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お昼の丸太小屋と、メイドさん


 トントントントン――


 包丁が、まな板の上で踊る音がする。野菜でも刻んでいるのだろうか、あるいは、薬味であろうか。


「くま、くまぁ、くま~」


 鼻歌交じりで、クマさんが料理中であった。

 ナイフと間違えるほど、巨大な爪の持ち主である。なのに、どのように包丁を持っているのだろう、トントントントン――と、軽快にまな板の上で踊っていた。

 その隣では、グラグラとスープが煮える。夏も本番と言う季節では大変な湿度と高熱であっても、クマさんは鼻歌交じりだ。


 執事さんが、気付けばそばにいた。


「クマ殿、オーブンの準備が整いました――」


 死に神です――

 そのように自己紹介をされても、誰もが納得と言う執事さんは、エプロン姿であった。漆黒の執事スタイルによどみがないのは、執事だからだ。

 暑くないのか――と言う質問の答えと、同じだろう。


 クマさんは、手を止めて振り返った。


「くまぁ~、くまくまぁ~」


 エプロン姿のくまさんは、にこやかに笑みを浮かべつつ、感謝の言葉を告げていた。誰が聞いても、人間の言葉には聞こえない、しかし、意思の疎通ができている不思議であった。


 執事さんは、やはりすごいのだ。


「では、そのように――」


 そして、消えた。


 料理は、タイミングが大切である。

 焼いたばかりのパンの香りは、最高だ。目の前でゆっくりと熱が逃げてゆき、みんなが集まる頃には、ちょうどよい食べごろだ。

 もちろん、スープもグラグラと煮込めばいいわけではない。仕上げの薬味を刻むタイミングも、煮えたぎったスープに振り掛けるタイミングも、全て風味と言うその瞬間に影響するのだ。


 クマさんは、ゆっくりとスープのなべを移動させた。


「くまぁ~、くま、くまぁ~」


 楽しそうだ。

 巨大な手でスープのなべを移動させ、火加減を調節する。下準備はここで終わり、あとは、パンの焼き上がりを待つのみである。



 その姿を、メイドさんが見ていた


「………幸せそうだね、クマさん。そして、レーバス、あんたは――」


 ロングヘアーが森の風にあおられて、そよそよとそよぐ。

 背の高さは170センチほどか、もう少しありそうな、背の高いスレンダーなお姉さんだ。気付けばメイドの微笑で後ろに降り立つ不思議なメイドさんであるが、今は、キッチンの様子を見つめていた。


 そして、くるりと背を向けた。


「帰ろ――」


 そっと、まぶたを覆った。

 執事さんにも声をかけようか、そのような気持ちであったのか、あるいは、幸せそうな背中を見詰めるだけで、十分だったのかもしれない。


 ここは、森の中。


 時折、開けた空間に出くわすこともある。森の中のせせらぎを前にした丸太小屋も、そうした空間の1つである。

 炎天下と言う真夏の日差しも、森の木々にさえぎられ、木陰から吹きすさぶ風は涼しい、川辺に足をつけて、リラックスするにもよさそうだ。

 別荘地といってもよい丸太小屋に足を踏み入れようとしたメイドさんだが、お昼の準備で忙しいようだと、立ち去る決意をした。


 いったい、何のために訪れたのか――


「………尻尾?」


 メイドさんの前に、ふわりと尻尾が現れた。

 ふわふわと気まぐれにゆれて、まるで子猫のようだ。いいや、ちがうとメイドさんは知っている。

 尻尾の持ち主を、知っている。

 赤いうろこに覆われて、ところどころトゲのような産毛が生え残っている、雛鳥ひなどりドラゴンちゃんの尻尾であった。


 赤毛のロングヘアーが、屋根からぶら下がっていた。


「ねぇ~、なにしてんの~」


 元気いっぱいの、見た目は5歳児の赤毛の幼女様だ。

 赤いうろこの間にあるとげは、雛鳥ひなどりちゃんのふわふわとした産毛のようで、トゲのようで、小さな尻尾が、忙しそうにパタパタとしていた。


 メイドさんは、冷静を装った。


「なんでもないよ~………ところでさぁ、フレーデルちゃんは、お手伝いしなくていいのかな?」


 子供に語ってもしかたがない、代わりに、メイドさんは雛鳥ひなどりドラゴンちゃんの背後を見た。

 銀色のツンツンヘアーのお姉さんが、腰に手を当てていた。


 20代も半ばに見えるメイドさんよりは、5~6歳は年下だろう。この丸太小屋においては、上位に位置するお姉さんである。

 メイドさんの視線に、フレーデルちゃんも気付いたようだ。子猫のように、警戒をあらわにした。

 あるいは、イタズラが見つかったお子様の反応か、ピシッと固まって、しっぽもぴん――と、まっすぐに緊張を表していた。


 雛鳥ひなどりドラゴンちゃんは、恐る恐る降り向いた。


「………レーゲル姉――」


 天井に張り付いたままであるのに、器用なものである。5歳児ほどの、幼い女の子の姿では魔法を使うことができないという。

 精神に合わせた姿と言うか、ドラゴンの不思議である。


 その雛鳥ひなどりドラゴンちゃんを恐れさせる存在が、微笑んでいた。


「フレーデルちゃ~ん、お洗濯は、ちゃんとたたんだのかな~?」


 お手伝いを、命じられていたらしい。

 とたんに、お尻尾がぴくりと動いて、そして、脱走を始めた。


「まちなさぁ~い」


 レーゲルお姉さんが、追いかけた。

 銀色のツンツンヘアーのお姉さんで、むしろお母さんと言うお姉さんは、子育てに忙しいようだ。

 メイドさんは、無言で見送った。


 ほんとうに、何のために丸太小屋に現れたのだろう、いや、どうでもよくなったに違いない。

 出直そうかと、すでに決めておいでなのだ。


 だが、出口まで、あと少しと言うところで、立ち止まった


「メイドさ~ん、なにしてるの?」


 赤毛のお姉さんが、草原へと降り立った。

 ちょうど、メイドさんが立ち去ろうとしたタイミングでの、着地であった。この炎天下にあって、屋根の上でお昼寝でもしていたのだろうか。赤毛のロングヘアーは、先ほどの雛鳥ひなどりドラゴンちゃんとそっくりだ。

 当然だ、フレーデルちゃんのお姉さんの、ベランナお姉さんである。


 メイドさんは、今度こそ緊張した。


「ははは~………ちょっと、言伝ついでに、相談がありましてね~………お昼前みたいだから、出直しますよ」


 態度は、普段の不思議なお姉さんを崩さない。

 しかし、油断は命に関わる、目の前のお姉さんは、ドラゴンなのだ。見た目は、メイドさんより少し年下のレーゲルと同じくらいであるが、あくまで見た目だけである。

 冷静を装うのが、大変だ。


「それでは、おじゃましましたぁ~―-」


 相手の都合を気遣う、一般的な挨拶であった。

 予想されうる返答は、昼食をご一緒と言うお誘いか、あるいは、気使いへの感謝の言葉であろうか。

 ドラゴン様に気遣われるのも怖いのだが、メイドさんは、あくまでメイドさんとしてのスタイルを崩さなかった。


 ここは、人間の常識が通用しない世界である。ドラゴンの神殿ほどではないと思うが、人間以外が、多すぎた。


 自分も人間と言う種族に含むのかと瞬間考えて、目の前のドラゴンにとっては、か弱い人間と数えていいと、結論した。


 気まぐれで、何をしでかすか――


「え~、なにか面白そうなことがあるなら、おしえてよ~」


 天井からぶら下がっていた、雛鳥ひなどりドラゴンちゃんとそっくりな瞳で、輝いていた。

 面白そうなものがあるのかと、好奇心が旺盛おうせいなお子様の、あるいは子犬様の瞳で、見つめていた。

 さすがは、雛鳥ひなどりドラゴンちゃんのお姉さんである。


 メイドさんの笑みは、とても固い。


「えっと、本当にたいしたことじゃぁ~………大奥様とね、ちょっと、魔術師組合のおばさんと、領主の野郎とのやり取りをね?――」


 メイドさんは、必死だ。


 興味を惹かれれば、一体何が起きるのか。すでに色々と動いている、面倒な出来事になれば、降りかかる火の粉をそっと振り払って、大災害を引き起こすドラゴンなのだ。

 ちょっと遊ぶだけで、町を滅ぼす災いが、ドラゴンなのだ。


 ドラゴン様には、ナイショだぞ――


 メイドさんの脳裏では、自分の主である領主の野郎の顔が、思い出される。出来るわけがないと、心で絶叫を上げていた。

 好奇心でいっぱいの瞳で、メイドさんを見ているのだ。


 そこへ、希望が現れた。


「なにしてるんだワン、そろそろお昼で忙しいから、手伝ってほしいワン」


 駄犬ホーネックが、現れた。


「ちゅぅ~、ちゅううう、ちゅぅ~、ちゅぅ~」


 ねずみも、ご一緒だった。




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