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ねずみと、夜空の下の思惑


 屋根裏で、ねずみは鳴いた。


「ちゅぅう~」


 哀れな――


 アーレックの姿をまぶたに浮かべ、ほろりと、涙がこぼれていた。


 アーレックと、このお屋敷の長女、ベーゼルお嬢様の婚約がなされたのは、つい最近の領主様開催のパーティーでのことだった。

 ベーゼルお嬢様が、ついに、指輪を受け取ってくださったのだ。


 まぁ、侵入者騒ぎがあって大騒ぎが起こったり、邪魔をされたベーゼルお嬢様がぶちきれたり、哀れな机が真っ二つにされたりしたが、些細ささいなことだ。

 ベーゼルお嬢様が、ついに婚約指輪を受け取ったのだ。


 結果、婿殿 VS フルアーマーの父親という、ディナーでの対面であった。


「ちゅ~………ちゅう~うう」


 あぁ~、一人身でよかった――


 ねずみは、手を伸ばした。

 自然なしぐさで、魔法を使った。山のように詰まれた銀色のコインの山から一枚、ふわふわと、泳ぎ始める。

 狼の顔が掘られた銀化が、手に治まる。ねずみの日課である、歯のお手入れのための品である。豪華であるが、褒美としてもらったコインなのだ。

 ニセガネなのだ。


 カーネナイ事件で作られた証拠品で、溶かして銀を抽出する手間隙より、ねずみへ褒章として渡したほうが早いという結論だった。


 カリカリカリカリ――


 今晩も、歯のお手入れは欠かせない。

 翌朝も、もちろん欠かせない。ねずみの歯は、一生延び続けるのだ。様々に考えるときにも、そして、ストレス発散にも、硬いものをかじるのだ。


 ねずみは、手を止めた。


「………ちゅうぅ~」


 改めて、ねずみは本日の出来事を振り返っていた。


 噂話が大好きなお嬢様ぶるお嬢様、ヘイデリッヒちゃんの発見とひらめきにより、怪しい人々が集まっていると気付けた。


 その調査の結果、《《2組》》の不審者と遭遇した。


 ドラゴンの宝石を手に入れたい、魔法使いとして力をつけたいという師弟コンビと、そして、ドラゴンさんとお友達になりたい、絵本にあこがれるお嬢様と下僕達だった。


 悪気があるというほどではない、だが、そんな皆様が集まった理由は何か。ドラゴンの噂が広まっただけで、フットワークが軽すぎる。


 答えが、旅行代理店であったが………


「ちゅうう、ちゅう、ちゅう~」


 結局、ウラなんてなかったなぁ~――


 名探偵として、ねずみは疑った。無邪気な人々を集め、注目させているうらで、大きな事を起こすのではないか――と


 実際は、大もうけのチャンスとばかりに、流行に乗っただけだった。予想を上回って、大変な事態が起こってしまうのは、仕方ないのだ。


 流行が、ドラゴンなのだから――


「ちゅぅう………」


 ねずみは、ニセガネの銀貨を足元へと置いた。


 明日が、思いやられると――



 * - * - * - * - *



 夜空に、不気味な音が響き渡る。


 かつん、かつん――と、杖を突く音が響き渡る。偶然、その姿を目にした人は、寝ぼけていると思い込むか、あるいは恐怖で逃げ出すか………


 逃げ出せない組長様は、震えていた。


「………お、お師匠様………よくぞ、おいでで」


 バケモノが、現れた――


 そんな恐怖で、引きつっていた。

 いいや、ただのバケモノならば、彼女の手に負えるだろう。並みの魔法使いを上回る力を持つ、魔術師組合の組長様だった。

 夜も遅くに、手元はランプを灯して、書類の残りを片付けていたのは、組長という地位のためである。


 ドラゴン関係が、大半である。


 今は、恐怖に固まっていた。


「はよ、あけろや」


 ミイラ様が、窓の外においでだった。

 御年おんとしは200歳の大台に杖をついているという、人間の限界をとっくに通り越したバケモノでいらっしゃる。肉体はとっくに滅びさり、ミイラとなっても魔力が動かしている。そのような表現をして、実は正解を得ているのではないか、そんな老婆が、長いローブを引きずって、空中にたたずんでいた。

 窓の、すぐ外から、見つめていた。


 まさに、恐怖だった。


「お、お師匠様………ほ、ほ………ほほ、本日はどのような御用向きで」


 組長の女性は、恐る恐ると窓を開けつつ、ご質問をした。


 受付の小雀どもには、陰でオバン様と呼ばれる年齢でもあるが、目の前のミイラ様に比べれば、小娘に過ぎない。


 ミイラ様は、面白そうに笑った。


「面白そうなのが、うろつきはじめてなぁ~………ただ、わずらわしいだけにならなきゃいいんだがなぁ~」


 こつん、こつん ――と、杖を突いて、組長様のお部屋を歩くミイラ様。

 楽しいことは歓迎である、長く生きれば、多少のトラブルは、むしろ娯楽である。しかし、わずらわしいだけなら、気分がよくないのだ。


 いや、困るような出来事も、全て娯楽として楽しんでいる節もある。そのような境地に達するには、人間の寿命では、とても足りるまい。

 そんな感想を抱きつつ、組長のオバン様は、冷や汗をかいた。


 トラブルの後始末は、自分がこうむるのだから。


「りょ、領主のヤツにも、ちゃんと話はしております………裏側にも――」


 組長とは、この町の魔術師組合においての、最高権力者である。

 そして領主とは、この町を治める、一番えらい権力者である。自分ひとりで背負ってたまるものかと、にこやかに責任の分散を図っていた。


 もちろん、ミイラ様は領主のお屋敷へも、遠慮なく足を運ぶだろう。人間の枠を超えているミイラ様にとっては、小娘、小僧と言う扱いに過ぎない。それが、言葉通り人間ではないドラゴン様にとっては、なおさらだ。


 赤毛のロングヘアーが、月夜に踊った。


「うん、人間のことは、まぁ、人間に任せるけどさぁ~………面白そうな子たちを捕まえたから、遊ばせようかなってね?」


 オバン様は、あわてた。

 すぐに正体に気付いて、緊張がさらに増した。

 なぜ、気付くことができなかったのか。組長のオバン様は、驚きながら、わずかにあとずさる。


 ドラゴン姉さんの、登場だった。


 ベランナと名乗っている。スタイルはとてもよく、また、夏と言うこともあって薄着である。攻撃的な衣装といえる赤毛のお姉さんは、街中で若者達のリーダーをしてもおかしくない。


 あくまで、見た目だけの話だ。


「ドラゴン様におかれましては――」

「あぁ、いいって、遊びに来てるだけだし………面白そうなことだったら、歓迎ってだけだから――」


 脈絡もなく、赤毛のお姉さんは消え去った。


 楽しいことが会ったら、教えてね――という、気楽な挨拶だった。


 組長様の挨拶の途中であったが、気にするドラゴン姉さんではない。もちろん、挨拶を遮られたと、気分を害するオバン様でもない。


 助かった――と言う気持ちが、大きいのだから。


 ミイラ様は、笑った。


「ははは、ドラゴン様は、自由だなぁ~」

「ははは、そうですね、ハハハハハハハ」


 組長様も、笑っていた。


 あぁ、ミイラになる日が早まっていると、そっとまぶたの横に手を添えていた。苦労の足跡と言う、別名はカラスの足跡に触れながら、そっと伸ばした。


 苦労を背負わされた証が、深まっただけだった。





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