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仮面のリーダーの、告白


 おいしい料理は、冷めてもおいしい。


 ねずみは、思った。

 さくっとした歯ごたえは、確かに、出来立てにはかなわない。それでも、冷えたものは、それなりにおいしいものだ。

 さくさくが、もっちりに化けているのだ。


 ねずみは、思った。

 これはこれで、いけると。

 いや、これは別の料理だと。若者が豪快に食べ散らかした、そのお余りを口にほおばり、頭上の供述にも耳を傾けていた。


「そんで、田舎を飛び出して、町に来たんですよ。村一番の役者だって自信満々で………」


 赤い仮面のリーダーの青年は、身の上を語っていた。

 腹が膨れ、気が緩んで、口はとても軽やかだった。おっさんの説得も効果はあったのだろうが、主に、お皿の上の芋の山のお手柄だ。

 さもありなんと、いもをほおばるねずみは、満足の笑みを浮かべていた。


「村一番のやつって、町にどんだけいるんでしょうね………うぬぼれって、怖いです」


 それは、よくある話であった。

 夢に向かって一直線にぶつかって、夢が、くだけ散ったのだ。それでも、しばらくはがんばって演劇に打ち込んだらしい。


 だが、その努力は、雇い主の蒸発と言う形で終わった。わずかと言う金額の、未払いの賃金も、ご一緒だ。家賃の未払いは、借金と言う結論に落ち着く。返済に追われ、そして………


 夢を見た。


 それだけならば、ほほえましい青春の思い出だ。むしろまぶしいくらいだ。

 しかし、その果てに何があった。空っぽの皿からは、彼がどれほど腹をすかせたのかが、伺えた。おそらく、他の部屋でも、同じように空っぽの皿が並んでいるだろう。そして、腹を膨らませた男達は、ペラペラとおしゃべりに花を咲かせているに違いない。


 にこやかな笑みを浮かべていたおっさんは、ご近所の若者の相手をしている気分になっていた。重要な言葉を聞き逃さないように、緊張感を保つのが、大変だ。

 ささやかな食べ残しで、小腹を満たしていたねずみも、友人の苦労話を耳にしている気分だった。


 強盗を行い、人々を恐怖におとしいれたといっても、どこか応援したくなる。犯罪に違いはないものの、決して人を傷つけない。そのことにかなり気を配ったことが、今になって理解できた。

 えらそうに考えるつもりはないが、やり直すことが出来ると言いたかった。そしてそれは、今回の事件の黒幕にも言えるかもしれない。


「オレ、人殺しなんて、絶対にやらないって言ったら、ボスも同じだって。豊かな暮らしのために人を殺していいのは、戦争だけだって。それが、人々を守る役割だって」


 話を聞き逃すところだった。

 優しいおっさんは、静かに姿勢を正した。


「そうか、そうか。ボスってヤツも、人を殺す重みを………ってか、戦争って、話がいきなりでかいな。まるで貴族様だ」


 指輪に目を移す。

 ねずみが差し出した、証拠の品だ。かんむりがごとく頭にかぶっていた指輪を、目の前で外して差し出す仕草など、目を疑いたかった。

 深く考えることを止めたおっさんは、職務に専念する事にしたのだ。


 そして、考えた。

 黒幕は、本当に何者かと。

 紋章から、持ち主を調べることは簡単だ。


 もちろん、それはしている。盗品である可能性も、模造品である可能性も考えているが、どちらでもない場合が、まずい。

 地位ある人物であれば、明確な証拠と証言の数々があってなお、扱いは難しい。政治的要素がからんで来るのだ。隊長といえど、一介の警備兵ごときでは、どうにも出来ない。


 今はただ、犯人の供述に意識を集中していた。


「なら、最後の一線を越える前に、止めてやらないとな」


 ぺらぺらと、身の上をしゃべっていた青年は、うなずいた。

 雇い主を裏切るというのではなく、救うという気持ちに、変わったようだ。

 小腹を満足させたねずみも、気持ちは変わっていた。


 ニセガネをつかませた犯人に、激しい怒りを抱いていた。手足となった銀行強盗の犯人を牢獄に送ったあとは、笑ってその後を見守るつもりだった。

 今は、高みの見物に終わってはならないと、決意を新たにした。


 そのときだった。

 コン、コンッ――と、分厚い木製の扉をたたく音がした。


「おう、入れ」


 おっさんが、豪快に返事をした。

 すると、数枚の書類を持った若者が現れた。一つは地図だろう、机の上に広げる。

 ねずみは、間違って踏みつけられないように、机の上に駆け上がる。

 地図に興味がわいた、何か情報があるのかと。その姿をおっさんはしばし見つめたが、気にしないと決めたようだ、若者に報告を促した。


「そんで、指輪の持ち主、分かったのか?」


 書類は、紋章の拡大図と、家名が記されていた。

 カーネナイとあった。


「この町の、かなりハズレに………昔は名家が立ち並んだ界隈だった――んだよな」


 口調は頼りないながら、町のハズレを指差す動きは、正確だ。ねずみはその動きを目で追いながら、この警備兵詰め所からの道を、頭に描き始めていた。

 ねずみの足では、かなりの遠出となる。

 お屋敷までの距離を考えると、帰りは遅くなりそうだ。それでも、地図の記憶が新しい今のうちにお屋敷の場所を確認して、あの古びたチョッキの若者、フレッドがそこにいるのか、確認したかった。


「まぁ、あとは上が判断するって所かな」


 おっさんの言葉を合図に、ねずみは部屋をあとにすることにした。机の上から、おっさんたちに手をふって、別れの挨拶を忘れない。

 それではと、片手を振ると、おっさんを始め、仮面を脱いだ青年も、手をふって返した。

 書類を持ってきた若者もだ。

 どうやら、ねずみの人間くさい行動に、なれてしまったらしい。


 見送りを受けて、ねずみは、け出す。

 人では出来ないことを、ねずみの自分がやってやる。犯人と関わりがあるのか、あの指輪の持ち主の正体が何か、分かるはずだと。

 まだ、太陽の日差しが強い時間帯。ねずみは、闇の中へと消えていった。



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