ヤツラとの、遭遇
太陽が、草原を青々と輝かせている。
森の木々は緑にまぶしく、唐突に開けた草原にも、容赦なく夏の日差しが照りつける。それでも、どこか心地よいあたたかさを感じるのは、せせらぎのためか、あるいは森を吹きぬける涼しい風のおかげか………
ねずみは、鳴いた。
「ちゅっ、ちゅ~ぅ――」
ほほを膨らませて、おいしさに満足しているようだ。
頭上の宝石の人も、満足げにぴか、ぴか――と、ゆっくりと輝いていた。
ねずみは、クッキーをかじっていた。
サクサクサクサク――
リスではないが、まるで、リスのようにサクサクと、仲間のクマさんの作ったクッキーをかじっていた。
大きさは、手のひらに隠れるほど小さなねずみの両手で抱えるほどだ。
そっと、手を休めた。
「ちゅぅ~………」
ごくりと飲み込んで、そっと顔を上げた。
丸太を利用したイスに、テーブルがにぎやかに、大きなお皿にはクッキーが山盛りに、草原の一角ではお茶会が開かれていた。
ねずみの周りでは、お子様達が騒いでいる。
遊んで、おなかがすいていたのだろう、焼きたてのクッキーに群がっていた。まるで、リスのように口いっぱいに詰め込んで、かわいらしい。
仲良く、騒いでいた。
「ねぇ、ねぇ、なんだろ~」
「メイドさん達と、ちょっと似てる?」
「サーカスかしら………犬さん、知ってる?」
「………わからんワン」
駄犬も、ご一緒していた。
お昼も過ぎ去り、お子様達が集まり、遊んで………そして、クマさんが木の実のクッキーを焼いたという、穏やかなるオヤツ時だった
子供達はクッキーに夢中だが、サーカスを見に来たお子様のようでもある。
焼きたてのクッキーと言うだけで、食べ盛りのお子様には大騒ぎ乗り湯には十分であろう。
しかし、それだけではないのだ。
「………ちゅぅ~………ちゅうう――」
ねずみは、草原の中央を見つめていた
お客様が、現れたのだ。
「ついに見つけたぞ、ドラゴンめ――」
「噂どおりにいたな、ドラゴンめ――」
「レーバス、ゴッグ、久しぶり~――」
唐突だった。
オヤツの時間になった、そんなタイミングを見計らったかのように、草原に武器を持った3人組が現れたのだ。
普通に考えれば、森の散策に訪れた人々だろう。武器を手にしている時点で、普通と言う分類から、ズレている。
ドラゴンめ――
この言葉が、答えだった。
一人、空気が異なるが、宝石が付いた巨大な槍に、剣に、ナイフと言う3人組の装備は、バカに出来ない魔法の武器だ。ねずみとて、魔法の力を扱う一匹である、そして、丸太小屋メンバーは、魔法の力に敏感なのだが………
赤毛のロングヘアーの姉妹が、尻尾を振っていた。
「ねぇ、ねぇ、あそんでいいの?」
「ねぇ、ねぇ、あそんでいいの?」
「くまぁ~、くま、くまぁ~」
文字通り、姉妹そろって尻尾をふっていた。
同じセリフで、クマさんの背中によじ登っていた。
見た目は5歳児ほどの小さな女の子、雛鳥ドラゴンちゃんと言うフレーデルはよいとしても、もうすぐ20歳になりそうな、大人でもないが子供と言うほど幼くないお姉さんも、はしゃいでいた。
さすがは、姉妹である。
そして、本日はベランなお姉さんも興奮が抑えきれないらしい。好奇心が旺盛な子犬のように、ワクワクと尻尾を振っていた。
かわいらしい雛鳥の尻尾と異なり、胴体ほどの巨大な尻尾である。2メートルを越える巨大なるクマさんの背中でも、ちょっと大変だ。
それでも、給仕としてのしのしと歩き回っているのは、さすがである。
人手が足りないことも、理由であった。お客様の出迎えに、執事さんと、メイドさんが立ちはだかっているためだ。
やや、お疲れのようだが――
「お前ら………またなのか――」
「あっははは~、ゴッグってだれかな~、ボクはただのメイドさんだよぉ~」
ゴッグと言う名前らしい、背の高いメイドさんは、ごまかしていた。
オヤツ時に現れた3人組とは、お知り合いらしい。
ヤツラ――
そう言われていた、警戒されていた人たちを探さねばならない、警戒せねばならないというお話は、つい最近の出来事だった。
色々と、手遅れのようだ。
「………ちゅぅ~」
ねずみは、クッキーを手にしてのんびりと見ていた。隣では、駄犬が地面にふせって、駄犬を演じていた。
関係ないなぁ~――
そんな気分で、見物人を気取っていた。武器の巨大さから、関わっては大変であると、子供でもわかるだろう。そのために、むしろ芸人さんと思うのも当然の子供達は、見世物の始まりを、今か、今かと待ち構えていた。
大きなリボンのお嬢様も、お友達の白い毛玉と、見物していた。
「リリーちゃん、サーカスですわ」
「にゃぁ~ごぉ~」
「えっと………おとなしくしていてね?」
「お、おおおお、おぼっちゃま、お、落ち着いて、落ち着いて――」
恋人?の魔法使いの見習いと言うお坊ちゃまはあきらめの境地であり、そして、お師匠様と言う中年魔法使いが、ちょっと危ない。
突然、武器を持った3人組が現れた。
そうした事態への正常な反応は、お坊ちゃまの師匠様という、おっさんだけだ。
ねずみは、のんびりと空を見上げた。
「ちゅぅ~、ちゅぅ~、ちゅううう~」
太陽は、まだまだ高い位置にある。
涼しくなる夕方までは時間がある、子供達には、涼しい森の木陰の別荘で過ごすことが気に入りと言う。
魔法のローブを首に巻きつけたクマさんが出迎えてくれて、しゃべる犬がいて、そして、ドラゴンの尻尾を生やした小さな女の子がいる。
まるで、絵本の世界なのだ。
メイドさんや執事さんがいて、杖をついたおばあさんがいることもあって、そうしたオマケがあっても、絵本の世界なのだ。
武器を持った人々は、オマケだと――
ねずみは、ふと違和感に気付いた。
「………ちゅう?」
3人組の視線が、自分にむけられた気配があった。
どうやら、間違いないらしい。そう思ったのは、目線である。同じ背丈の相手へ向けるものではない、おや、メイドさんと執事さんからも、見つめられていた。
いや、やや上の方向で――
「ねずみさんも、参加するの?」
「えぇ~、いいな、いいなぁ~、私も――」
「フレデリカさん、いけません………ねずみさんだからいいの――よね、犬さん」
「わん」
ねずみの上の宝石が、目印だ。
オーゼルお嬢様は、ねずみが見世物に加わる姿が楽しみだ。そして、初めてではない、半ば夢だと思っていたワニさんとの対決が、思い出される。夏になったばかりの頃、夜中の惨劇であった。
再現が、お望みらしい
「ドラゴンの宝石………あのねずみ、何者だろう」
「まさか、ドラゴンがねずみになった?」
「あぶなかった、赤毛の女の子たちだけじゃなかったんだ――」
武器を持った3人組が、ねずみを見ていた。
強敵を見る、緊張感だった。
赤毛のフレーデルちゃんは、見た目は5歳児である。ドラゴンの尻尾が元気に動いているだけの、小さな女の子である。
そっくりのお姉さんがワクワクした顔をしているが、年のはなれた姉妹として、そっくりと言う好奇心の塊として分類される。
では、一番警戒されるべき、実力を隠した相手とは、誰だろう。戦いの経験が豊富なのか、警戒心が教えてくれたようだ。
ねずみだった。
「………ちゅう?」
クッキーを手にして、ねずみは固まった。
巨大なやりが、剣が、ナイフが、ねずみに向けられている。仲良くクッキーをかじっている丸太のイスとテーブルの空間へ向けられるには、あまりにも奇妙な目線である。
メイドさんが、そそそ――と、現れた。
「ねずみくんは、こっちね?」
ちょん――と、手のひらに捕まえられた。
ねずみである、手のひらに隠れる小さなねずみであり、警戒をしていなければ簡単に、背の高いメイドさんの手のひらに捕らえられた。
現実離れをしており、自分には関係ないな~――という、他人事で見物をしていたねずみなのだ。
そっと、草原に下ろされた。
「見えにくいか………ねずみくん、浮かんでくれる?」
草原は、森の中に唐突に現れる、開けた空間である。
せせらぎが涼しく、広い丸太小屋が住人の多さを予想させる、それでも、庭と言うには公園と言う広さの草原であった。
ねずみなど、すぐに見えなくなる。
「ちゅぅ~………」
言われるままに、ねずみは浮かんだ。
背中の宝石も、ねずみを目立たせるべく、ぴかぁ~――と、輝いた。太陽の輝きに比べるべくもない、しかし、赤く輝く宝石があると、相手にも伝わっただろう。
クッキーを手に、ねずみは浮かび上がった。
「おぉ~、ドラゴンと手を組んでいるだと――」
「レーバス、ゴッグ、お前ら――」
「あぁ、それでメイドさんと執事さんなんだ~」
突然現れた、3人組。
本来は警戒すべきだろうが、こうした事情によって、サーカスの催しと言う感想を抱いてしまうわけだ。
クマさんが、給仕をしていた。
「クマ~」
お子様が4人に、仲間達の分のお茶の用意も必要である。そこへ、手が空いたのだろう、執事さんが参加した。
死に神です――
そのように、気付けば背後にいる執事さんが、お辞儀をしていた。
「クマ殿………いま、お湯を沸かしてきます」
「くまぁ~、くまくまぁ~」
よいコンビのようだ。
急な来客に対応していた執事さんだったが、もはや無用であろうと、お手伝いに戻っていった。
「あぁ、ボクも手伝うよ~」
メイドさんも、立ち去った。
草原では、ねずみが一匹と、そして、3人組が向かい合っていた。
「………ちゅう?」
空中に浮かび上がったまま、ねずみは固まっていた。