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ねずみと、裏社会と、犬耳メイド



 ねずみは、走った。

 小さな体である、どれほど厳重な警備体制であっても、かいくぐれる自信があった。ねずみ一匹通さないという例えは、あくまで例えなのだ。

 トトトトト――と、排水溝を登り、隙間から屋根裏への侵入を果たしていた。


 古い工場といっても頑丈なつくりで、いくつかは改修もされている。巨大な神殿といってもよい、ねずみから見れば人間の住まいは全てが巨大であるが、まとう雰囲気から、不気味な神殿と言う世界であった。


 あるいは、悪魔の宮殿である。


「ここが裏側と言うヤツか………なんか、じいさん達の寄り合いみたいだ」


 犬耳さんは、つぶやいた。

 ちょうど、ねずみが屋根裏に到着したタイミングで、進んでいた。少しは遠慮をしてほしい、あるいは恐怖を抱いてほしいが、犬耳と言うメイドさんには通用しない常識である。


 大きな扉を前に、のんびりとしていた。


「お待ちを、ただいま取調べを――」

「そう聞いてる、だから我が――私が送られた」


 扉の番人を前に、犬耳さんは一切の気負いを感じさせない。当然である、見た目は小柄な男子と言う、あるいは女性か、ともかく、ごっつい門番の前でおびえても仕方のないスタイルである。


 あくまで、見た目だけだ。


 そして、貸し与えられた紋章は、新たにカーネナイが手に入れた紋章である。デザインは変わっていないが、裏社会でも顔を利かせてしまう、領主様の代理として、裏とのつなぎの役割を担っている。


 仕方ないと、門番さんは扉を開けた。

 ねずみは、ドキドキだ。


「ちゅぅ、ちゅうう、ちゅうう~」


 なんと、犬耳の大胆なことよ――


 頭を抱えて、眼下の様子を眺めていた。いや、お使いであれば役目を果たしてもらわねば困る、裏側と表が手を組んで対処すべき問題が、目の前なのだ。

 ドラゴン関係なのだ。


 とはいっても、もう少し怖がってほしい、この場にいるだけで震えるねずみとしては、とても複雑な気分だった。


 扉が、ゆっくりと開いていった。

 細やかな木彫りに、金細工までしつらえた扉だった。それは豪華と言うか、派手な豪奢なつくりの扉の向こうは、恐怖の世界だ。

 少なくとも、ねずみには恐怖である。かつてこの場に連れてこられたガーネックと言う金貸しのおっさんは、震えていた。


 犬耳さんには、老人の寄り合い程度の感覚らしい。ねずみが会合場所への入り口をのんびりとくぐっていると、すでに挨拶が始まっていたようだ。

 会合の真上から、ねずみは恐る恐ると、会合を見つめていた。


 裏社会のボスの皆様が、ほがらかだった。


「ほっ、ほっ、ほっ………獣の国のお使いとは珍しい………」

「ふむ………領主様の使いは、本当に面白い。傭兵の里の出身の次は、獣人の国の出身とはね」

「まぁ~、裏側に携わるんですからね、それくらいのほうが――はぁ、人徳かな?」

「どちらも、とても頼りがいのあるもの。我らも気を引き締めねばなりませぬが、して、御用向きを伺いましょうか」


 気のいいご老人が、のんびりとした青年が、子供っぽい言葉遣いのおじ様に、老人と言う年齢に差し掛かった人物が、出迎えていた。

 四人の幹部様は、のんびりとしたお茶会の雰囲気をかもし出していた。


 あくまで、雰囲気だけだ。


「わわわ、わたしは、では、ここで――」


 おっさんが、震えていた。

 哀れにも、間に合わなかったようだ。裏社会の人々に招待を受けた、旅行代理店のおっさんだった。

 悪人ではない

 時流に乗って、最先端に乗って、一番乗り。そうして噂を流し、宿に道々の色々と言う手はずを整えてこその、旅行代理店である。

 目的地はこの町であり、手間賃を手にして、細々と生き残っているお店を構えておいでだった。


 その流行が、問題だった。


「ドラゴンを挑発するな――などと、我らの国でも常識だ………ですよ」


 言葉遣いに苦労しながら、犬耳メイドさんがあきれていた。

 うす暗い室内であっても、銀色の犬耳はさわさわと輝かしい。いいや、月夜でこそ輝く毛並みは、暗闇のこの部屋に似合っていた。


 油断をすれば、喉笛のどぶえを噛み千切られる。

 そんな恐怖を与えてもいいのかもしれない、メイドさんと言うファッションに身を包んだ犬耳の人は、とても油断のならない、実力者なのだ。

 敵対すれば混乱を呼ぶため、裏側の皆様も、丁寧に対応しているのだ。


 対応できない旅行代理店のおっさんが、哀れだった。


「ちゅぅ~、ちゅうううぅ~」


 哀れな、間に合わなかったか――


 ねずみは、片手を顔に当てて、空を見上げた。

 木漏れ日のように、屋根からこぼれる太陽の明りが、とても輝かしい。真夏の太陽は、暗闇を生み出す屋根ですら、さえぎることができないようだ。

 蒸し暑くなっていないのは、風と地下に流れる水とを、とてもうまく利用しているおかげであろう、でなければ、オーブンの中のねずみである。


 気取っていると、足元では話が進んでいた。



「お若いの、あわてるな………獣の国のお使いと、我ら裏側と………なぜ呼ばれたのか分からぬほどでは、店主は務まるまいに――ほっ、ほっ、ほ~」

「ドラゴンに手を出すな――それが分からないとは、言わせないが………まぁ、手を出す範囲がどこまでか、分からないことはあるのだろうね」

「まぁ~、ドラゴン様が空を飛んでいる、近くの森に住まっている――こんな情報は、隠すほうが無理ってものだからね………あえて広げなくてもいいと思うけど」

「我らも、暇ではないが………だからこそ、余計な仕事を増やさないでほしいものだ」


 裏側を仕切る4人が、静かに圧力をかけていく。

 犬耳さんには通じるわけもない、そもそも、圧力を与えられる側ではないのだ。4人の言葉は、哀れにおびえているおっさんに向かっていた。

 今にも卒倒しそうで、むしろ、卒倒しない勇気を褒め称えたいねずみだった。


 犬耳さんが、思い出したように語りだす。


「われから――私から、まず要件を言おう。魔術師組合の組長と、領主との会合の結論だという――」


 少し間をおいてから、犬耳さんは告げた。


 ――裏側は、任せた


 これだけである。

 実力を信じているという、大変な信頼であった。一応は表向きのルールを破り、色々と暗躍している人々のまとめ役が、この場所である。

 表では取引できない盗品に、ちょっとしたお尋ね者が安心する宿泊施設の運営に、もちろん、下水を利用した小船の輸送手段があってこそだ。

 少し前のワニさん騒動によって船着場が可愛そうなことになったが、どうやら再開されているらしい、流通は命なのだ。


 その、裏側からもドラゴンの宝石を狙う人々が現れるのではないか。そうした色々は、すべて任せたということだ。


 ねずみは、またも空をにらんだ。


「ちゅぅううう~」


 大事にならないことを、願っていた。




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