表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/205

招待状の、その裏で



 大きなお部屋が、あわただしい空気で満たされている。

 100人ほどは、余裕で立ち話ができそうだ。 ガヤガヤと慌しく、机に、イスに、きれいな植物模様の敷物にと、大きな部屋の中を行きかっている。


 パーティーの、準備のようだ。


「旦那様、いくらなんでも、時間が足りません」

「旦那様、お料理の準備に、少なくとも一月ひとつきはいただきませんと………」

「旦那様、余興の申し込みも、やはり………」


 使用人の皆様が、慌てふためきながら、主に指示を仰ぐ。

 料理のメニューの選定と、材料の発注には、時間がかかる。もちろん、余興として手品師や、猛獣使いに、演劇団と、予約するにも余裕が欲しいものだ。

 お値段がそこそこで、しかも、しっかりとした演技を期待すれば、半年待ちの予約は必須である。

 ごり押しが出来る貴族様でも、普通は順番を守るものだ。下手にごり押しで劇団を呼び寄せれば、どこかにしわ寄せがいく。それでは反感を買うだけと知っているため、普通は何ヶ月も前から、予約をするものだ。


 突然、パーティーを開催するなど、何を考えているのか。


 柔らかな物言いながら、主に文句を言うあたり、この場の主従の関係は、厳格な線引きがされていないようだ。

 これが、友人のように仲のよい主従関係であればよいのだが、主として、敬意を払う価値を失いつつあるという、寂しい理由が強かった。

 

 一応、丁寧を装うあたり、長年の主従関係は良好だったようだが………


「無理をさせて悪いが、最後の機会と思ってな………」


 やや運動不足気味の主は、妙に年老いて見える。実際にはまだ、中年と言う年齢の、歴史ある商家の、今の主である。


 脳裏には、ガーネックからの手紙が浮かんでいた。


 自称、執事さんに手渡されたのだが、脅迫文といったほうが正解と言う代物だった。しかも、脅迫文を届けに来た執事さんは、ただの執事さんではなかった。


 死に神です―—


 そういわれても、納得だ。

 ナイフを手にしていないというのに、招待状を手渡しただけと言うのに、まるで、喉元にナイフを突き立てられたかのような恐怖を味わった。


 脅さなくても、十分。


 脅し文句がちりばめられたお手紙より、手紙を持ってきた執事さんによって、反抗する力は、消えうせていた。

 そもそも、脅しの必要なく、手紙の送り主であるガーネックの操り人形と言う未来しか、残されていないのだから。


 借金が、あるのだから。


「我が家には、金がない………それだけではないのだ」


 寂しそうな主の独白に、使用人たちは顔を見合わせる。

 腕を組んで、指折り数えて、数えていく。


「人望も目減りして、将来性は残ってなくて………あと、何がないんだっけ?」

「余命は………あるよな、主様は、まだ四十代だし」

「後継者は、確か、ご親戚のところで、修行ってことで追い出したのよね?」

「まぁ、あとのない家を継がせるよりは、どこかでひとり立ちを望むってか?」

「あぁ、あとがないのは、オレたちか」


 奥様もいない。とっくにご実家に戻っているとは、だれも口にしない。このあたりは、皆様は分かっている。


 ただ、わかっていないこともあった。


 ガーネックに取り込まれつつあるという、事実だ。カーネナイ事件にあるように、完全に乗っ取られる以前から、すでに手は伸びている。


 この商家には、裏の顔がある。


 パーティー準備に明け暮れる、表の従業員の皆様には、その顔を知られていない。主としての、せめてもの良心なのだ。

 ガーネックの計画がうまく運んでいれば、大きなお屋敷で、事業が拡大する予定だった。


「一族そろって牢獄のカーネナイ………明日は、わが身か」


 その意味では、いまだ牢獄にいないわが身は、幸運である。何より、我が子は、今の裏事業にかかわっていない。

 いや、カーネナイの没落と同じく、自分の子供にも、知らずにガーネックの手が忍び寄っている可能性はある。牢獄で再開だなど、冗談ではない。


 その前に、何か………

 疲れた顔の商人は、弱々しく、口を開く。


「大商人は過去のことでも、お客様に手紙を送る力は、まだ残っているのだ。我が家がここにあると、皆様に忘れないでいただけるように………」


 まっすぐと向き直った主の言葉に、使用人たちは、あきらめの気持ちでうなずいた。


 最後のあがきですね。はぁ、わかりました――と。


 気付けば稼いだ金で利子を払い、新たな借金で、生き永らえる。成功の影には、失敗の山があるというが、失敗ばかりの商家の末路は、目の前だった。


「では、あとを頼んだぞ………」


 頼もしい従業員達に後を託し、商家の主は静かに、倉庫へと向かった。


 一応は、人の出入りがあるものの、植物の力はすさまじい、つる植物が徐々に屋根へと伝って、まるで一つの芸術作品だ。

 かつては、年に一度は全てを刈り取り、修繕も行っていた。それが数年に一度となり、ここ五年ほどは、申し訳程度に、目立つつる草を刈り取るのみ。

 中に積まれている宝の山にまで、つる植物が進出しなければよいのだ。


 流行に乗り遅れた品々が、山と積まれている。

 ただ、そういった品々が、時折息を吹き返したかのように、価値を見出されることもある。

 流行の、再燃である。


 この商家はそういった可能性に賭けて………ちょっと、溜め込みすぎた。


「商品に傷はない。何十年かすれば、再び光を見ることがある………親父はそう言っていたな」


 彫刻を簡略化、量産した品々だった。

 獣を模倣したものや、御伽噺に登場する、英雄達や怪物たちなど、種類は豊富に、箱詰めされている。


 彼は、おもちゃ屋だった。


 それも、代々続くおかげで、時には、驚くべき価値のある品物が発見されることもある。昔を懐かしんだコレクターが、常に存在するのだ。


 ただ、そのためにも、いくつか条件が存在する。

 懐かしさを覚えるようになるまでの、十年、数十年と言う時間が、一番つらい。そして、かつて人気があった、あるいは、作品が再評価される出来事などだ。

 その条件が整うまで、このお宝が、この倉庫で眠り続けてくれるだろうか。

 そうした、将来に価値を見出す予定のガラクタ………もとい、お宝たちの横で、銀色に輝いているものがあった。


 ニセガネの、銀貨の山であった。

 小さなおもちゃ箱に交じって、輝いていた。


「あがいてやろう………ガーネック、お前を道ずれに」


 主は、おもちゃ箱の隣に整列していた、若者の人形を手にした。

 ある物語の、主人公だ。 

 なんら特技もなく、勇気もなく、魔法の力も、血筋も何もない。そんな若者が、たった一つの偶然から、世界を救う英雄へと歩みを進める物語。


 安っぽく、胸が踊る英雄の物語だった。


 主が子供の頃に熱中した物語で、憧れだった。

 みんなと同じ、むしろ弱虫と呼ばれた主人公が、一つの偶然に出会い、世界に危機に立ち向かうのだ。

 大人になる前に、物語に過ぎないと、手放していく。

 

 しかし、おもちゃ屋なのだ。


 お宝の山に住まう幸運に感謝するのか、売れてくれと不運を呪い、ひねくれるのか。

 その間を行き来して、主は育った。

 売れてくれと商品であるおもちゃをにらみつつ、守ってくれと、願ってしまう。


 もう一度、夢を見たかった。

 終わるなら、惨めに終わるのではなく、悪を道ずれにしたと言う、満足感を共にしたかった。

 柄ではなくても、一度だけなら、いいではないかと。


 主が棚に戻した勇者の、決め台詞だった。


「そうだったな。みじめな終わりに、アイツを道ずれにしてやろう」


 かつての憧れがが、くすぶっていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ