オットルお兄さんと、騎士様のお屋敷
昼食が終わり、午後の仕事が始まろうとする時間帯。青年オットルもまた、ひと仕事をしようと、とあるお宅にお邪魔していた。
修行の身であるが、簡単なお仕事は、こなす力はある。町で見かける魔法使いとは、彼らのような下っ端の方々だ。
その仕事の一つが、まじないの維持管理だった。
本日は、騎士様のお屋敷で、まじないが切れているのではと、確認の依頼があったのだ。
立派な門構えに立つと、オットルは呼び鈴を鳴らす。
「ねずみよけのまじないがおかしい………そう聞いてきたんっすけど――」
すぐに、おじさんが現れた。この手のお屋敷にいる、番兵さんだった。
身分の証には、ローブのほかに、証明書もあった。修行中でありながら、仕事が出来ると、魔法組合が認定した組員に送られる品である。
「あぁ、午後から来るって言ってた組合の………ちゃんと聞いてるよ、入りな」
番兵までいるとは、自分の世界とずいぶんと違うものだと、きょろきょろと見つめてしまう十九歳のオットルお兄さん。
石造りの立派な門構えは鉄製の柵で守られ、中に入れば、まっすぐと石畳が続く。
正面玄関の平屋根の下は、涼しそうな木陰が出来ている。出来れば、そこでお話をうかがいたい、初夏の昼下がり。案内をしてくれる番兵さんは、そのまま木陰を通り過ぎると、内庭に向かった。
ちらりと、横目に白亜のテラスが見えた。
優雅にお茶会でも出来そうだ。部屋の窓はカーテンに仕切られている。他人の窓をのぞくのは失礼だと、おじさんの背中を捜すと、不思議そうに、こちらを見つめていた。
「魔法使いさんだと、こういったお宅は見慣れてるんじゃないのかい?」
年配の番兵さんは、おかしそうに訊ねる。この道一筋といったおじさんだ。そのため、魔法使いのことも、それなりに知っているようだ。お屋敷に興味津々の子供のようなオットルの仕草が、おかしいらしい。
魔法の使い手は、数が少ない。そのために、貴族様や騎士様のように、選ばれた人々と言う分類なのだ。
実際に、そういった方々との付き合いの割合は、とても高い。貴族のお宅に招かれ、助言を、旅の共をと願われることもあるのだ。
確かにそうなのだが、下っ端の下っ端には、縁のないこと。オットルお兄さんは、愛想笑いでごまかした。
「あぁ、奥様だ」
上品に笑みを浮かべる女性と、隣には庭師だろう若者もいた。
オットルは改めて身分を明かし、そして、説明を受けた。
まずは、噴水近くの排水溝を、のぞいた。
「っかしいなぁ~………お屋敷のまじない、ちゃんとしてますよ」
噴水付きのお庭など、普段は縁がないオットルお兄さんだが、魔法のこととなれば専門家である。普段の口調になりかけ、やや言葉をただした。
起き上がりながら、続ける。
「ねずみが入ったのなら、仕組みを知って――」
いいながら、まさかと考え込む。
偶然、ねずみがまじないの隙間からお屋敷にもぐりこむ。
ありえる話だ。
だが、それはまじないが古くなった場合で、まじないを新しくする時期が来たという合図だ。
香水であれ、刻み込んだ文字であれ、劣化し、風化し、効果は薄れるのだ。魔法もまた、同じことだが、そうではなかった。
確信がないために、オットルの言葉は途切れたままだ。奥様と番兵さんと、庭師のお兄さんが不思議そうに言葉の続きを待つ。
オットルは、今は結論だけ語ろうと、気持ちを切り替えた。
「とにかく、効果が切れているわけではないようです。侵入者の件は気がかりですけど、出入りしただけで、壊れるはずもありませんし………」
分かっているだろうが、オットルは一応、確認をした。
下水の清掃などで、排水溝を開閉することもある。だが、その程度では、壊れないつくりになっている。それが、魔法の品なのだ。
それは、お屋敷の皆さんも知っているはずである。
強盗が入り込んだという。確かに気になる話でありながら、石を動かした、そのためにまじないの効果が切れるというものではない。
まじないを施した石は、魔法の力、仕組みを知らなければ動かせないのだ。強盗が魔法の力を持っていた可能性もあるが、ねずみよけのまじないを壊す意味がない。
しかも、壊したのではなく、戻している。
では、どういうことか。
「とりあえず、他のまじないも見て見ましょう」
下水と鉄格子で仕切られている場所は、噴水わきだけではない。今は言われたことだけをしようと、疑問はそっと胸にしまうことに決めたオットルお兄さんだった。