お猫さまと、ねずみと、恋人達
公園は、湖と木陰と、涼しい風に覆われた空間だ。
炎天下であっても、木陰が、吹きぬける涼しい風が、人々を守ってくれる。そのために、ちょっと一休み、あるいはデートスポットとして、にぎわっている。
そんな木陰の下で、ねずみは上を見つめていた。
「にゃ~ご………にゃぁ~ご………」
お猫さまが、騒いでいた。
「にゃ~ごぉ~、にゃぁ~ごぉ~………」
助けろ――と、えらそうに鳴いていた。
ねずみは、お猫さまの言葉が伝わるようだ。えらそうな態度と思ったのは、高い場所から見下ろしているからだろうか、白いふわふわな毛並みのお猫様が、木の上から、ねずみを見ていた。大きなリボンは、お嬢様とおそろいだった。
ねずみは、見上げていた。
「ちゅぅ~、ちゅううう、ちゅう?」
両手をだらりと前にたらし、のんきに鳴いていた。
人間らしいしぐさをすることもあるが、ねずみが、さっと立ち上がった姿勢である。自然体と言うべきか、バカにするでもなく、おびえるわけでもない。まともに取り合うのがバカらしく感じたための、静かなる心のようだ。
おっさん魔法使いも、見上げていた。
「あぁ~、ねずみにまでバカにされて………おかわいそうに」
お坊ちゃまの師匠は、お猫さまにも腰が低いようだ。それにしても、助けないのはどうしたことだろう。ねずみは、ただ、見上げていた。
そこへ、マントの二人組みが、駆けつけた。
「あぁ~、バカ猫様が、また木に登ってるよ」
「しっ、お嬢様のご友人だ。言葉を慎め………」
兄弟分らしい、本音が駄々洩れだった。ねずみが新たな見世物を見つめていると、兄貴分はゆっくりと笑顔を作った。
ひたすらにゴマをする、まさに下っ端と言う笑みで、お坊ちゃまを見つめた。
「さぁ~、お坊ちゃま、出番でございます。いい所を見せてあげてくださいな」
「いつものように、おねがいしやす」
弟分も笑みを浮かべる、マントの二人組みが、にこやかだ。
まるで、お決まりのセリフのように、出番です――と、イスにくくりつけられたお坊ちゃまへと向けて、微笑んでいた。
「あぁ~、リリーったら、またぁ~」
「リリーちゃん、またですか――」
お嬢様は、のんきに驚いている。どうやら、バカ猫様といわれるほどに、いつものことらしい。
一人、お坊ちゃまは立ち上がった。
ロープでくくりつけられていたが、さすがは魔法使いである。まだ少年という年齢であっても、逃げ出す程度の実力はあるようだ。
強引に逃げ出すと、お嬢様の怒りを買うため、つかまっていただけだ。
「リリーちゃん、暴れないで下さいね………」
よく、わきまえたお坊ちゃまだ。
出会いは、堂々としたものだった。魔法使いのローブをはためかせて、『ヤビッシュ家の三男坊』と名乗ったお坊ちゃまは、今や忠実なる奴隷であった。
その名を、恋人と言う。選択肢は、どうやらお坊ちゃまには存在していないようだ。
ねずみは、そっと顔を覆った。
「ちゅぅ、ちゅううううう~………」
悲しそうに、顔を伏せていた。
裕福な身なりに嫉妬した。そして、生意気に恋人?もセットと言うことでも嫉妬した。しかし、その実は、見たとおりの奴隷であると知ったのだ。
哀れみに、涙がこぼれていた。
頭上では、お猫さまが騒ぎ始めた。
「にゃぁご、にゃぁああ~ごぉ~」
ふわりと、バカ猫さまが浮かび上がった。ふわふわな白い毛並みが揺らめいて、お嬢様と同じ大きなリボンが踊っている。
バカ猫さまの鳴き声で、とっさに上を見たねずみだが、何でもないと、静かな微笑みに戻った。
「ちゅぅ~、ちゅちゅう、ちゅ~」
「あぁ、見たとおり、魔法の才能は、しっかりとあるお方なのだ………」
おっさん魔法使いは、誇らしげだ。
お坊ちゃまは、それなりに魔法を扱えるようである。バカ猫さまは、空中であがいているが、浮かび上がっていては何もできない。
木の上から、池に落とされたような気分なのだろうか、あがいていた。
すぐに、無駄だと分からないのは、猫なので仕方ない。飼い主に抱かれてさえ、暴れることもあるのだ、信頼関係と、個性の問題だ。
飼い主様が、両手を広げていた。
「さぁ~、おいで、リリー~」
大きなリボンのお嬢様は、大人ぶる12歳であり、まだまだお子様である。仲良しのお友達が戻ってくるのを、無邪気に待ち構えていた。
エサをくれる人だと認識しているのか、リリーちゃんも落ち着いたようだ。これで、暴れ続ければ、飼い主であるお嬢様が、すこしかわいそうである。
静かに、白い毛玉がお嬢様を覆いつくした。
それなりの巨大さだったようだ、クッションに顔をうずめたお子様状態になっている。ヘアスタイルは、大丈夫だろうか。
毛むくじゃらの隙間から、お嬢様は顔を出した。
「ありがとう、さすがウルナス様ですわ」
嬉しそうに、バカ猫さまを抱きしめていた。
「いやぁ~、何度でも………ははははは」
お坊ちゃまは、笑っておいでだ。
ロープから解放されても、お嬢様の微笑からは、解放されないようだ。これで、ますます二人の絆は強くなったに違いない。
ねずみは、やさしく笑みを浮かべていた。
「ちゅちゅ~、ちゅうう、ちゅうう」
後ろでは、宝石もピカピカと、若い恋人たちを応援していた。
ヤビッシュ家の三男坊と名乗ったウルナスお坊ちゃまは、すでに、将来が確定しているようだ。逃げ出そうとしても、不可能に違いない。
お嬢様は、獲物を捕らえた子猫のように無邪気だった。リリーちゃんと言うお友達と、ウルナスお坊ちゃまの両方を抱きしめて、ご満悦だった。
マントの二人組みも、嬉しそうだ。
「よかったですね~、バカ猫さま」
「さすがはお坊ちゃま。これで、俺らもお嬢様から解放される日も近い」
本音が、かなり駄々漏れの手下達である。しかし、ワガママなお嬢様に振り回される日々に、バカ猫さまもセットなのだ。
おっさん魔法使いも、嬉しそうだ。
「ははは、さすがはお坊ちゃま。私の将来も安泰ですぞ」
本当に、嬉しそうだ。
ねずみは、温かい瞳で見つめていた。魔法の力はそこそこで、そして、生きた年月を修行に費やしていれば、そこそこと言うお師匠様になれるのだろう。
一般的な、中堅魔法使いといったおっさんだった。
そして、ねずみの本来の姿である、修行中の少年の、未来の姿であろう。あるいは、魔力が不足しているため、追いつけない高みかもしれない。生まれ持った魔力は、努力で埋められない寂しさがあるのだ。
そのため、魔法の薬や魔法の道具があり、魔法の宝石の代表であるドラゴンの宝石は、喉から手が出るほどほしいのだ。
おっさんは、ねずみを見ていた。
「これで、ドラゴンの宝石さえ手に入れば………」
ねずみは、一歩下がった。
宝石は、ねずみの背中に隠れた。
その上に、陰が覆いかぶさった。
「………なにしてるんだワン?」
駄犬ホーネックが、現れた。




