夕食後の、語らい
リーリン、リーリンと、虫の声がする。
夕食も終わり、もう、夜だ。
ネズリーのねずみは、大きな手がかりを得たという満足感と共に、謎が深まった不気味さを抱いて、お屋敷に戻っていた。
ギロチン下の皿の上には、なんとも贅沢なことに、魚の尾頭付きが用意されていた。
ほとんどが骨であるが、身がたっぷりと残っている。ねずみがほおばるには、十分だ。
ご丁寧に、レモンの皮までが、セットである。魚料理で付いてしまう匂いを、このすがすがしい香りの皮で落とすのだ。
ねずみは、もちろんレモンの皮で手を、口を拭いてから、ベッドルームに入った。
本日の罠は、少し念が入っていたが、問題ない。トリガーが複数用意されていても、もちろん、全てを見破ったねずみには問題がない。
優雅な気持ちで寝室である、屋敷の主の書斎の天井裏に戻って、横たわる。すると、気配を感じた。本日はまだ、主は書斎にいて、お仕事なのだろうか。
気になったねずみが気配を探ると、どこかに向けて、語りかけていた。
「事件は、いつかは解決する。そう信じていないと、耐えられない」
確かにと、ねずみはうなずいた。
ねずみに身をやつしたとはいえ、悪事を知ったのなら、何とかしたいと思う。それが人である、そう思って、ネズリーねずみは本日も奔走したばかりだ。
しかし、歯がゆいものだ。
黒幕の拠点を知っていても、何も出来ないのだから。
そしてそれは、この屋敷の主も、同じ気持ちのようだ。ねずみの活躍によって、証拠の品が、カーネナイの紋章つきの指輪が、当局に提供された。
仮面をかぶった犯人一味が必死に追い求め、しかも、ボスのものだという証言まである。それでありながら、黒幕と言う確証にいたっていないのだ。
地位がある人物への疑いは、とても気を使うのだ。
ほぼ確定だと思っても、もしかしたらと言う疑念がある限り、動けない。
うまくいかないことへ、苛立ちと歯がゆさを抱いていた主に、気遣いの言葉がかけられた。
鳴き声だった。
「ちゅ~………」
主はぎょっとして、振り向いた。
窓辺に一匹のねずみが後ろ足で立ち上がり、気遣わしげに、こちらを見つめていた。お嬢様方であれば、ペーパーナイフを振り回していただろう。あるいは、机を持ち上げていたかもしれない。
しかしながら、館の主は銀貨を一枚取り出し、月にかざしながら、訊ねた。
「君は、どう思うかね」
ねずみに向かって、今回のニセガネ事件をどう思うのか、訊ねたのだ。
お疲れなのかと、この様子を見たご家族は、心配するかもしれない。その心配はない、お屋敷の主には、予感があった。
ただの、ねずみではないと。
この世界には、魔法と言う、不思議な力が存在する。屋敷の主は、普通とは異なる様々に対して、寛容なつもりだった。
ねずみは、沈黙でこたえた。
反射的に返事をするなら、即座に鳴き声を上げたはずである。しかし、ねずみは腕を組んで、考え込んでいたのだ。
ただの沈黙ではない、腕を組んで、考える仕草をしたのだ。
予感は、正しかった。屋敷の主が、そう思うには十分な反応だった。
お屋敷の主は、現実から少しずれた光景を、しばし見つめる。
ねずみは、口を開く。
「ちゅ~っ」
――今度こそ、犯人を捕まえてやります。
ねずみはそう言って、立ち去った。
「うむ、頼んだぞ………」
主は、お疲れのようだ。トタタタタ――と、ねずみが天井へと駆け上がる姿が、頼もしく見えていた。
その信頼が正しいと、近々知ることになるだろう。すでにねずみは、カーネナイのお屋敷が、ニセガネ作りの拠点であるところまで突き止めたのだ。ねずみが人であれば報告をして、部隊を派遣して終わりである。
まだ、その段階までは、進んでいない。人に、報告をする能力を、持ち合わせていないことが、理由である。
しかし、ねずみでなければ勝手に人様の屋敷に侵入することは許されない。
では、どうするか。
『支払いは、明日』
『あの男』
カーネナイのお屋敷の執事は、確かに支払いは明日だと言っていた。あの男も来ると、言っていた。
『あの男』とやらが気にかかるが、少なくともカーネナイの当主であり、今回のニセガネと銀行強盗の首謀者であるフレッドは屋敷にいるはず。
証拠が確定なら、きっと………
全ては、明日のことだ。
たまには洗濯したほうがいいかなと思いつつ、シーツに身をくるんで、ねずみは眠りに落ちていった。