表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/205

魔法実験と、アニマル軍団


 クマは、森の王者である。

 この王国の金貨のデザインにも使われている。その巨体だけで、他者を圧倒できる。 森で出会えば、命がない。大柄の男を、片手で引き裂くと言う。


 そして銀貨のデザインは、狼だ。

 森の王者すら、集団で立ち向かえば倒してしまう、森の勇者とされる。

 この王国の金貨と銀貨のデザインとして選ばれるには、理由がある。その、森の王者と勇者様がそろって、お昼寝をしていた。


「くまぁ~」

「くぅ~ん」

「よしよぉ~し」


 赤毛のロングヘア―の女の子、フレーデルちゃんも、ご一緒だ。

 レーゲルお姉さんの怒りは、ひとまず収まったらしい。今は、余計な事をするなと言うお姉さんの命令の下、おとなしくしているのだった。


 むしろ、こちらの獣様たちとの日々が、似合っている。能力としても、無邪気すぎる人格としても。


「そんじゃ、改めて………いくぜっ」


 気を取り直した一同は、改めて魔方陣を展開した。

 まずはオレだといわんばかりに、最年長のオットルお兄さんが、魔方陣にこぶしをたたきつけるような仕草で、集中する。


 ワクワクが、止まらないぜ――そんな、どこかの腕白わんぱく小僧が、そのままでっかくなったようなお兄さんだ。


「なに、かっこうをつけてるのよっ、リーダーは私なんだからね」


 腕を組みながら、クールに決めたレーゲルお姉さん。

 それでも、初めて試す魔法への好奇心が止まらないと、クールになりきれない笑みが伝えてくる。

 うっすらと頬が赤らんでいるのは、なにが起こるかわからない不安と、なにが起こるのだろうという好奇心からだ。


「まぁ、まぁ、いいではありませんか。誰が最初でも」


 本当に冷静なのは、メガネをくいっとあげた、ホーネックくんくらいなものだ。本以外の情熱は、この程度らしい。

 普段、歩くことは少ないのだろう。疲れが足に来て、まだ立ち上がることが出来ない、四つんばいでの、メガネくいっ――であった。


「じゃあ、わったしもぉ~」


 おとなしくしているように命じられたはずだが、フレーデルちゃんは、やっぱり参加していた。地面に足を自由に伸ばし、動物さんたちをはべらせた、なんとも優雅な姿であった。


 四人の魔力が、周囲に満ちる。人の目には、すこし、まわりが明るくなった気がするという程度の作用。


 本人達の主観では、まぶしく輝いていた。


 その輝きが収まる頃に、魔法は完了している。今回の術は、動物に意識を移して、操るというものだ。最強の力を持つフレーデルちゃんは、森の王者であるクマさんだろう。誰もがそう思っていたが――


「………グまぁ………」


 オットルお兄さんは、自らの両手を見つめる。


 そう、自らの両手のはずである。

 なのに、巨大なナイフのような大きなつめと、真っ黒な肉球の、毛深いたくましい手のひらを見つめていた。恐る恐ると、曲げ伸ばし。目の前ではフレーデルちゃんがその光景を、不思議そうに見守っていた。


 森の王者のクマさんが、準備体操をしていたのだから、当然だ。

 どうやら、オットルお兄さんが、クマさんになったようだ。


 では、残りのメンバーはどうなったのだろう。オットルさんのクマさんの隣では、りんとしたまなざしで、狼がたたずんでいた。


 静かにお座りをしているだけであるのに、どこか貫禄がある。スタスタとフレーデルに近づくと、赤毛の暴走娘の頭に、手を置いた。


 お手をする仕草で、座ったままのフレーデルの頭に、手を置いていた。誰が上位者か、よくわかるポーズである。

 狼の精神を支配しているのは、レーゲルお姉さんらしい。背後の魔方陣の中では、目を閉じたまま、満足そうな笑みを浮かべていた。


 獣になった己が、魔法陣に守られている己を見る。そんな光景だ。

 オットルお兄さんのクマさんもまた、己の姿を己が見るという、奇妙な感覚を覚えていた。


 案の定と言うか、精神が未熟すぎるフレーデルちゃんは、失敗したようだ。

 まぁ、獣達を手なずけている時点で、必要のない力なのだろう。野性の本能のまま、獣達とお友達のフレーデルに、そのお友達の精神を支配する力は、似合わない。


 では、頭脳明晰ずのうめいせきを自認する本の虫は、ホーネックどうなったのか。


「くぅ~ん………」


 なぜ、ここに野良犬がいるのか。


 いいや、森の入り口といっても、野犬は、野生にたくさんいるのだ。

 真っ先に、旅人のお弁当を狙ってくる、困ったやつらである。彼ら魔法使いの卵たちのお弁当は、大丈夫だろうか。早速荷物をあさっていた。ホーネックの背負っていた、ぼろの荷物袋が危険だ。


 どうやら、目当てのものを探り当てたようだ。野良犬は、四角い何かを、口にして顔を出す。

 うれしそうに尻尾をる駄犬だが、加えているのは、お弁当ではなかった。


「あはは、このワンちゃん、ホーネックみたい」


 駄犬は、本とじゃれあっていた。


 とても楽しそうだ。フレーデル以外の全員は、こうして無事、動物に意識を移す魔法実験に、成功していた。


 自分であって、自分ではない。言葉通りの動物と言う体験は、めったに出来ない。

 この奇妙な体験を満足させれば、元に戻ればいい。この成功を基本として、眠ったままのネズリーに、どのような処置をすればよいか、考える大仕事が待っている。


 さて、戻ろう。


 クマさんになったオットルお兄さんがそう思いながら、この姿に早速、名残惜しさを覚えていると、目を見開く。


「ぐま?」


 オットルなクマさんは、両手を見つめていた。

 あれ、おかしいと。


 この魔法は、獣に自らの精神を移し、乗り移った獣を意のままに操ることが出来る魔法である。意のままと言うことは、本人の意思によって、いつでもご本人に意識を戻すことが出来るということである。


 実験は、終わったのだ。

 試してみるだけだったので、もう十分と思っていたのだ。


「あれ、どうしたの?みんな………もうそろそろ――」


 フレーデルちゃんは、不思議そうにクマさんのオットルを見つめる。クマとなったオットルお兄さんも、フレーデルを見つめる。


 オットルなクマさんは、焦りながら隣のレーゲルの狼さんと、本の駄犬のホーネックを見つめる。

 

 お前たちは、どうなのかと。


 駄犬は本にじゃれ付くのに忙しく、それどころではないらしい。

 では、みんなのリーダーの狼様は、どうであろう。フレーデルをじっと見つめたまま、動かなくなっていた。

 イタズラ娘が何かをしないか、ハラハラしているのだろうか。


 いや、違う。


 一点を、見つめていた。

 フレーデルちゃんの可愛らしいお尻から、何かが生えていたのだ。

 ドラゴンのような尻尾が、ゆらゆらと、パタパタと、フレーデルちゃんのお尻から生えていた。


「ん?どうしたの、レーゲル姉?」


 可愛らしく、小首を傾けるフレーデルちゃん。

 赤毛の髪の毛と同じ色あいのドラゴンの尻尾も、はてなマークを作るように、しゅるんと動く。


 フレーデルの感情を、素直に表しているようだ。気のせいではなく、本当に、ドラゴンの尻尾が、そこにはあった。


 狼さんは、叫んだ。


「わぉぉおおおおんっ――」


 どういうことだ。

 レーゲルお姉さんの狼さんは、魂の叫びをあげたのだった。

 初夏のお昼を少し回った時間帯、町から少し離れた森には、苦悩する狼の鳴き声に呼応して、様々な獣の鳴き声が、響き渡った。


「ぐまぁあああっ」


 クマさんのオットルお兄さんも、気付いたようだ。意識を移す魔法に失敗して、何でドラゴンの尻尾が生えるのだと。

 当のフレーデルちゃんは、わけが分からないが、雄たけびを上げた。


「わぁあああいっ?」


 ドラゴンの尻尾を、元気いっぱいに振りながら。みんなが笑うから、笑っているのだという、お子様の喜びを、表していた。

 自らのお尻から、ドラゴンの尻尾が生えていると気付くのは、ずっと後のことであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ