ねずみと、駄犬と、犬耳メイド
青空が、どこまでも続いている。真っ青すぎて、どこまでも青く続いて、見上げるうちに、ひっくり返ってしまいそうだ。
ねずみは、本当にひっくり返っていた。
「ちゅうちゅうう、ちゅ~」
太陽が、まぶしいぜ――
片手を顔の前に突き出して、真夏の青空を睨んでいた。
まるで、舞台演劇の役者のように、気取っていた。
気分に浸っていないと、やっていられない状況であった。幸い、炎天下の石畳ではなく、建物の陰に守られた空間での、一人演劇であった。
お昼過ぎの、とある、倉庫街での出来事だった。
「どうしたのだ、不思議なねずみよ、熱射病か――ですか?」
犬耳メイドさんが、ねずみを気遣った。
言葉遣いは、なかなか大変らしい、謎の犬耳さんは、メイドさんらしく振舞おうと努力をしている。
駄犬が、ツッコミを入れた。
「気にしなくていいんだワン」
言いつつも、炎天下はつらいようだ、日陰に入った安心感から、駄犬ホーネックもまた、だれていた。
だれていないのは、訓練されたメイドさんだけだ。
元々は、獣人の国より訪れた謎の犬耳という人物である。今はカーネナイのお屋敷で、メイドさんの修行中なのだ。
銀色の毛並みが、神々しく輝いて、ちょっとまぶしい。
「ちゅぅ~、ちゅううう、ちゅ~」
ねずみは、手のひらをひらひらとさせた。
なんと言ったのか、通じないだろう。犬の耳と尻尾を持つ種族といっても、動物さんとお話が出来る存在ではないのだ。獣の耳や尻尾という獣の特徴を持つ、人と異なる、人に近い種族である。
それでも、ねずみのしぐさで分かる、心配するなと言うジェスチャーである。
ねずみは、起き上がった。
「ちゅぅ~、ちゅううう、ちゅ~」
指を、刺していた。
「どうしたんだワン」
駄犬が、ぼんやりとねずみの刺し示す方角を見つめた。
相変わらず、何を伝えようとしているのか、分かるような、分からないような関係であるが、すでにここまで来ているのだ。
裏側の、入り口が目の前だった。
「どこかを指差して………あぁ、あの倉庫か――ですか」
町は、生き物と例えられる。古くなれば忘れられ、新しく変わっていく。時には、町の片隅が、丸ごと入れ替わるのだ。
そんな、忘れ去られた場所にこそ、そこはある。
陰が、元気に息づいていた。
「ちゅぅ~………ちゅううう、ちゅう」
「こ、こここ、ここが、裏側なのかワン」
「では、我は――私は、メイド長から言われたとおりに挨拶をしてくる」
倉庫が、目の前だった。
裏側の皆様の集会場所という、とっても近づいては危険な場所を前に、ねずみと、駄犬と、そして犬耳のメイドさんが並んでいた。
お使いであった。
「ちゅぅうぅう、ちゅう~、ちゅうっ」
「なんて言ってるか、わからんワン」
「我にも――私にもわからん。とりあえず、手はずどおりでよいのだな――ですか?」
ねずみは、鳴いた。
ちゅ~――と
倉庫を指差し、注意事項を伝えているような、えらそうなしぐさであった。
カーネナイ事件の本当の黒幕、ガーネックの素行調査で足を踏み入れた、ヤバイ場所だった。
ねずみの頭上では、宝石さんも輝いており――ねずみは、あわてて振り向いた。
「ちゅぅ~、ちゅうう、ちゅう、ちゅ~、ちゅぅ~」
一生懸命、お願いしている姿である。見ている犬耳さんと駄犬としては、混乱するだけであった。
だが、すでに手はずは整えていた。
カーネナイのお屋敷での、会議の結論だった。
先日の調査結果の報告をした、結論だった。
旅行代理店には問題がない。ねずみとしては、たくらみがないという結論であった。ただ、色々と呼び寄せてしまうきっかけになっているため、釘をさしておく必要があると、結論されたのだ。
ついでに、裏側にも知らせようという話になったわけだ。
犬耳のメイドさんがお使いとして、駄犬は見回りで、ねずみは天井裏からの見張りであった。
「行ってくる――」
スタスタと、進んだ。
ねずみと駄犬は、その後姿を、見送るだけであった。
「たいしたものだワン」
「ちゅぅ~」
駄犬は感心しており、それは、ねずみも同じである。
ねずみは、カーネナイ事件の黒幕、ガーネックが釣る仕上げを食らう場面を目撃しており、今も恐怖を抱いていた。
屋根裏から見ているだけで、正体がばれたわけではないが、恐怖なのだ。
犬耳さんには、かかわりのないことらしい。普段のお使いのようにノックをして、手紙を渡すというお使いなのだ。
裏社会だと言われても、怖い門番の兄さん達が待ち構えていても、まったく気にかけていないあたりは、さすがである。
忘れかけているが、獣人の国から訪れた、裏側に足を突っ込んでいる犬耳さんなのだ。
場違いに、注目を集めていた。
「お使いだから、裏口から、裏口への――」
すっと、紋章を見せつけた。
門番達を前に、スタスタと、歩いていた。どちらの力が上であるのか、確かめる必要もなく、犬耳さんが上と知っているための、気負いのない歩みだった。
「犬耳だと………いや、メイド服ってことは――兄貴っ」
「間違えだったら、運が悪かったって話だが――」
門番達が、警戒している。
それも当然である、体格で言えば、圧倒的に犬耳メイドさんが不利である。むしろ、このような場所に迷い込んだ不運を嘆くだろう。
そのような気配はまったくないために、門番達は警戒しているのだ。
思い当たるフシが、メイドさんだった。
「差し入れと言われて、死をお届けするメイドさん………仲間、いたんだ――」
「獣人なら、見た目にだまされるな。魔法使いと同じだ、見た目ではありえぬ怪力を発揮するんだ………うらやましい」
緊迫感が、勝手に盛り上がっていた。
普段はふざけて長身のメイドさんだが、『死をお届けするメイドさん』――という名前が広がっていたのかと、どこか納得だった。
暗殺者です――そのような気配を漂わせる執事さんと、死に神です――そんな気配をしている執事さんと、昔馴染みのような会話をしていたのだ。
では、犬耳さんは?
「では、邪魔をする――」
スタスタと、扉をくぐった。
ねずみと駄犬は、遠くからその姿を見守ると、行動を開始した。
ねずみは宝石を透明にして、屋根裏へ向かい、駄犬は周囲の見回りである。おこぼれを探す駄犬として倉庫の周りを見回り、もしかすれば情報を集めてくれるだろう。
情報収集はヘイデリッヒちゃんのお得意とするところだが、間違えても、お嬢様を裏側へと連れて着てはならないのだ。
ねずみは、走った。
「ちゅぅ~、ちゅううう~」
恐怖があるのだろう、ちょっとだけ、涙目だった
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