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ねずみと、平和な丸太小屋



 真夏の太陽が、草原を照らす。

 街から徒歩数十分の森には、唐突に草原に出くわす場所がある。そうした草原の1つには、知る人ぞ知る丸太小屋がある。水辺のせせらぎに、森を通り抜ける風に、都市部では得られない涼しい色々に囲まれて、快適だった。


 のんびりと、ねずみは鳴いた。


「ちゅぅ~………」


 満足そうに目を細めて、せせらぎを足元に、草原に寝そべっていた。

 まるで、楽園に足を踏み入れたような錯覚を覚える。あるいは、絵本の中の光景だろうか、時刻はそろそろオヤツ時、甘いクッキーのにおいが草原に香ってくる。丸太小屋の世話係のクマさんが、張り切っているようだ。

 そんな香りにほほを緩めつつ、ねずみは遠くの出来事に耳を傾けていた。


 お子様達が、騒いでいた。


「にゃぁ~ごぉ~、にゃ~ごぉおお~」

「リリーちゃん、木登り苦手なの?」

「リリーちゃんったら、もぉ~」


 雛鳥ひなどりドラゴンちゃんとご一緒に、木登りをしていたようだ。飼い主と同じ大きなリボンの白い毛玉の鳴き声が、哀れを誘う。絵本の出来事と現実との区別が曖昧なこの丸太小屋には、もっともふさわしいお客様かもしれない。


「フレーデルさん、魔法で下ろしてあげて――」

「ほらほら、私もできるよ~――」

「ですってよ?」


 明るい灰色のポニーテールのお嬢様が、ちょっと苦労人に見える。

 お嬢様ぶり、自慢話をしたい背伸びのお子様であるヘイデリッヒちゃんだ。知識人ぶるようになるかもしれない、新しい知識を仕入れる興味は、今は噂話というお嬢様である。

 そして暴走するオレンジのツインテールちゃんというフレデリカちゃんは、好奇心が旺盛おうせいな子犬のような女の子だ。

 そして、のんびりと見守るオーゼルお嬢様という、いつもの3人組である。


 丸太小屋においては、夏休みになってから街に訪れた12歳ほどのシンシアお嬢様と、白い猫様が加わっている。


 フレデリカちゃんは浮かび上がり、リリーちゃんと言う白い猫ちゃんと遊んでいるようだ。

 ついでに空中へと連れ込み、大暴れをさせているのだろう。鳴き声が、更に大きくなった気がする。


「ちゅぅ~、ちゅうう~、ちゅぅ」


 のんびりと、ねずみは草原に横たわっていた。


 とある旅行代理店が、やらかした。

 リリーちゃんの飼い主である、大きなリボンのシンシアお嬢様とご一行様。そして、魔法の宝石を求めたヤビッシュ家の魔法使いの少年と、その師匠というコンビが、そうして訪れたのだ。

 情報を広げただけだろうが、おかげで、問題の発生が早まったという。騒ぎが予想より早く大きくなり始めた、そういう事態になっている。


 ヤツラ――という人々が聞きつけるのは、時間の問題だったという。ドラゴン様にとっては、新しいおもちゃの登場である。


 では、ねずみたちにとっては?


「にゃ~ごぉ~」


 お猫様の声で、ねずみは現実へと引き戻された。

 ふわふわな白い毛玉という、バカ猫様だ。木の上に登らずにいられない、降りられないのに、それがリリーちゃんと言う白い毛玉なのだ。


 ねずみの隣に、少年が座った。


「ねずみさん、ボクの出番はないようです………すごいよな、ボクだって、ちょっと自慢だったんですよ………がんばったんですよ?」


 うらやましさを通り越した、穏やかな微笑だった。

 15歳にしては、大人びて見えて、哀れだった。

 ヤビッシュ家の三男坊と言うウルナスおぼっちゃまは、魔法の才能があるために、魔法の先生を雇って、それなりの日々を過ごしていたという。


 リリーちゃんと言う猫を救ったのは、偶然だった。


 努力をして、手にした成果を自慢したい気持ちもあり、助けを求める猫を哀れに思って、飼い主の少女を哀れに思って………

 猫一匹とはいえ、お子様の上半身を埋め尽くす巨体である、見た目ほど重くないかもしれないが、軽くもないはずだ。

 魔法で持ち上げるのは、思ったより大変なのだ。


 本来は――


「ほらほら~、オーゼルもおいでよ」

「にゃ~ごぉおお~に゛ぁ~、ごぉ~ぉおお」

「だってさ、ほら、猫ちゃんも呼んでるよ?」

「ちょ、フレデリカさん、フレーデルちゃん、危ないですわよ――」

「あらあら、お散歩ですか?」


 少年は、のんびりと見つめていた。

 自分が望んでも届かない高みで、お子様達がお散歩をしていた。自由に空中に浮かび上がって、楽しそうに………


 ねずみは、のんびりと顔を向けた。


「ちゅぅ~、ちゅううう、ちゅ~、ちゅうう」


 手のひらを、ひらひらとさせていた。

 なにを口にしたのか分からない、しかし、ねずみのしぐさで分かる。気にすることはないという、全てを悟った、経験者の余裕だと。


 少年は、座った。


「簡単に浮かんじゃって、ははは、ドラゴンの宝石を手にしたら、ボクも――」


 ヤビッシュ家の三男坊と言うお坊ちゃまは、ここで口を閉ざした。


 ドラゴンに、手を出すな――


 その結果を知らないわけではない、ちょっとしたおこぼれという裏技にすがって、実力を高めてみようという気持ちだった。

 旅行代理店のささやきは、ドラゴンの噂に過ぎない。しかし、それ以外の噂も拾って、魔法の宝石という誘惑に乗ったおっさんがいたのだ。


 隣に、お坊ちゃまのお師匠様が座った。


「ぼっちゃま、真似をなさってはなりませぬ。あそこは、人ならざる世界なのです。人が浮かび上がるなど、遊び半分で――ぅうう」


 泣いておいでだ。

 名前をイーノスという魔法使いのおっさんは、師匠を出来る程度には中堅魔法使いだが、限界を感じて、遠くを見つめていた。

 涙がぽろぽろと、情熱が若き日のままと教えている。

 才能を上回る力は、魔法の宝石で手にいれることが出来る。しかし、同じく宝石を手に入れれば、その差はどうなるのだろう。


 確かめたくもない、目の前では、ドラゴンの影響を受けた可能性があっても、自分の力だけで、浮かび上がっているお子様達が遊んでおいでだ。

 聞けば、最近力に目覚めたという。3人のうち1人は目覚めさせていないのは、元々の素質の問題だろう。


 それでも――


「ちゅぅ~、ちゅうう、ちゅ~、ちゅ~」


 ねずみは、なぐさめるように顔を向ける。

 隣に座っているといっても、表情を認識できるだろうか、手に隠れそうなほど、小さなねずみである。

 ただ、頭上で輝く宝石の輝きは、目に入ってしまう。


 うらやましそうに、しかし、決して手を触れてはならないものだとして、まぶしそうに見つめているおっさんが、ただ1人。


 魔法で持ち上げる重さは、魔力に比例する。

 訓練で多少増えても、多少に過ぎない。持続時間と重さと浮遊の距離は全て、生まれ持った才能が左右する。


 才能の塊が、はしゃいでいた。


「ほらほら、空のお散歩だよ~」

「わぁ~、すごい、すごい」

「ちょっと、落ちたらどうしますの、フレデリカさん、降りなさい」

「そうですわよ。レディーがはしたないですわよ」

「――オーゼルさんもですわっ」


 お子様達は、絵本の中のように楽しんでいた。

 自慢げに、空中のお散歩と決め込んでいる。カーネナイのお屋敷においては、主たちをあわてさせたイタズラっ子である。

 魔法の力は、いつの間にか目覚めるものだが、そのまま力として操れる人物が、どれほどいるだろうか。


 天才は、目の前にいたのだ。


「ワンワン、ちょっと、ゆっくりと降りるんだワン」

「くまぁ~、くまぁ、くまぁ~」

「ねぇ~、わたしも、わたしもぉ~」


 アニマル軍団が、参加していた。

 どうやら、クッキーが焼きあがったらしい。呼びに来ると、お子様達が空中で遊んでいれば、あわてるのは魔法使いの常識だ。ふとした瞬間の油断が、ちょっとした気の緩みが、落下という事故を起こす。

 浮遊距離は、せいぜい2メートルであるが、ケガをする高さでもある。巨体であるクマさんがゆっくりと近づいて、背中に下ろそうとしていた。

 広い背中だ、お子様なら数人、寝転がれる程度に巨大な背中で、すでに一匹、産毛の残ったドラゴンの尻尾のお嬢様が暴れていた。


 ねずみは、空を見上げた。


「ちゅぅ~………」

「そうですね、平和ですねぇ~」

「ですなぁ~」


 少年も、空を見上げていた。

 おっさんも、空を見上げていた。


 ヤツラ――という方々が登場するまで、あと少しかもしれない。この平穏も、あと少しだと思うと、ゆっくりと噛みしめたかった。




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