魔法の、ティータイム
ねずみはクッキーを手に、昨日のことを思い出していた。
「ちゅぅ~………」
下水で出会ったのは、マントの二人組みだった。
怪しげだと、その姿で、態度で分かる二人組みだった。
ドラゴンを崇拝する言葉を口にしていたが、それにしては、正式な手続きを考えていない様子だった。少しでも常識があれば、ドラゴンと触れ合うことなど、不可能であると知っている。
自分達は、例外と言う以前に、ドラゴンの気まぐれに巻き込まれたという、丸太小屋メンバーなのだ。今頃は、リーダーのレーゲルお姉さんが、お世話にいそしんでいるに違いない。
ねずみは、クッキーをかじった。
サクサクサクサクサク――
全てが、どうでもよくなった。
今は、サクサクとした歯ごたえに、酔いしれたい。ほのかな甘みと、サクサクとした歯ごたえは、ねずみの好みだ。
目の前で、クッキーたちがふわふわと浮かんでいるが、もはや、誰の仕業かわからない。
ポニーテールちゃんが、叫んでいた。
「ちょっと、オーゼルさん。前に魔法少女じゃないって言ってましたわよね?」
ちょっと、涙目だ。
3人組の中で、魔法を使えないのが、自分だけとなってしまった。仲間はずれで、悔しいのだろうか、驚かされて、悔しいのか。ねずみには、分からない。
悔しいという、意地っ張りの女の子の心は、知らないほうが幸せなのだ。
駄犬が、鳴いていた。
「お嬢様、落ち着くんだワン、オーゼルお嬢様が空を飛んだ話は、前からだワン」
ヘイデリッヒちゃんを慰めるように、前足でワタワタとしていた。
そう、宝石の皆様と共に、空を飛ぶ魔法少女なのだ。クッキーを浮かべるなど、今皿である。
オーゼルお嬢様が、そんな不思議に巻き込まれたのは、ずいぶんと昔に感じる。最近などは、丸太小屋へと足を運ぶようになっていた。ねずみを迎えるため、宝石の皆様と共に、現れるのだ。
お茶をするまでになったのは、最近だが………
ねずみは、ふわふわと浮かぶクッキーを見つめて、鳴いた。
「ちゅぅちゅうう、ちゅ~………」
魔法少女、かぁ~――
宝石の影響を受けているのは、ねずみだけではなかったようだ。
ねずみも魔法の力を有しているが、自らを浮かべるほどではない。宝石の力のおかげで、魔法らしい力を扱えるのだ。
お嬢様も、魔法を使えるようになっただけだ。
他にも、たくさんティーセットが並んでいる。
塩気のあるビスケットは、オリーブと言う油っぽい触感の果肉と、チーズのまったりとした塩辛さとあわされば、立派な食事となる。
小さなサンドイッチも、忘れてはならない、豪華な軽食の皆様が、テーブルに並んでいた。
ねずみは、考えることをあきらめた。
「ちゅぅ~」
サクサクサクサク――と、リスのように、とまらない。
本日は、あやしいマントの二人組みの報告のために、カーネナイのお屋敷を訪れたのだ。真の主?の、ロングヘアーのメイド様には、筆談で報告をした。
なら、役目は終わったのだ。ツインテールちゃんの暴走にさえ、注意すればいい。謎の二人組みには、もう会わせないように注意すればいいのだ。
ねずみは、魔法の空間を見つめた。
クッキーが、目の前を浮かんでは、立ち去っていく。出番が待ちきれないように、色々たくさん、空中で踊っていた。
「ねずみさん、フレデリカさん、イタズラしてはいけませんよ?」
「それ、オーゼルじゃないの?」
「ちゅぅ~、ちゅうう、ちゅう、ちゅ~」
いたずらっ子のオーゼルお嬢様は、目の前でクッキーを整列させて、微笑んでいた。思い通りに魔法を操れて、面白いのだろう。
「うぅ~………私だけ使えないの?」
「お嬢様、ちょっと落ち着くワン」
「ちゅぅ~、ちゅう、ちゅ~ちゅぅ~、ちゅうう」
「あぁ~、それ、わたしのぉ~」
「ちゅぅぅうう?」
クッキーにビスケットにチーズの切れ端に、ナプキンに、もちろんクマさんのぬいぐるみも、空中で踊っている。
捕まえてご覧なさい――とでも、言っているのだろうか、それとも、一緒に遊ぼうよ――と、誘っているのだろうか。
クッキーをビスケットが追いかけ、その後ろをチーズの切れ端が追いかけ、ジャムを載せたスプーンが、さらに追いかけて………
絵本に登場してもおかしくない、魔法のお茶会であった。
赤いチョッキのフレッド様は、つぶやいた。
「オレの屋敷が、お化け屋敷が――」
「フレッド様、落ち着いてください。お化け屋敷ではございません」
「いや~、最近の子供はすごいんだなぁ~、俺たちなんか、必死で壁を這い回ってるのにさぁ~」
「兄貴ぃ~、みてみて、クマのぬいぐるみさんが、コンニチワって――」
「いいわねぇ~、魔法少女………あこがれたものよ」
「………便利そう?」
「同属だと思ったのに、そっか、魔法を使えるのかぁ~………」
カーネナイのお屋敷は、魔法の空間になっていた。
お屋敷の主であるフレッド様は驚き、執事様は落ち着き、かつては盗賊だった四人組みの皆様は、無邪気に見つめていた。
犬耳さんなど、本当にうらやましそうに見つめていた。
スレンダーメイドさんは、ティーカップを手に取った。
「ボクにもお代わり、もらえる?」
いつのまにか、空になっていたようだ。
自分で注いでもよいと思うが、ティーポットはただいま、空中のお遊戯に忙しく、手元から浮かび上がっていたのだ。
ねずみが、返事をした。
「ちゅぅ~、ちゅうう~」
ティーポットが、浮かんできた。
ねずみも、浮かんできた。
「ちゅぅ~、ちゅうぅ、ちゅ~」
丁寧にお辞儀をして、まるで紳士だ。
言葉は分からなくとも、そのしぐさで、執事を真似ていると分かる。そして、お辞儀をしたティーポットから、じょぼじょぼと、お茶が注がれ始めた。やや高い位置からのため、少々しぶきが飛び散るが、許容範囲だ。
ねずみなのだから
「………うん、ありがとう?」
メイドさんは、あっけに取られていた。魔法を使うと知っているだろうが、ねずみがお茶を入れるなど、想像できなかったようだ。
ティーカップに、お茶が7割ほどに満たされた。
こぼれることなく、見事なものだ。ティーポットのふたが、ぱこん――と、口を開けて挨拶をした。
紳士が帽子を取って、ご挨拶をするしぐさのようだ。
ねずみも、お辞儀をした。
「ちゅぅ~、ちゅうう」
執事さんが、それでは、失礼します――と、お辞儀をしているようだ。メイドさんは、その様子をただ、見つめていた。
太陽の輝きは、夏の緑を色濃く目に焼き付ける。水面も輝き、ティーカップに注がれた紅茶も、まぶしく輝きを反射する。
「………夏だ、夏のせいなんだ………きっとそうなんだ」
そして、紅茶をすすった。
少し、お疲れらしい。




