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ガーネックさんの野望


 初夏の風が、豪勢な装飾の布を、揺らしていた。


 どこからどこを見ても、悪趣味に豪勢なる、成金様のお住まいだった。

 椅子や机、小物入れの全てに、丁寧な彫刻が施されていることは珍しくない。成金のゆえんは、全てに金細工が施されていることである。

 てかてかと、ぎらぎらと、部屋の主の心を表したような、お部屋であった。


 しかも、冗談だろうと、人が見れば目玉が飛び出る状況だ。

 小箱のふたが、開いているのだ。

 無意味に宝石がちりばめられた宝石箱というだけでも、驚きだ。小脇に抱えて持ち逃げできるサイズの宝石箱は、これ見よがしの金貨と宝石が山積みで、開け放たれていた。


 有り余る財宝のために、フタを閉めることはかなわない。そういった演出で、自らの富を自慢して、見せ付けているのだ。

 そんな部屋の主である小太りのおっさんは、机に座り、小刻みに震えていた。


「やっと………解放された」


 ガーネックさんは、小心者だった。

 すでに、警備兵本部からご帰宅から何時間も経過しているが、警備兵や騎士の方々の巣窟そうくつから呼び出された。質問されたというだけで、この有様。


 腰が低いのは、演技ではなかったのだ。


 立場の強い相手には、心底から恐れて、腰が低くなるのだ。本日は、警備兵の本部において、常に腰を低くして過ごしていた。


 運動不足がたたり、ちょっと腰痛だ。

 その原因を思い出し、ぶっ殺してやるという気持ちを込めて、憎憎しくつぶやいた。


「カーネナイの疫病神め………叔父おじだけでなく、おいまで役立たずとはな」


 おかげで大損であると、大変にご立腹だった。

 警備兵本部では、大変に腰の低かった金融屋さんは、本性をさらけ出していた。そして、酒瓶も、開け放たれていた。


 これが、飲まずにはいられるかと、これまた豪華な装飾のグラスを、ぐっと、あおった。


 まだ日も高い時間帯、さっそく顔は、赤ら顔だ。

 酒のためだけではない、怒りのためだ。


「ご主人様、今回の事件で、少しは懲りましたか。そう遠くない時期に、誰もがあなたの名前をささやく時代が来ますぞ」


 いつのまにか控えていた執事が、あきれながらも忠告した。


 いや、すでに叫ばれていると、確信があった。そそのかされた愚か者もいれば、追い詰められたバカまじめな青年に、付き合った忠臣者ちゅうしんものもいるだろう。


 カーネナイの先代の当主であるケチットに、今の当主のフレッドのことである。


 そして、カーネナイと言うより、フレッドに仕えた、正体不明の執事は、静かに復讐の計画をっているに違いない。

 さらに、一足先に牢獄へ押し込まれた、気のよい仮面強盗団の青年たちは………すっかり忘れて、新たな人生へ向けて、更生中に違いない。


 今回の事件だけで、この人数だ。他にも、どれほどの恨みの言葉があがっているか、知れたものではない。


 ガーネックさんは、気にしない。


「牢獄で名を呼ばれても、何にもならぬわ」

「………そうですな、牢獄ならば………」


 続く言葉を、執事さんは、ため息でかき消した。

 すでに、治安に携わる人物の間にも、ガーネックの名前が広がっているはずだ。悪事があれば、ガーネックがからんでいるかもしれない。あるいは、そうに違いないと考えても、おかしくない。


 それほど、今回は表に出すぎた。

 だが、執事が教えてやることはない。


 死に神です―—


 そのように自己紹介をされても納得だ。 ジャマするなら、殺しますよ。

 そんな発言を口にしても、誰も違和感を覚えないほどの、不気味な印象の執事さんだ。

 カーネナイの執事さんと最大の違いは、主従関係だ。

 それはもう、金で雇われています、金が切れれば分かってますね――と言う関係だ。


「王宮で我の名前を憎しみとともに叫ばれてこそ、力が証明されようものを………」


 怒りで冷静さが失われていたガーネックさんは、執事のつぶやきを、聞き漏らしていた。

 代わりに、勘違いをしたうぬぼれを吐いていた。


 自分で言っていて、恥ずかしくはないのだろうか。話を振った執事などは、聞くにえないという風に、片手で顔をおおっていた。

 ご主人様のガーネック殿は気にしない。うぬぼれている今は、心身が高揚こうようしている今は、大まじめであった。


「いいか、オレはここで終わる男ではない。平和な今だからこそ、オレのような男が力を伸ばせるというものだ」


 グラスをらしながら、いやらしくほほえむ。

ぐっとあおると、一気にまくしたてた。


「名家とうたわれたカーネナイも、あのざまだ。金だ、金だ、今の世を支配するのは、金だ。商業組合も、貴族どもも、領主ですら、金がなければ何も出来ぬ」


 そのまま両手を天に伸ばして、とっても自分に酔っておいでだ。

 机の上では酒瓶が空けられ、豪勢なグラスの中身も、空っぽだ。

 それでも、頭はさえている。酒に酔い、自分に酔いながらも、頭の中では様々に計算がされていた。


 執事さんは、水をさす。


「カーネナイに貸し付けた金額は、返ってきそうにありませんな」


  執事さんは、感情を灯さない瞳で、指摘する。


「証拠品として、証文も抑えられている今、抵当に入っているあの屋敷も手に出来ません。あの屋敷で、何かを狙っていたようですが………もう少し、分をわきまえたほうがよろしいかと」


  あの場に、この執事がいたのならば、事態は全く違う展開になっていただろう。巨体とはいえ、チキンが圧倒的に、不利である。

 場合によっては、ねずみが恐れた事態となり、悪事はさらに、深まったはず。カーネナイの名前は地に落ちたが、血に汚れなかった意味では、これは幸運だった。


 まぁ、四六時中、そばにいるわけもない。

 他に、仕事を任されていたかもしれない。主であるガーネックさんは、グラスに、新たな酒を注いでから、たずねた。


「それで、貴様のほうは、首尾よく出来たのだろうな?」


 まだ夜にもなっていない時間から、飲みすぎだ。

 八つ当たり気味の確認の言葉に、もちろん、死に神です―—と言う執事さんは、顔色一つ変えずに答える。


「招待状………と言う形の脅迫きょうはくは、しかと―—」

「当然だ、ただの商家なら、貴様でも事足りる………」


 この執事さんは、やはり、カーネナイの執事さんのように、他人のお屋敷へ忍び込むことは、造作もないようだ。


 ただし、脅しという、凶悪な役割をする点は、大きく異なる。

 一体、何が起ころうとしているのか。酒に酔い、己に酔っている、ガーネックさんのみが、知っている。


 赤ら顔で未来を見つめていた。



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