ねずみと、旅行代理店
事件の解決とは、とてもあっけないものだ。
そもそも、事件など起こっていないのが、真相ではないのか。とあるお店の天井裏にもぐったねずみは、そんな感想を抱いていた。
ねずみは、だれていた。
「ちゅ~………ちゅうう~」
あ~………出番なしか~――
そんな気分が、態度でも表れている
名探偵としては、油断をしてはならない。裏の顔もある、そのような気持ちを忘れてはならないと思いつつ、だれていた。
尻尾をだらりとさせて、隙間から眼下の光景を見つめていた。
眼下では、店長さんが腰をかがめていた。
「これはこれは、ヤビッシュ家のお坊ちゃまではありませんか………それに、ホレッポ商会のお使いの人まで………シンシアお嬢様は、お元気ですかな?」
旅行代理店の店長が、自らで迎えていた。
人数も、あまり多くない、数人で動かしているようだ。ねずみが屋根裏へと侵入を果たした、そのタイミングでの、お坊ちゃま達の入店であった。
数日前の、作戦通りであった。
お茶会へ、お坊ちゃま達を誘ったのは、誰のアイデアだろう。面白そうだという、赤毛のドラゴン姉さんのアイデアだ。
自らの存在が、町に混乱をもたらしている。なら、もっと楽しくなりそうと言う、なんとも迷惑であり、そして解決へ向けた動きでもあった。
問題の種となりそうな皆様を集めて、解決へ向けて動くことが、結論だった。例えささやかな動きでも、どのような事態に発展するか………
本日の訪問は、その一歩だった。
まさか、黒幕と思われた旅行代理店が、すぐに見つかるとは思わなかった。各都市にある支部のひとつと言うか、拠点のひとつと言う、小さな店舗だった。
貸し店舗だろう、様々な町や観光地に拠点を持ち、ネットワークがあるからこそ、情報は正確だと信用があるのだ。
ねずみの眼下では、和やかな会話が続いていた。
「偶然、町で会いましてね………ドラゴンの話で――」
「そうそう、おかげでお嬢様から解放され――偶然ですね~ってことで、他にも客がいるのかな~ってね?」
「はぁ………まぁ、有名になってますからね~、ゆとりのある方々は、ちょうど世間では夏休みでもありますので――」
ドラゴンの出没は、遠くの町に届くほどの大事件である。災害をもたらす存在として知られ、手を出してはならない存在としても知られている。
同時に、恩恵もすさまじく、危険を承知でお近づきになりたい人は、いくらでもいるのだ。
先日の、お茶会の新たなメンバー達である。
ドラゴンの宝石が目当ての魔法使い師弟はわかりやすく、ドラゴンとお友達になりたいお嬢様のワガママは、可愛らしいものだった。
では、その夢を利用して引き寄せた旅行代理店は、何者だろう。名目どおりに、手数料だけが目当てなのだろうか。
ねずみは、注意深く見つめていた。
「ちゅう~、ちゅうう、ちゅう~」
表の顔だけで油断しては、大変だ。
かつての銀行強盗事件や、その原因であるニセガネの銀貨の鋳造および拡散というカーネナイ事件の裏側には、金貸しのガーネックという黒幕がいたのだ。
今は、色々と明らかになって、ガーネックさんはダイエット食の毎日だろう。お酒も、長い禁酒と言う日々に違いない。
ちょっと、顔を見に行くのもいいかと思いながら、動きに注目していた。
動きが、起こった。
「では、これからもごひいきに――」
「あぁ、邪魔をした」
「それでは――」
ちょっと、知り合いに挨拶をした。
その程度の会話であるのは当然だ。怪しまれてはいけない、まずは、ねずみをこの場所に連れてくることが目的だったのだ。
ヤビッシュ家の三男坊と言うウルナスお坊ちゃまは、そっと天井を見つめて、そして、お嬢様の使いの人と共に、店を出て行った。
訪問の理由は、偶然の出会いの報告と、ちょっとした好奇心だ。
若者としてはおかしくない理由であり、また、他にドラゴンを目当てとした客がいるのか、その情報も必要だった。
客の情報なので――と、やわらかに断ったのも、予想通りである。
ねずみは、動いた
「ちゅ~、ちゅうう~」
久々の、調査だ――
遊びではないが、大冒険という探検に、久しく忘れていた少年の心が躍り始める。ねずみになる以前も、17歳と言う少年であったが、ワクワクは止められないのだ。
そんな気分で、旅行代理店のおっさんの動きを追った。
すぐに階下に降りて、帳簿を盗み見たい誘惑に駆られるが、それは後でも良いと、走った。
背中の宝石も、ドキドキと輝いている。最近はお茶会ばかりで、すこし退屈していたのだろう、嬉しそうだ。
ねずみは、立ち止まった。
「ちゅ~、ちゅうううぅ~」
宝石を見上げて、鳴いていた。
ねずみが、天井裏にいても、足元に現れても、それはねずみと言う理由で十分で、怪しまれることはない。
下手をすれば武器が飛んできたお屋敷もあるが、それだけだ。
宝石がセットであれば、大変だ。
「ちゅ~、ちゅうう~、ちゅうぅうう」
おい、頼むから、おとなしくしてくれよ――
ドラゴンの噂も仕入れている旅行代理店である。すぐさま、魔法使いの関係者だと、警戒されるだろう。少なくとも、調査は失敗することになる、名探偵として、それは避けたいねずみは、見上げていた。
宝石は、ピカピカと陽気に光っていた。
細かいことは、気にしなさんな――
そんな、陽気な兄さんにも見えてくる。ねずみは、自分の性格が乗り移ったような気持ちになることもあり、別の人格があると思うこともあり………
ねずみは、再び走り出した。
「ちゅうう~、ちゅううぅ」
まずは、調査であった。




