公園のデートと、ねずみ
今日も、いい天気だ。
おやつ時を過ぎた今も、真っ青と言う青空は、どこまでも続く。
公園の芝生は青々と、湖越しに吹き抜ける風は涼やかにかけぬける。適度な間隔で植えられた木々に、湖に、芝生の空間は、休息を取るには最適だった。
暑さから逃れるにも、デートをするにも、最適だった。
ねずみは、泣いていた。
「ちゅちゅう~、ちゅう、ちゅううう、ちゅ~」
地面に拳を打ち付けて、悔しがっていた。
頭上では、宝石さんが、ちかちかと輝いていた。
まぁ~、気を落とすな――と、慰めているのかは、分からない。ねずみの背後をふわふわと浮かんで、楽しそうだ。
目の前では、偶然に出会ったお坊ちゃまと、お嬢様がデートをしていた。
「ちゅぅ~、ちゅううう、ちゅう~、ちゅうううう」
木陰に隠れて、悔し涙に、泣いていた。
目の前では、若き恋人たちが幸せそうだ。うらやましくない――という強がりで、目の前の幸せな光景を否定しているのだ。
楽しそうなデートの光景が、広がっていた。
「ふふふ、やっぱり運命なんですわっ」
巨大なリボンのお嬢様が、微笑んでいた。
12歳と、オーゼルお嬢様たちより、すこしお姉さんのお子様が、勝利者の笑みを浮かべていた。
お子様であるため、ほほえましい――と言う感想になる光景だ。ごっこ遊びと、本気との境界線などは、あるのだろうか。
ほほがうっすらと染まって、恋する乙女であると、誰が見ても分かる。獲物を捕らえて、満足している、子猫様の笑みにも見える。
獲物は、ただただ、まっすぐと前を向いていた。
「ははは、偶然って、おそろしいですね」
お坊ちゃまは、棒読みだった。
イスに縛り付けられているのだ、それ以外に、なにが出来よう。魔法でロープを解く芸当が出来ても、逃げられるわけがない、恋する乙女が、目の前だ。
清潔な身なりの少年は、姿勢はよく、よい育ちであると診て分かる。愛想笑いでも、棒読みであっても、相手を気遣うやさしさと、お心のゆとりがすばらしい。
先日、突如として遭遇した《《2組》》の2人組みは、合流していた。
お嬢様の配下であるマントの二人組と、魔法使い師弟コンビの二人組の、出会いであった。
面識が、あったようだ。この町で、偶然に再会して、その嬉しさから、お嬢様はお命じになったのだ。
捕まえなさい――
マントの二人組みは、ただちに――と、お坊ちゃまへと突撃、情けないお師匠様は、ただただ、見ているだけだった。
イスに縛られ、デートの始まりだ。
「あの旅行代理店………だったか、ドラゴンの宝石が手に入るかも――などと」
「そうそう、聞いたとおりに、この町の空を、ドラゴンが飛んだって。皆さん知ってるから、間違いないですわ~」
どうやら、同じ噂を聞きつけていたようだ。正しくは、黒幕?らしき何者かにそそのかされて、集まったようだ。
ねずみは座り込み、腕を組んだ。
「ちゅぅ~、ちゅううう………」
黒幕が、いるようだが………――
名探偵としての、直感が叫んでいた。
退屈したお嬢様たちは、すぐに家に戻した。しかし、ねずみは続きが気になり、探していると犠牲者の末路を発見したわけだ。
公園デートだった。
確かに、ドラゴンが出没する森と、夕焼け空をドラゴンが飛ぶ姿を見たという声と、そして、謎の宝石と、噂がたくさんの町となっている。それでも、真偽を確かめるために、わざわざ足を運ぶだろうか。
呼び寄せる、仲介業者がいるようだ。
旅行代理店――と、名乗っていたようだ。情報も与え、確かめるための旅路に、噂の拡散にと、忙しいことだ。
悪人なのか、ただ、上前をはねようというだけか、分からない。この町にドラゴンが出るという噂があって、訪れる好奇心たちは、それなりにいるためだ。
テーブルでは、会話が弾んでいた。
「わたくし、子供の頃からの夢がありましたの………それは――」
恋する乙女で、夢を語っていた。
ドラゴンと、お友達になりたい。
絵本の魔法使いや勇者や王様や、そしてお姫様は、ドラゴンと友達になることが多い。そして、悪者をやっつけた、災いから人々を救ったという物語だ。
あくまで、子供向けの物語だ。
ドラゴンとは、知性を持つ災害である。
故に、友情を育めば、人知を超えた恩恵を受けることも出来る。気まぐれの恩恵であっても、とてつもない恵みとなるのだ。
逆鱗に触れれば、災いとして襲い掛かるために、とっても注意が大変である。そのために、人と住まいを隔て、また、交流はドラゴンの神殿を通しているわけだ。
ドラゴンの神殿に住まうだけで、桁違いの魔法の力を必要とする。ドラゴンに悪気がなくとも、ツバサを羽ばたかせるだけで、嵐を呼ぶという。やや大げさな表現でも、人が吹き飛ぶ羽ばたきは、大げさではない。
吹き飛んだねずみが、証言者だ。
吹き飛ばした雛鳥ドラゴンちゃんに、悪意などあるわけがない。そもそも、気付くことすらできないのだ。
故に――
「魔法使いでも、よっぽど力の強い人じゃないと、本当は近づくと――」
「えぇ、だから、ウルナス様には、ドラゴンの宝石が必要なんですわよね?私と一緒に、ドラゴンさんとお友達になるために――」
ヤビッシュ家の三男坊というお坊ちゃまは、ぼんやりと、前を向いていた。ドラゴンの宝石を手に入れる。それを目的とした訪問であり、偶然、手に入れれば文句を言われないという裏技のために、この町を訪れたわけだ。
なぜか、大きなリボンのお嬢様は、自分のためにドラゴンの宝石を手に入れると解釈しているようだ。
反論は、命に関わるだろう。捕われのウルナスお坊ちゃまの運命は、恋する乙女が握っているのだ。
お師匠様は、木陰から見守っていた。
「おのれ、ねずみめ………おのれ、ねずみめ………」
先を越されたと、ねずみを睨んでいた。
ぶつぶつと、ねたましそうに木陰で見つめる姿は、警備兵に通報されそうだ。ねずみを発見、宝石を輝かせる姿を見つめて、嫉妬していた。
よこせ――と、見つめていた。
そして、それが出来ないことは理解しているようだ。小動物であっても、すでにドラゴンの宝石を背にしている、どのような加護を得ているのか、並みの魔法使いに抗う術があるはずもない。
それだけの自信があれば、わざわざ、ドラゴンの宝石を求めて、この町へと足を踏み入れることもなかっただろう。
ただ、睨んでいた。
「ちゅぅ~、ちゅううう」
「な、なんだ、ねずみめ、私の言葉が分かるとでも言うのか」
「ちゅ~………ちゅちゅう、ちゅう~、ちゅうう」
「………くっ、ドラゴンの宝石とは、ねずみに知性まで与えるというのか――」
「ちゅちゅう、ちゅ~、ちゅ~」
「あぁ、笑ってくれ………そうさ、夢を見るチャンスがあれば、飛びつくのが人間というものだ………ねずみには、分かるまい………」
お坊ちゃまのお師匠様は、なぜか、ねずみと会話をしていた。
通じているか不明であるが、ねずみは、同情の瞳で見上げていたのだ。底辺をこそこそと走り回る身の上は、あるいは、多くの魔法使いの未来の姿である。
ねずみも、何事もなく魔術師組合の魔法使いとなっていても、やはり貧しい暮らしの、底辺暮らしだったろう。そう思うと、他人事ではないのだ。
目の前のテーブルの暖かな世界など、縁遠いのだ。
頭上から、声がかけられた。
「にゃ~ご………にゃぁ~ご………」
お猫様が、見つめていた。
ふわふわな白い毛並みは清潔で、大きなリボンは、目の前のテーブルのお嬢様と、お揃いであった。
2匹は、見つめ合っていた。




