翌日の、カーネナイの屋敷
太陽が、ギラギラと微笑んでいる。
夏は、これからが本番だという、太陽さんの声が聞こえてきそうだ。
わずかな陰りも許さないといわんばかりに、本日も見上げる空は、怖いくらいに真っ青だ。まったく雲がないわけではないが、とても遠くに見える。
まるで、太陽から逃げ出しているようだ。
逃げ出せないねずみは、笑みを浮かべた。
「ちゅぅ~、ちゅううう、ちゅう、ちゅう~」
両手を前に出して、まぁ~、まぁ~――と、ご機嫌を取っていた。
目の前には、メイドさんの笑みがあった。
太陽を背中にして、テーブルの上のねずみと、向かい合っていた。
炎天下であっても、メイド服にはよどみがなく、完璧だ。ロングヘアーは、夏風に静かにあおられて、さらさらと流れる。
メイドさんの笑みは、完璧だった。
「いや、いいんだよ。ねずみ君は、人間の世界からは、ずれた存在だからね?」
ちょっと、お怒りらしい。
気のいいマントの二人組みとの遭遇から、翌日。ねずみは、ツインテールちゃんが魔法の力に目覚めたことや、気のいいマントの二人組みの話をするべく、カーネナイのお屋敷へと足を運んでいた。
お出かけの予定は、本日も探偵団というお嬢様たちと共に、改めてカーネナイのお屋敷へと、お邪魔したのだ。
お子様達は、お子様達のテーブルへむかった。ねずみは、メイドさん向かい合って、お話タイムだった。
メイドさんの笑顔が、近づいた。
「子犬のようなツインテールの――フレデリカちゃんだっけ? あの子が勝手についていったみたいだけど………ねぇ~?」
ねずみは、あとずさることも出来ずに、冷や汗だ。
筆談は、すでに終っている。
ねずみの調査の継続と、ツインテールちゃんを再会させないことは、すでに結論されている。
怪しい連中の調査は、ねずみの役割だ。もちろん、子供を巻き込んではいけない。この二つで、納得のお話なのだ。
ただし、その通りに出来る予感がしないため、念押しされているわけだ。
両手を前に出し、まぁ~、まぁ~、と、どこかのクマさんのように、ご機嫌を取るしかないのだ。
足元では、駄犬が平伏している。
伏せ――のポーズである。
腹ばいが、犬としての全面降伏のポーズであるが、人間には、人間の作法があるのだ。その名前を、土下座と言う。
ねずみは、必死だ。
「ちゅちゅ、ちゅう~、ちゅ~、ちゅちゅちゅううぅ、ちゅううっ~」
伝わるとは、思っていない。
ただ、口調から、必死になにかを言い募ろうと、説明を使用としていると、伝わってほしい。
ねずみ達の予想を、ぴょ~ん――と、飛び越えたツインテールちゃんがいたのが、ねずみにとっての不運である。
ねずみ達の背後では、今回の元凶?のツインテールちゃんが、しゃがみこんでいた。
「だってぇ~――」
「だってじゃ、ありませんっ」
「そうですわよ、魔法が使えたとしても、ルールはまもらなくては」
お子様達のテーブルは、大騒ぎだった。
ヘイデリッヒちゃんが、ポニーテールをフルフルとさせてお怒りで、オーゼルお嬢様は、優雅に微笑んでおいでだ。
昨日の、抜けがけについての追及であった。
お子様探偵団は、本日も3人一緒だ。
大人としては、仲がよくて、ほほえましいだろう。イタズラに巻き込まれたご家庭としては、愛想笑いであろう。
それ所でないカーネナイの若き主、フレッド様は、立ち尽くしていた。
「はぁ………オレの屋敷、いつから子供の遊び場になったんだ………」
お化け屋敷と言うことで、実は、悪ガキたちが侵入することは、それなりにあったらしい。ただ、どちらも、互いの存在に気付けないほど、このお屋敷は広いのだ。
内庭もまた、公園のように広々としている。ようやく、人の手が入りだしたと言っても、まだまだ、森林の中に隠された噴水と言う趣がある。
もちろん、ティータイムを楽しめるように、お屋敷の皆様の手入れの成果が、見事である。遠くに生い茂る自然の侵略から、見事に噴水から周囲を取り戻したのだ。
執事さんが、現れた。
「フレッドさま、お忘れ物でございます――」
いつの間にか、主の背後に控えているようだ。
かつては、暗殺者です――と口にされても納得の執事さんで、今でも、気付けば背後を取られる、謎の執事さんである。
手には、ぬいぐるみがあった。
子供達がいるのだ、遊び相手にと言う、気使いだろう。
古いデザインで、やや形式ばったお洋服を着ている、クマさんであった。幼い日のフレッド様のお友達か、あるいは、プレゼント用として溜め込まれた在庫なのか………
足元に名札らしきものがあるのを、ねずみは見逃さなかった。
「………ちゅぅ~、ちゅうう?!」
見覚えのある、名札だった。
『キートン商会』
老舗の、おもちゃ屋さんの名前である。
かつては、違法賭博と言う犯罪の隠れ蓑に利用された、落ち目の商会だった。しかし、そのために名探偵ねずみは、出会った。
調査の途中で、運命の出会いだった、相棒の宝石は、その頃からの付き合いだ。
どうやら、お店は生き残っていたようだ。
ねずみは、覚えている。とても広い倉庫は、大量のおもちゃが並んでいて、そこにはホコリがかぶっていた。
それでも、たまに人が訪れるらしい。古いオモチャのパーツを、全てそろえているためである。カーネナイの若き主、フレッド様も、クマさんを修理に出したようだ。
目ざとく見つけたお子様が、浮かび上がった。
「あぁ~、ほらほら、クマさんだよ?」
ツインテールちゃんが、ふわふわと浮かび上がった。
ついでに、フレッド様が手にしたクマさんのぬいぐるみも、ふわふわと浮かび上がる。なんと言う才能であろうか、距離が離れていても、クマさんを浮かび上がらせたのだ。
送られる前であるため、すこしマナー違反だろうか。しかし、お子様の前にぬいぐるみを持ってきたのは、フレッド様なのだ。
驚いておいでだ。
「………あぁ、魔法か………」
この国に限らず、町を歩けば、ちらほらと魔法使いを見ることが出来る。
ただし、絵本に登場するような、空を飛び回り、世界をさすらう魔法使いなど、めったに現れることはない。
小さな子供のあこがれは、大人になるに連れて、現実と言う壁にぶち当たる。魔法のような魔法など、絵本にしか存在しないのだと。
面白半分にぬいぐるみを操る子供は、ここにいた。
「驚きですね、あの年頃で、狙ったものだけを浮かび上がらせるなど――」
メジケルと言う執事さんは、さすがに冷静に、魔法を観察していた。
敵意があれば大変であり、防げるのは、同じ魔法使いだけである。イタズラ半分で、主を空中に浮かべられては、大変だろう。
それほどの能力の持ち主は、めったにいないために、対処方法を考えることも、バカらしい。
他人を浮遊させるレベルの魔法使いは、それだけ少ないのだ。
自分を浮かべるだけで、驚きなのだ。
「ほら、ヘイデリッヒ、オーゼル、クマさん――」
ツインテールちゃんは、クマさんと共に空中に浮かび上がり、はしゃいでいた。絵本に登場する魔法使いの女の子のように、オモチャのお友達と、空のお散歩としゃれ込むのではないか。
そんな、子供ならばあこがれのシーンが目の前なのだが――
「ごまかされませんわっ」
「ふふ、フレデリカさん、まずは座りなさい」
不機嫌モードのヘイデリッヒちゃんと、淑女モードのオーゼルお嬢様には、通用しなかった。
ねずみは、目を細めていた。
「………ちゅぅ~、ちゅうう、ちゅう?」
「………すごいんだワン、あれだけ出来るのは、フレーデルくらいだったワン」
駄犬も、目を細めていた。
魔法使いの側とすれば、驚きの天才少女である。本人はいたずらっ子であるため、今後の苦労が、目に見えるようだ。
ツインテールちゃんは、ふわふわと浮いていた。




