招待状、ねずみをお供に
「ちゅうう、ちゅうう―—」
これは、困りましたなぁ ——
ダイニングテーブルの上に、一通の手紙が置かれていた。
ねずみは、その前で腕を組み、考え込んでいた。さして意味はない、紳士を気取った、ごっこ遊びである。
ただし、手紙は本物だ。
ロウソクをたらした上から、紋章をくっきりと押し付けられたお手紙だった。中身は、そこそこの地位のある家からの、招待状である。
ねずみなどには、間違えても送られることのないお手紙が今、目の前にあった。
もちろん、ねずみあてのお手紙ではない。送られた家のお嬢様は、駄々をこねていた。
「ねぇ、本当に行かなきゃダメ?」
だらしなく、テーブルの上に両手を伸ばしていた。
子供のような態度をとるのは、この家の長女である、サーベル使いのベーゼルお嬢様だ。
父親譲りの明るいブラウンのロングヘアーに、青の瞳の十八歳だが、八歳児のように、駄々をこねていた。
「だめぇ~?」
妹様のオーゼルちゃんも、机に上に両手をだらりと伸ばしている。お姉さんの真似っ子であった。
母親譲りのやわらかな金髪のロングヘアーで、くりんとした大きな瞳は、宝石のような緑色だ。
こちらは十歳に満たないお子様なので、ただただ、かわいらしい。
まぁ、親御さんとしては、お行儀が悪いと、注意をすべきだろう。この場にご家族しかいないと言っても、テーブルマナーは大切だ。
騎士様の、お屋敷の一員としての、自覚を持つべきなのだ。
なのだが………
「それなりに古い商家からの、招待状だ。こういったパーティーに出席するのも、地位ある者の義務………とは言うがな」
目の前の招待状を見つめたまま、お屋敷の主は、考え込んでいた。
領主様や、騎士仲間からの招待状ではない。大商人からの誘いでもない、古いだけの、ただの商家だ。いやならば、断りの返事を出せばよいだけのこと。
それでも悩んでいるのは、相手へのマナーと言う点だ。家長である主は、すでに欠席を決めている。だが、妻や子供達の意見を、聞こうとの考えだ。
身分のある家柄と言うのも大変なのだと、ねずみは腕を組んで、うなずいていた。
机の上で、うんうんと、気楽己の幸運を、喜んでいた。
ふと、ベーゼルお嬢様と、目が合った。
「いっそのこと、ねずみさんに行ってもらったら?招待状を背中にくくりつけて………きっと、皆さん、驚くわよ?」
本気ですか?
そんな顔で、ねずみは鳴いた。
「ちゅうううううう?」
一人?気楽に構えていたねずみに、とばっちりが来た。さすがに冗談かと言いたかった。
さらなる冗談が、追加された。
お茶を準備していた、奥様からの、追撃だった。
「あら、面白そうね、ねずみさんはテーブルマナーも知っているみたいですし」
お茶を注ぎながら、いい思い付きという笑みを浮かべていた。
ねずみの目の前にも、お茶を注いでくれる。
ねずみ用のカップなどあるわけがないが、小皿は、いくつかある。小動物を飼うご家庭はそれなりにあり、買い求めてくださったのだ。
ティースプーンで注がれた紅茶に、うれしそうな、ねずみの顔が映る。お茶会への参加が許されているのだ。これが、喜ばずにいられるものか。
ただ、会釈で感謝の気持ちを伝えつつも、言いたかった。ご冗談ですよねと、そんな気持ちを込めて、伺い見る。
会釈で感謝を伝えつつも、驚きも伝わってほしい。
主様も、同じ気持ちのようだ。 ねずみと主さまは、同時に奥様のお顔を見上げた。
「おい、さすがにそれは―—」
「ちゅうううぅ―—」
奥様は、微笑むだけであった。
かなり、本気らしい。
ねずみが、ただのねずみでないことは、ご主人の座る机の上に、特別席が設けられていることからも分かる。
かつて、ねずみが姿を現したために、お茶会は台無しになった。お菓子を食べ損なったお嬢様たちと、もちろん奥様の怒りを買った。
奥方が放った弓矢の連射は、見事なるものだった。
長女のベーゼルお嬢様による、サーベルの連撃も、素晴らしかった。
次女のオーゼルちゃんも、遠心力を利用して、斧を振り回していた。
そして見守る、オーゼルちゃんとおそろいのドレスの、可愛いお人形様。
トドメに、机まで跳んできた。
今は、そろってお茶会に興じている。もちろん、長女様の恋人と言う名前の下僕もいる。
当時は、部屋のすみでおびえていた、チキンである。
「あのぉ~、さすがにそれは、ご冗談ですよね?」
恐る恐ると、屋敷で最も権威をお持ちの御仁、奥方へと口を開いた。
190センチあたりの背の高さは、肩幅もまた、ごっつい青年が、身を縮ませて座っていた。当然のように、ご長女のベーゼル様のお隣である。
同時に、お義父上さまの、ドまん前でもある。
恋人様とのひと時は、青年にとっては喜ばしいものだ。なのに、もっとも恐ろしいお相手である、恋人様のお父上がおいでだ。
何とも、微妙な席順であった。
「あら、だめなの?」
「えぇ~、だめなの?」
「だめなの?」
「………だめと、思うが………」
「いえ、無理でしょう………」
奥様に、長女様、そして真似っ子の次女様に続いて、まさかのお義父上さままでもが、ねずみのパーティー出席に、乗り気だ。
慎重な意見は、アーレックだけのようだ。
代表として、ご長女様が出席されることは、むしろ自然である。
だが………ねずみが出席となると、前代未聞だ。
いや、指輪を奪い、犯人のアジトへと案内するほど、頭のいいねずみさんである。パーティー会場へと向かい、パーティーの招待状を手渡しすることなど、簡単なはずだ。
アーレックまでが、悩みだした。
「商家のパーティーですから、大道芸の派遣?と言うことで………いいのか?」
少なくとも、みなさまへ挨拶をして、クッキーを仲良くいただく程度は出来るのだ。今の、目の前の光景こそ、答えなのだ。
そのため、巨大な腕を組んで、考え込むアーレック。
「ちゅうううう、ちゅぅうう………」
しっかりしろよ、アーレック―—
ねずみが、アーレックを応援する。
ねずみを置いてけぼりで、パーティー行きが決定されつつある。確かに、お世話になっているお屋敷のためなら、喜んでお役に立ちますと言う気持ちはある。
しかしながら、お屋敷の代表としてパーティーに出席するなど、ご冗談でしょうと、突っ込みたい。
もっとも、反論したところで、目の前のチキンと同じ憂き目にあうことは、確実だ。
「ちゅうううううう?」
どうすれば?――
ねずみは、腕を組んだ。何とかしなければ、このお屋敷の評判に関わるのだ。
そこでふと、疑問がわいた。
「ちゅぅうう………?」
それなりに古い商家からの、いきなりの招待状であった。冷静に考えると、違和感を覚えているのだ。
何か、裏があるのではないかと。
商家と耳にして、ガーネックの顔が浮かぶあたり、少し考えすぎだろうかと。
なお、パーティーには、ベーゼルお嬢様が出席することに決まった。
騎士のお屋敷の皆さんは、冷静に戻れたようだ。この決定に、ねずみは安堵のため息をつくのだった。




