しゃべる犬と、公園と
とある、公園の昼下がり。
その時刻もとっくに過ぎ去って、オヤツ時も過去のこと、それでも、青空はどこまでも続いていく。
真夏ともなれば、本当にどこまでも続くようで、遠くに見える大きな雲が恋しくなる。公園のように、木々が植えられている空間は、この時期では楽園だ。
その一角で、おっさんが叫んだ。
「い、犬がしゃべったぁああああ」
穏やかな午後の風を、切り裂いていた。
魔法使いのロープに、清潔な服装のおっさんだった。実力は中堅でありながら、裕福なお坊ちゃまの師匠に採用されたおかげで、とても腰の低い師弟関係なのだ。
今は、驚きに指を刺していた。
犬が、しゃべった――と、騒いでいた。
「ちゅぅ~、ちゅううう?」
ねずみは、あきれて駄犬を見上げていた。
おまえ~、なにしてくれてんの?――と、あきれていた。そのしぐさは、とても人間くさい、見る人が見ればわかるのだ。
目の前には、魔法使いのおっさんがいたが、今は、犬がしゃべったことのほうが、大事件のようだ。
背中の宝石にも、すでに気付いている。ねずみに知性が芽生えたという驚きは、静かなものだった。
お嬢様が、現れた。
「どうしましたの?」
「師匠………ここは公共の場です、すこし、声を抑えてください――」
お坊ちゃまも、おそろいだ。もちろん、大きなリボンのお嬢様は、そっくりのリボンをしたお猫さまを抱いている。お嬢様には大きいのか、白いモフモフで、前がほとんど見えていない様子である。転ばないか、ちょっと心配だ。
そんなねずみの目線など、気付くわけがない。お師匠様が、騒いでた。
「いいいい、いい、犬が………――うをっほん」
どうやら、気を取り直したようだ。
どのように売り込んだのか、その出会いは不明である。しかしながら、裕福なお坊ちゃまの師匠ともなれば、生活はとっても楽になる。衣服にも表れている、どこにでもいる魔法使いは、下級の役人か、それ以下の給料と言う現実が待っている。ボロの衣服が普通である。
なのに、しっかりと身なりを整えている。弟子から巻き上げる非道が出来るわけもないが、とっても裕福であれば、安心だ。
そのため、気遣いというか、表面的には大人として、身分ある人物を演じる必要があるのだが………
「いいいい、いいですかな、犬と言うのは、しゃべらないものなのです」
「………まぁ、そうですわね」
「………それが、なにか?」
お師匠様は、駄犬を指さしていた。その指先につられるように、大きなリボンのお嬢様も、そして、お坊ちゃまも駄犬を見ていた。
ねずみも、見ていた。
見られている駄犬は、何とかごまかそうと、必死である。人間のことなど、知らぬ存ぜぬという駄犬として、押し通すしかない。
最近は、油断が多いのだろうか、人前で言葉を話せば、騒ぎになると分かっているはずなのだ。
どこにでもいる駄犬は、不動を貫いていた。
「お坊ちゃまにはご存知ないでしょう、犬は、しゃべらないものなのです。そして、それは魔法を使っても同じこと。お嬢様を前に、夢を壊すようで申し訳ありません、それが、魔法としての常識なのです」
犬は、しゃべらない。
その常識を口にすることが、これほど難しいことであるのだ。その常識を知る以前のお嬢様は、きょとんとしていた。
加えて、リリーちゃん、しゃべれる?――と、見詰め合う可愛らしさである。まだまだ、夢見るお年頃なのだ。
恋に恋する12歳でも、まだまだ、可愛らしいお子様である。狙われた15歳ほどのお坊ちゃまは、不思議そうに駄犬を見つめた。
「犬は、しゃべらない………まぁ、風の魔法などで、犬がしゃべったように見せる………程度は、できそうですけど?」
魔法による常識の、返礼だった。
お坊ちゃまは、よく、学ばれているようだ。もちろん、普通の犬はしゃべることができない、動物を使役する魔法もあるが、しゃべることができない。
元々、しゃべることの出来る鳥など、例外がいるだけだ。
そして、犬はしゃべらないのだ。
お坊ちゃまの師匠が驚いたのは、当然なのだ。
常識を打ち破った駄犬ホーネックは、沈黙により、あがいていた。ねずみには分かる、その額からは、だらだらと汗が流れていると。
長年の付き合いと、想像力のなせる業だ、駄犬ホーネックは、あわてていた。
「師匠、それがどうしたのですか………まさか、誰かが魔法を?」
「あら、犬さん?しゃべれますの?」
駄犬は、必死であった。
仲間内では言葉を交わし、お子様達の前では手遅れだった。
そのため、油断があったのだろう、マントの二人組みを前にしては、駄犬のままだったと忘れていたようだ。
「その犬………そういえば、下水で、輝くねずみ様のお供の――」
「そういえば、そうだった………あれ、さっき女の子達と帰ってなかったっけ?」
ねずみは、駄犬にだけ分かるように、サインを送った。両手を口にして、しゃべるな――と言うジェスチャーだ。
口を閉じろ――でも通じる、返事の変わりに、はっ、はっ、はっ――と、駄犬の演技に戻っていた。
見事なる、駄犬であった。
「はっ、確かに今、しゃべったよな?」
「はっ、はっ、はっ………わんっ」
駄犬ホーネックは、ごまかすことに成功したようだ。
かつては、本以外に興味はないという魔法使いの見習いの一人で、今は、見事に駄犬としての日々を楽しんでいた。
そこに、飛び出す影があった。
「あぁ~、やっぱりいたぁ~っ」
ずささ――と、元気一杯のお子様が、仁王立ちだった。
ねずみなど、逆らえるわけもない、お世話になっている騎士様のお屋敷の次女である、オーゼルお嬢様の、登場だ。
家に帰したはずであるが、ねずみは、尾行されていたらしい。
つまり――
「おぉ~………さすが魔法少女、よくみつけたね~」
その横を、ふわふわとオレンジのツインテールちゃんが浮かんでいた。
好奇心が旺盛な子犬のような女の子だが、なにか、きっかけがあったのだろう、空中に浮かぶという、離れ業を成し遂げていた。
物体を浮かばせるには、それだけの魔力が必要だ。自分の体を軽々と浮かべるということは、それだけの魔力の持ち主と言うことだ。
「ちゅぅ~、ちゅうう、ちゅう~?」
ねずみには、とても既視感を覚える。仲間内の暴走娘、フレーデルちゃんとそっくりの立ち居地なのだ。
ふわふわと体を浮かべ、そして、トラブルを巻き起こすのだ。
将来が、とっても心配だった。
お子様探偵団は、3人の女の子で構成されている。
ねずみがお世話になっている騎士様の家の女の子、オーゼルお嬢様に、お友達にツインテールちゃんというフレデリカちゃんに、そしてあと一人、噂話が大好きなポニーテールちゃんというヘイデリッヒちゃんだ。
どうやら、追いかけてきたようだ。
「はぁ、はっ………ず、ずるいですわよ、魔法を使うなんて」
ヘイデリッヒちゃんは、お疲れのようだ。
そして、お怒りのようだ。
とりあえず、両手を前にさしだし、まぁ、まぁ――と、愛想笑いを決め込んだ。
距離があるため、ねずみの表情を読み取ることは出来ないだろう。しかし、このしぐさで、察するはずだ。
ご機嫌を取ろうとしていると、分かるお年頃だ。
駄犬も、付き合ってくれている。
「はっ、はっ、はっ………わんっ」
かろうじて、言葉を口にすることは、耐えたようだ。両手を前にして、はっ、はっ、はっ――と、愛想笑いを決め込んだ。
まさに、駄犬らしいポーズである。その目線は、駄犬の相棒となりつつある、噂話を集めることに情熱をささげる女の子がいた。
ヘイデリッヒちゃんは、腰に手を当てていた。
「つけてきて、正解でしたわっ」
お子様探偵団が、集結していた。
ねずみは、家路へと送ったはずだった。だが、子供の好奇心と、女の子の直感を侮っていたようだ。
大きなリボンのお嬢様は、マイペースでご挨拶だ。
「あら、ごきげんよう?」
「さっきの女の子達………って、浮かんでる?」
「ぼっちゃま、安心なされませ、ドラゴンの宝石を手にすれば、必ずや――」
しゃべる犬の話は、こうして消えることとなる。
ところで――と、ねずみは顔を上げた。
「ちゅうう~、ちゅう、ちゅうう?」
おまえ、何しに来た?――と、見上げていた。
申し訳ありません、ヘイデリッヒちゃんのヘアスタイルの描写にミスがありました。
オーゼルお嬢様はストレート
ヘイデリッヒちゃんはポニーテール
オレンジのツインテールは、子犬のように元気なフレデリカちゃんです。
一部、ヘイデリッヒちゃんとフレデリカちゃんでヘアスタイルが混同していました。1/22に修正済みです。
ご迷惑御おかけしました




