夏の丸太小屋と、報告会
夏も、本番だ。
青空はとても強く輝き、入道雲がはるか彼方で雷を落として、しかし雨の気配はおろか、雲のひとつもない、真夏の日々が、始まった。
そう思って、何日も過ぎたようで、まだ始まったばかりのようで………
そんな青空の下、ねずみは鳴いた。
「ちゅぅ~、ちゅうう、ちゅう、ちゅう、ちゅちゅ~、ちゅ~」
身振り、手振りを交えて、懸命に説明をしていた。
少なくとも、ねずみはそのつもりであった。恐るべき裏社会の中心である、四天王の皆様との会議の様子を、観察してきたのだ。
犬耳メイドさんが裏側の四天王の皆様と向かい合う間、ねずみの目線からも、その様子を見守っていたのだ。
駄犬ホーネックは、周囲の見回りであった。
「何を言ってるか、わからんワン」
まっとうな、ご意見であった。
なお、駄犬ホーネックからの情報は、いつもの駄犬の日々の報告であった。
時々、怖そうなお兄さんに追い払われたり、逆に、こっちにおいでと呼ばれ、エサをやるふりをして、芸を仕込ませようとされたり、大変だったという
つまり、いつもの裏路地と言うことだ。
「つまりだ、不思議なねずみの見たとおりだ――です」
犬耳メイドさんが、ねずみを気遣った。
銀色の狼が人の姿を真似たような、ふさふさな銀色の尻尾に、耳が、真夏の太陽に照らされて、まぶしく輝く。
いや、犬だった
獣人の国より、スパイとして訪れたらしいが、なぜか領主さまの裏側を担う、カーネナイでメイドの真似事をしていた。
言葉遣いは、なかなか大変らしい、謎の犬耳さんは、メイドさんらしく振舞おうと努力をしている。
「きみ、ねずみくんの言葉が――いや、とにかく、メッセージは伝えてくれたんだろうね、裏側のことは、裏側で処理しちゃってって――」
上司?であるメイドさんが、犬耳メイドさんに確認をした。
「もちろんだ――です」
返事は、単純だった。
ねずみも、その様子をしっかりと見ていた。
古い倉庫を改築した、ねずみにとっては恐怖の空間だった。窓の明りが適度にさえぎられ、入り口から入ってくる人物を圧倒するための演出だと思えるほどだ。
犬耳さんは、まったく動じていなかったのだ。その姿に、ねずみは敬意を表したい気持ちだった。
背筋をただして、鳴いた。
「ちゅぅ~、ちゅうう、ちゅ~」
胸を叩いて、しっかり見ていたと、伝えた。
堂々としていたのだ、ならば、ねずみも堂々とすべきだと思ったのだ
赤いお尻尾が、パタパタとし始めた。
「ねぇ~、つまんないよ~」
フレーデルちゃんには、退屈だったようだ
まだ、報告会は始まったばかりだが、見た目の通り、小さなお子様なのだ、とっても退屈だったようだ。保護者の登場が、待たれる。
銀色のツンツンヘアーのお姉さんの、登場だ。
「ほら、あんたはお手伝いの続き。お洗濯をちゃんとたたむの」
「えぇ~………」
見た目は5歳児の幼女となった赤毛のロングヘアーと言うフレーデルちゃんを、リーダーのレーゲルお姉さんが抱えて、連れ出した。
年の離れた姉妹と言うよりは、お母さんである。
本当のお姉さんは、自由なのだ。
「それで、それで?」
ベランナお姉さんが、続きを促した。
尻尾があれば、わくわくと、パタパタとさせていただろう。いや、赤毛のフレーデルちゃんと同じく、赤い尻尾の持ち主だ。
今は、スタイルのよい赤毛のお姉さんの姿だが、フレーデルの実のお姉さんである。実際に尻尾もツバサも出すことが出来るのだが、そうなれば災害だ。
ほんのわずかだけでも、ドラゴンの力を現している状態なのだから。
幼女のフレーデルちゃんとは、規模が違うのだ。
「いえ、それだけだ――です」
犬耳さんは、心なしか緊張している。
そして、その通りらしい。犬耳のメイドさんにとって、人間の国の裏社会など、そのあたりのおっさんたちである。
そう、ちょっと怖い程度の《《人間》》など、恐れる必要がないのだ。犬耳さんが緊張する相手は、ドラゴンなのだ。
同じく、ドラゴン姉さんを前にすると、背の高いロングヘアーのメイドさんの調子もおかしくなるのだが、さすがは自らの役割を分かっておいでだ。
メイドさんが、付け加えた。
「まぁ、先日のねずみくんの調査でもあったけど、旅行代理店がちょっと噂を振りまきすぎて、余計な連中が集まりやすくなったって話。ドラゴンの宝石の件でもそうだけど、裏社会は、ちゃんと裏側で守るべきルールを守ってるの」
ドラゴンに、関わるな。
ドラゴンに関わった人間を、近づけるな。
つまりは、災いから身を守ることに、とっても注意を払っているのだ。
「ちゅぅ~………ちゅうう、ちゅう~」
確かに――と、ねずみも腕を組んだ。
裏社会の入り口と、そして、四天王というおっさんたちを知った事件があった。
ガーネックと言う、かつてドラゴンの宝石を手に入れ、裏で売りさばき、そして大金と名声を手に入れようとしたおっさんがいたのだ。
裏社会のボスたちに、呼び出しを食らっていた。
ドラゴン関係と関わったら、分かってるな――と
思い出し恐怖に、ねずみは震えた。
「ちゅ~、ちゅうう、ちゅ~、ちゅ~、ちゅううう………」
手振りで、ねずみはそのときの話を語った。
もちろん、皆様には通じない、ドラゴン姉さんにも通じないらしい。フレーデルちゃんが大きくなれば、このように育つのか。
そんな感想を抱かせるベランナ姉さんは、きょとんとしていた
「うん?とにかく、面白そうなことには、なってないってこと?」
ねずみは、うなずいた。
むしろ、面白そうなことになってもらっては困るのだ。これ以上、噂を広げて、ドラゴン様の周囲を騒がせるなと忠告をするための、呼び出しだった。
大げさなことにならないための、ウラ業であった。
カーネナイの屋敷も、そうした裏側のためにあり、領主様の直属のお使いであるメイドさんも、そのためにいる。
いつもは、裏社会の皆様とのつながりは、そのメイドさんだった
本日、犬耳のメイドさんが代理をした理由も、そこらしい。別件で動いていて、その結果の報告と相談のための、丸太小屋への訪問だったらしい。
「もう、どうにでもなれだ――」
あきらめたように、うなだれていた。
そして、顔を上げた。
「好奇心でこの丸太小屋を探そうって連中は、まぁ、そうやって抑えられるってのが結論だけどね………本気の連中は、別なの」
メイドさんが別行動をしていて、そして、大変だと頭を抱えている原因だ。
明るく、元気なメイドさん。
気楽な日々を送る、明るいお姉さん。
そんなイメージの、背の高いメイドさんが、言いよどんでいる。
「く、くまぁ~、くま、くま~?」
「ちゅ~、ちゅうう、ちゅ~」
「二人とも、ちょっと静かにするワン」
昼食の準備を終えたクマさんに、不安そうなねずみに、そして駄犬ホーネックが見上げている。
同じく昼食の準備を終えた執事さんも、現れた。
死に神です――
そのような印象の、落ち着いた執事さんは、なにかを察していたようだ。
「ヤツらか?」
短く、一言。
しかし、その一言で十分だったようだ。メイドさんは、あきらめたような気分で、うなずいた。
「うん、動くみたい」
乾いた笑みを、浮かべていた。




