魔法実験と、アニマル軍団
クマは、森の王者である。
この王国の金貨のデザインにも使われている。その巨体だけで、他者を圧倒できる。 森で出会えば、命がない。大柄の男を、片手で引き裂くと言う。
そして銀貨のデザインは、狼だ。
森の王者すら、集団で立ち向かえば倒してしまう、森の勇者とされる。
この王国の金貨と銀貨のデザインとして選ばれるには、理由がある。その、森の王者と勇者様がそろって、お昼寝をしていた。
「くまぁ~」
「くぅ~ん」
「よしよぉ~し」
赤毛のロングヘア―の女の子、フレーデルちゃんも、ご一緒だ。
レーゲルお姉さんの怒りは、ひとまず収まったらしい。今は、余計な事をするなと言うお姉さんの命令の下、おとなしくしているのだった。
むしろ、こちらの獣様たちとの日々が、似合っている。能力としても、無邪気すぎる人格としても。
「そんじゃ、改めて………いくぜっ」
気を取り直した一同は、改めて魔方陣を展開した。
まずはオレだといわんばかりに、最年長のオットルお兄さんが、魔方陣にこぶしをたたきつけるような仕草で、集中する。
ワクワクが、止まらないぜ――そんな、どこかの腕白小僧が、そのままでっかくなったようなお兄さんだ。
「なに、かっこうをつけてるのよっ、リーダーは私なんだからね」
腕を組みながら、クールに決めたレーゲルお姉さん。
それでも、初めて試す魔法への好奇心が止まらないと、クールになりきれない笑みが伝えてくる。
うっすらと頬が赤らんでいるのは、なにが起こるかわからない不安と、なにが起こるのだろうという好奇心からだ。
「まぁ、まぁ、いいではありませんか。誰が最初でも」
本当に冷静なのは、メガネをくいっとあげた、ホーネックくんくらいなものだ。本以外の情熱は、この程度らしい。
普段、歩くことは少ないのだろう。疲れが足に来て、まだ立ち上がることが出来ない、四つんばいでの、メガネくいっ――であった。
「じゃあ、わったしもぉ~」
おとなしくしているように命じられたはずだが、フレーデルちゃんは、やっぱり参加していた。地面に足を自由に伸ばし、動物さんたちをはべらせた、なんとも優雅な姿であった。
四人の魔力が、周囲に満ちる。人の目には、すこし、まわりが明るくなった気がするという程度の作用。
本人達の主観では、まぶしく輝いていた。
その輝きが収まる頃に、魔法は完了している。今回の術は、動物に意識を移して、操るというものだ。最強の力を持つフレーデルちゃんは、森の王者であるクマさんだろう。誰もがそう思っていたが――
「………グまぁ………」
オットルお兄さんは、自らの両手を見つめる。
そう、自らの両手のはずである。
なのに、巨大なナイフのような大きなつめと、真っ黒な肉球の、毛深いたくましい手のひらを見つめていた。恐る恐ると、曲げ伸ばし。目の前ではフレーデルちゃんがその光景を、不思議そうに見守っていた。
森の王者のクマさんが、準備体操をしていたのだから、当然だ。
どうやら、オットルお兄さんが、クマさんになったようだ。
では、残りのメンバーはどうなったのだろう。オットルさんのクマさんの隣では、凛としたまなざしで、狼がたたずんでいた。
静かにお座りをしているだけであるのに、どこか貫禄がある。スタスタとフレーデルに近づくと、赤毛の暴走娘の頭に、手を置いた。
お手をする仕草で、座ったままのフレーデルの頭に、手を置いていた。誰が上位者か、よくわかるポーズである。
狼の精神を支配しているのは、レーゲルお姉さんらしい。背後の魔方陣の中では、目を閉じたまま、満足そうな笑みを浮かべていた。
獣になった己が、魔法陣に守られている己を見る。そんな光景だ。
オットルお兄さんのクマさんもまた、己の姿を己が見るという、奇妙な感覚を覚えていた。
案の定と言うか、精神が未熟すぎるフレーデルちゃんは、失敗したようだ。
まぁ、獣達を手なずけている時点で、必要のない力なのだろう。野性の本能のまま、獣達とお友達のフレーデルに、そのお友達の精神を支配する力は、似合わない。
では、頭脳明晰を自認する本の虫は、ホーネックどうなったのか。
「くぅ~ん………」
なぜ、ここに野良犬がいるのか。
いいや、森の入り口といっても、野犬は、野生にたくさんいるのだ。
真っ先に、旅人のお弁当を狙ってくる、困ったやつらである。彼ら魔法使いの卵たちのお弁当は、大丈夫だろうか。早速荷物をあさっていた。ホーネックの背負っていた、ぼろの荷物袋が危険だ。
どうやら、目当てのものを探り当てたようだ。野良犬は、四角い何かを、口にして顔を出す。
うれしそうに尻尾を振る駄犬だが、加えているのは、お弁当ではなかった。
「あはは、このワンちゃん、ホーネックみたい」
駄犬は、本とじゃれあっていた。
とても楽しそうだ。フレーデル以外の全員は、こうして無事、動物に意識を移す魔法実験に、成功していた。
自分であって、自分ではない。言葉通りの動物と言う体験は、めったに出来ない。
この奇妙な体験を満足させれば、元に戻ればいい。この成功を基本として、眠ったままのネズリーに、どのような処置をすればよいか、考える大仕事が待っている。
さて、戻ろう。
クマさんになったオットルお兄さんがそう思いながら、この姿に早速、名残惜しさを覚えていると、目を見開く。
「ぐま?」
オットルなクマさんは、両手を見つめていた。
あれ、おかしいと。
この魔法は、獣に自らの精神を移し、乗り移った獣を意のままに操ることが出来る魔法である。意のままと言うことは、本人の意思によって、いつでもご本人に意識を戻すことが出来るということである。
実験は、終わったのだ。
試してみるだけだったので、もう十分と思っていたのだ。
「あれ、どうしたの?みんな………もうそろそろ――」
フレーデルちゃんは、不思議そうにクマさんのオットルを見つめる。クマとなったオットルお兄さんも、フレーデルを見つめる。
オットルなクマさんは、焦りながら隣のレーゲルの狼さんと、本の駄犬のホーネックを見つめる。
お前たちは、どうなのかと。
駄犬は本にじゃれ付くのに忙しく、それどころではないらしい。
では、みんなのリーダーの狼様は、どうであろう。フレーデルをじっと見つめたまま、動かなくなっていた。
イタズラ娘が何かをしないか、ハラハラしているのだろうか。
いや、違う。
一点を、見つめていた。
フレーデルちゃんの可愛らしいお尻から、何かが生えていたのだ。
ドラゴンのような尻尾が、ゆらゆらと、パタパタと、フレーデルちゃんのお尻から生えていた。
「ん?どうしたの、レーゲル姉?」
可愛らしく、小首を傾けるフレーデルちゃん。
赤毛の髪の毛と同じ色あいのドラゴンの尻尾も、はてなマークを作るように、しゅるんと動く。
フレーデルの感情を、素直に表しているようだ。気のせいではなく、本当に、ドラゴンの尻尾が、そこにはあった。
狼さんは、叫んだ。
「わぉぉおおおおんっ――」
どういうことだ。
レーゲルお姉さんの狼さんは、魂の叫びをあげたのだった。
初夏のお昼を少し回った時間帯、町から少し離れた森には、苦悩する狼の鳴き声に呼応して、様々な獣の鳴き声が、響き渡った。
「ぐまぁあああっ」
クマさんのオットルお兄さんも、気付いたようだ。意識を移す魔法に失敗して、何でドラゴンの尻尾が生えるのだと。
当のフレーデルちゃんは、わけが分からないが、雄たけびを上げた。
「わぁあああいっ?」
ドラゴンの尻尾を、元気いっぱいに振りながら。みんなが笑うから、笑っているのだという、お子様の喜びを、表していた。
自らのお尻から、ドラゴンの尻尾が生えていると気付くのは、ずっと後のことであった。