騒ぎが終って、そして
太陽が、草原を照らしている。
ねずみのような小さな生き物などは、干からびてしまうだろう。夜に活動する生き物が多い理由ではないかと、ねずみなどは思う。それでも移動しなければならないときは下水という地下迷宮に、あるいはお嬢様のポシェットや帽子の陰に隠れるという、夏の日々だった。
ねずみは、太陽を見上げた。
「ちゅぅ~」
戦いは、終わった。
今は、赤いうろこの上で、日向ぼっこをしていた。ワニと異なるようで、同じようなドラゴンの巨体に背中を預け、のんきに日向ぼっこをしていた。
雛鳥ドラゴンちゃんは、ご機嫌だった。
“勝ったぁ~”
尻尾をパタパタと、勝利の余韻をかみ締めていた。
肉声とは異なる、魔法を使った独特の声でも、無邪気なお子様の声は変わらない。甘噛みで、ガジガジと犠牲者達をかんでいた。
捕食ではなく、子猫がトカゲを見つけた末路である。お姉さんの許可を得て、遊んだわけだ。
じゃれ付かれたトカゲたちは、無抵抗だった
「ど、ドラゴンめ………」
「やはり、拳で――」
「ねずみ、どこかな――」
頭から尻尾までが7メートルと言うドラゴンちゃんである。片手で3人を組み伏せて、ドラゴンちゃんは寝転がっていた。
もちろん、体重をかけていない、前足で押さえつけているだけだ。上半身の体重をかけるだけでも、か弱い人間には致命傷だろう。それでも、大木に押さえつけられているに等しい圧力があるに違いない。3人組は、身動きが取れずにいた。
「ちゅう、ちゅうう~」
ふっ、口ほどにもない――
ねずみは、ふっと笑みを浮かべて、勝利の余韻を味わっていた。巨体のウロコはひんやりと、ほのかなぬくもりもあって、そして、太陽の日差しはむしろ、暖かく心地よい。
宝石さんも、満足そうだ。ふわふわと、ねずみの周囲を遊んでいた。
3人組との戦いは、勝利に終わったのだ。
ねずみ VS 3人組
数でも、サイズでも不利で、さらに、3人組は武器を手にしていた。
そんな中、ねずみは身をかわし、生き延びてきたわけだ。
そこへ、ドラゴンモードの雛鳥ドラゴンちゃんが突撃をかましてきた。とっさに飛んだ反射神経は、ねずみが一番だ。幸いにウロコにしがみついて、宝石さんの力もあって安全地帯に隠れたねずみだった。
3人組は、ねずみに集中していたのだろう、反応が遅れた。
雛鳥ドラゴンちゃんの腕が、ツバサが、尻尾が、襲撃者達を襲った。
ぱく――っと、噛み付いてもよい。剣は砕け、やりは折れ、ナイフははじかれて、一人、また一人とオモチャがお子様の手におちていく。
そして、満足そうに甘噛みで、勝利の余韻をかみ締めていたのだ。
満足なる時間は、そこまでだった。
「………ちゅう?」
ねずみが、まずは気付いた。
雛鳥ドラゴンちゃんの巨体を背中に、青空をぼんやりと眺めていると、恐怖の陰が、現れた。
杖を突く音も、聞こえてきた。
ミイラ様の、登場だ。
「おぉ~、おぉ~………みんな、たのしそうだなぁ?」
かつん、かつん――と空中に杖を突いて、長いローブを引きずって、大妖怪様の登場である。
丸太小屋メンバーも、恐怖した。
「お、お師匠様?」
「わわわわわ、ワン」
「くまぁ~、くまくま、くまぁ~」
突然のお越しはいつものことで、そして、おびえるのもいつものことだった。
雛鳥ドラゴンちゃんは、うずくまった。
“な、何にもしてないよ、知らないよ?”
悪ガキの、お決まりのセリフであった。
見に覚えがなくとも、とりあえず災いから身を守るために、思いつくセリフなのだろう。イタズラの証拠が足元にあったとしても、口にしてしまうのだ。
本日は、襲撃者の三人と言う獲物を、腕の下に隠していた。
無駄であろうに、尻尾を丸めて、縮こまっていた。前足に捕らえられた3人組の安否が、ちょっと心配だ。
「ど、ドラゴンめ………次こそは――」
「や、やはり武器などに頼るべきでは――」
「お、おもい――」
どうやら、無事のようだ。
無事でないのは、武器であった。
雛鳥ドラゴンちゃんが、遠慮なく突撃をかましたのだ。とっさに武器を構えても、よけようとしても、ツバサが、尻尾が、そして、大きな腕に、かわいらしいお口が、逃がさない。
おもちゃを見つけた、子犬なのだ。
噛み付き、捕まえ、押しつぶす。
宝石で強化された程度では、ちょっと丈夫な小枝に過ぎない。丸っこい後ろ足の下には、ぽっきりと折られた槍の穂先が、悲しく輝く。
剣もナイフも、同じく足の下で粉砕されているだろう。幼くとも、さすがはドラゴンというフレーデルちゃんなのだ。
ミイラ様は、そっと、近づいた。
「どれどれ――」
手を、伸ばした。
枯れ枝のようである。骨に、薄く皮がへばりついているような、なにかを強く握るだけで、折れてしまいそうなか細さだ。
実際には鋼鉄よりも頑丈であり、素手で岩を砕くことの出来るバケモノでいらっしゃる。
す――と、折れた槍が握られた。
魔法の力で、見えない力で、手繰り寄せたわけだ。
「あぁ~あ………宝物殿の一品が、まぁ、みごとになぁ~」
シワシワな目を細めて、楽しんでいた。
誰が後始末をするのか、大変さを思い浮かべて、笑みを浮かべていた。後始末をする人物は、ミイラ様でないことは、確からしい。ちらりと、おびえている雛鳥ドラゴンちゃんを見つめた。
振動が、起こった。
“し、知らない、知らないよ?”
身をよじったことで、哀れにつかまった3人組はうめき声を上げた。
楽しく遊んでいると、おもちゃが壊れたという現状であった。死者が出ていないのは、ほめるべきかもしれない。ちゃんと加減をしたという意味で、途中参加にも、なにか意味があるのだろう。許可をしたベランナ姉さんは、楽しそうに見ているだけだった。
一方のミイラ様は、微笑んだ。
「フレーデルや、ちょっと、足をあげろや」
シワシワなお顔である、どこに目があるか分かりにくいが、微笑んだ。
幼いドラゴンちゃんは、おびえていた。
最強の存在であるが、怖いものは怖いらしい。ミイラ様には逆らえぬと、観念して、足を上げた。
恐る恐ると、前足を上げた。
往生際の悪いことだ、後ろ足は、壊れた武器を踏みつけている。話の流れから、壊れた武器を見せろということだろうに、ごまかすつもりのようだ。
それが、新たなる喜劇を生み出した。
体重の移動があったようで、ぺき――という金属音が、静かなる草原に響いた。
「ちゅううううぅううう」
おそろしや、おそろしや――
ねずみはウロコの陰で、小さくなっていた。
宝石さんも、ねずみの影に入ろうと、必死だった。
本能だった。
ミイラ様は、楽しそうに笑っていた。
「まぁ、また作ればええ、こいつらに手伝わせても面白そうだなぁ」
そのセリフは、希望だった。
おびえていた雛鳥ドラゴンちゃんは、おそるおそると、顔を上げた。どのような災いが訪れるのかと、震える子犬の状態だった。
口を閉じたままだが、希望を見出していた。
それが、油断だった。
「今だっ」
「っ――」
「たすかった~」
3人組が、脱走した。
丸太に匹敵する前足に、逃げる隙間が生まれたのだ。見逃す襲撃者3人組ではない、武器が壊れたといっても、人間離れをした動きをする皆様だ。
本来は、拳だけで岩を砕く皆様だ。
距離をとって、雛鳥ドラゴンちゃんを見つめた。
「今回は負けを認めよう」
「だが、次こそは」
「そういうことで――」
そして、走り去った。
一瞬の隙を付いた、逃走だった。
獲物に逃げられたドラゴンちゃんは、あぁ~――と、残念そうに、犯人に逃げられたミイラ様は、笑って見守るだけだった。
「仲間も連れてこいや………なぁ」
シワシワを、くしゃくしゃにして笑っておいでだ。
雛鳥ドラゴンちゃんのウロコに隠れていたねずみは、その姿を見つめていた。とても楽しそうに笑う姿に、おびえていた。
「ちゅぅうううう~、ちゅぅ~………」
悪いことが起こると、おびえていた。