術作品だ。
かつては、年に一度は全てを刈り取り、修繕も行っていた。それが数年に一度となり、ここ五年ほどは、申し訳程度に、目立つつる草を刈り取るのみ。
中に積まれている宝の山にまで、つる植物が進出しなければよいのだ。
流行に乗り遅れた品々が、山と積まれている。
ただ、そういった品々が、時折息を吹き返したかのように、価値を見出されることもある。
流行の、再燃である。
この商家はそういった可能性に賭けて………ちょっと、溜め込みすぎた。
「商品に傷はない。何十年かすれば、再び光を見ることがある………親父はそう言っていたな」
彫刻を簡略化、量産した品々だった。
獣を模倣したものや、御伽噺に登場する、英雄達や怪物たちなど、種類は豊富に、箱詰めされている。
彼は、おもちゃ屋だった。
それも、代々続くおかげで、時には、驚くべき価値のある品物が発見されることもある。昔を懐かしんだコレクターが、常に存在するのだ。
ただ、そのためにも、いくつか条件が存在する。
懐かしさを覚えるようになるまでの、十年、数十年と言う時間が、一番つらい。そして、かつて人気があった、あるいは、作品が再評価される出来事などだ。
その条件が整うまで、このお宝が、この倉庫で眠り続けてくれるだろうか。
そうした、将来に価値を見出す予定のガラクタ………もとい、お宝たちの横で、銀色に輝いているものがあった。
ニセガネの、銀貨の山であった。
小さなおもちゃ箱に交じって、輝いていた。
「あがいてやろう………ガーネック、お前を道ずれに」
主は、おもちゃ箱の隣に整列していた、若者の人形を手にした。
ある物語の、主人公だ。
なんら特技もなく、勇気もなく、魔法の力も、血筋も何もない。そんな若者が、たった一つの偶然から、世界を救う英雄へと歩みを進める物語。
安っぽく、胸が踊る英雄の物語だった。
主が子供の頃に熱中した物語で、憧れだった。
みんなと同じ、むしろ弱虫と呼ばれた主人公が、一つの偶然に出会い、世界に危機に立ち向かうのだ。
大人になる前に、物語に過ぎないと、手放していく。
しかし、おもちゃ屋なのだ。
お宝の山に住まう幸運に感謝するのか、売れてくれと不運を呪い、ひねくれるのか。
その間を行き来して、主は育った。
売れてくれと商品であるおもちゃを睨みつつ、守ってくれと、願ってしまう。
もう一度、夢を見たかった。
終わるなら、惨めに終わるのではなく、悪を道ずれにしたと言う、満足感を共にしたかった。
柄ではなくても、一度だけなら、いいではないかと。
主が棚に戻した勇者の、決め台詞だった。
「そうだったな。みじめな終わりに、アイツを道ずれにしてやろう」
かつての憧れがが、くすぶっていた。