平穏な、魔術師組合
レーゲルお姉さんは、責任感の強いお姉さんだ。
銀色のツンツンヘアーは、きつい性格を現すように見える。しかし、付き合っていれば分かる、きつい性格に見えるのは、責任感の強さの現われだと。
年齢は18歳と、仲間内でもお姉さん側の年齢であることもあり、世話焼きと言う役割からリーダーになったのは、必然だった。
お昼も少し過ぎた頃、魔術師組合に顔を出していた。
「レーゲルって、私達と同期なのに、まだ魔術師になってないんだもんね~、彼氏いるし」
「仕方ないよ、魔力と技術と才能がないと出世も違うし、合格ラインなんて、お師匠様の気分でいくらでも違うしぃ~、あと、彼氏いるし」
「まぁ、神殿の大魔女様の弟子ってだけで、十分すぎるからね~、彼氏いるし」
お姉さん達が、だべっていた。
彼氏いるし――という言葉で締めくくられることから、イジワルが味付けとして、会話に花が咲いているようだ。
レーゲルお姉さんと年齢が近しい、同世代と言うお姉さん達である。20歳と言う大台には、まだまだ遠いと思っている、同世代の皆様である。
レーゲルお姉さんを、いじっていた。
「いいから、手続きしてよ」
腕を組んで、レーゲルお姉さんはお願いをした。
うっすらとほほが赤らんでいるのは、彼氏がいる――と、からかわれたからか、優越感からか、どちらにしても、お相手がここにいない状態では、寂しいだけである。
かといって、グチをこぼしては大変である。
抱きしめたい――などと口にすれば、嫉妬の嵐だ。
レーゲルにとっては、望めばかなえられる願いである。なかなか出会う機会がないため、グチとしてこぼしても許してほしいと思うのは、贅沢なのだ。
彼氏を募集中の受付の軍団にとっては、いまだ、かなわぬ夢なのだ。
彼氏を持つレーゲルは、裏切り者なのだ。
「「「はぁ~、彼氏ほしぃ~」」」
手続きは、絶賛停滞中だった。
なお、レーゲルが望んだ手続きは、魔術師組合に顔を出せないオットル、ホーネック、ネズリー、そしてフレーデルと言う、仲間達のためのものである。
クマさんと、駄犬と、ねずみと、そして雛鳥ドラゴンちゃんという、アニマルになった仲間たちのためである。
気楽なアニマルと言う日々を思い出し、複雑なレーゲルお姉さんだったが………
「レーゲル、なにか考え込んでる」
「まさか、浮気?」
「破局?」
突然に、食いついてきた。
とっても、嬉しそうな、いやらしい笑みであった。
レーゲルは一歩下がるが、即座に魔法のツタに、動きを封じられた。さらに、瞬時に背中を取られ、同世代のお姉さん達のお顔が、《《真横から》》急接近だ。
さすがは、魔術師組合の受付たちだ。
《《壁に》》仁王立ちになったり、瞬間移動したり、魔法のツタを生み出したりと、とても芸が細かい。
レーゲルとて土魔法を使うことが出来るが、室内では生み出せない系統のため、おまけに、本気で振りほどくつもりもなく、あきらめの境地である。
追求の笑顔たちがが、にっこりと接近する。
「「「ねぇ、ねぇ~、どうなの、どうなのぉ~」」」
手続きは、進みそうになかった。
一人だけ幸せを満喫している彼氏持ちへのやっかみか、あるいは祝福だろうか。20歳と言う大台をはるか先のことと思っている小雀たちが、きゃっきゃ、ガハハと、かしましい。
そこへ、のそり、のそりという歩みが近づいてきた。
受付の奥の階段から、近づいてきた。
「(――コソコソ)ちょっと」
レーゲルお姉さんが、最初に気付いた。
ヒソヒソと声を抑えているあたりは、同世代の受付たちを思ってのことだ。オバン様が来る――と、とっさに口にできないことも理由である。
一人が、レーゲルお姉さんの視線に気付く。
「なによ、レーゲル………」
困っているお顔から雰囲気が変わり、レーゲルお姉さんの視線を追って、何気なく振り返って――
「げっ――」
一人が、気付いた。
オバン様が、現れた。
そして、連鎖的に気付いてしまう。察する能力がなければ、受付として生き残ることが出来ない、全員が、顔を真っ青にしていた。
階段を、のそり、のそりと下りてきた組長様の姿が、ぞっとさせていた。
おしゃべりは、組長様の地獄耳に届いているだろう。お姉さん達は、忙しいアピールを始めた。
無駄であろうに、必死だった。
「はい、来月の分の手続きね、今終るところだから」
「この後の予定、なんだっけ――」
「大丈夫、すこし余裕があるから――」
忙しいアピールに、必死だった。
まじめに、やっていますと――
「あらあら、ひまそうだこと。ちょっと、お使いを頼もうかしら?」
オバン様は、にっこりと微笑んだ。
組長様の、お出ましだ。
「さぁ、いそがし、いそがし――」
「ほらほら、この書類の不備、直しておいたから――」
「手続きは完了ですからね、それでは、お気をつけて――」
小雀たちは、瞬時に手続きを終えた。
すでに承認の紋章を押すだけという状態だったのか、人間には認識できない速度で書類を読み、記したのか、それはわからない。
レーゲルお姉さんの手には、気づけば書類が渡されていた。
「じゃぁ、わたしはこの書類、部署に届けてくるから――」
「待って、用事があるから、私も――」
「そうだ、頼まれごとされてたんだった――」
受付の姉さん達は、瞬く間に姿を消した。
どこの部署へ向かうのだろう、忙しいアピールで、書類を持って消え去った。壁を走ったり、書類を両サイドに浮かべたり、人間にはできないアピールであった。
レーゲルお姉さんが一人、残された。
「さって、私もさっさと戻って――」
災いが、目の前にいるのだ。
お師匠様というミイラ様には及ばないが、比べられれば、むしろオバン様が恐縮してしまうだろうが、小雀たちにとっては同じである。
18歳のお姉さん、レーゲルお姉さんにとっては、同じである。
背中を向け、出口へと進もうとしたレーゲルお姉さんだったが、あと数秒どころか、すでに手遅れだった。
組長様が、声をかけてきた。
「ちょっと待ちなさい………昨日の夜ね、お師匠様がおいでになったのよ――」
話を聞くことは、決定されたようだ。
早く用事を終らせれば、運がよければ年下の彼氏との、ささやかなデートが楽しめたかもしれない。
その予定は、消え去ってしまった。
「“ヤツラ”って言葉に、心当たり――おありかしら?」
丁寧な物言いであった。
魔術師組合の組長様ともなれば、領主様の主催するパーティーなどに呼ばれ、噂では、幼馴染とも言われる。
魔法の修行もしたとか、しないとか………ともかく、表では発表されていないいろいろと言う情報を共有しているらしい。
“ヤツラ”と言う言葉が、今回は大変だ。
「イードレ君、お姉さんは、がんばってるんだぞ――」
心当たりのあるレーゲルお姉さんは、入り口の明りを、しばし見つめた。
丸太小屋で、メイドさんからもたらされた情報なのだ。ドラゴンであるベランナは目を輝かせて楽しそうに、死に神です――という印象の執事さんはうなだれて、メイドさんもうなだれて………
つまりは、そういうこと。ドラゴン様がワクワクするようなトラブルが、この街に舞い降りるということだ。
巻き込まれる中心メンバーの一人は、誰だろう。
「………傭兵の里の生き残りらしいですね………アイテムも集めてるとか」
「そうそう、あのメイドは、ちゃんと伝えたようですね………そういうことで、魔術師組合としてもね、アイテムの件でね………さ、お部屋へいらっしゃい」
受付で出来る話ではないと、来い――と、歩き始めた。
そのまま、階段へ進んでいた。
「イードレ君、レーゲルお姉さんは、大変なんだぞ――」
お姉さんは、涙目だった。




