ねずみと、駄犬と、ツインテールちゃん 3
下水とは、人の手が生み出した、迷宮である。
レンガのアーチは広大で、どこまでも続いているように見える。太陽のぎらつく時間帯ですら、進む先を見通すことなどできない。
夜ともなれば、月明かりの助けがあっても、手元に松明があっても、ほんの数歩先すら、不安である。
ねずみは、輝いた。
「ちゅぅ~、ちゅうううう、ちゅ~、ちゅぅ~」
とても、えらそうな態度であった。
どこの賢者様なのか、あるいは勇者様かという態度で、胸を張っていた。
空中へと浮かび上がり、頭上の宝石の輝きが、神秘的な輝きを与えてくれる。選ばれたねずみによる、お言葉であった。
ただし、ねずみである。なにを口にしているのか、本人以外の、誰にも伝わっていないだろう。
しかし、目の前のマント姿の二人組みには、とても有効な態度のようだ。
「お、おぉ~、輝いておられる。何言ってるか分からないけど、すげぇ~」
「こら、ねずみ様の前だぞ」
はは~――と、平伏していた。
ねずみと認識しているようだが、ただのねずみでないと、空中に浮かんでいることと、そして鳴き声でわかるのだ。
偉大なる、ねずみ様だと。
マントの人たちは、とても素直なようだ。
人の気配がする。これはまずいと思ったとたん、マントの二人組みと鉢合わせをしてしまった。おそらくは、ねずみの宝石の輝きが、呼び寄せたのだろう。暗い迷宮において、赤い輝きは目立ってしまうのだ。
ただの松明ではない、赤い輝きなのだ。魔法の輝きだと、興味を引かれてもおかしくはない、そして、現れたのだ。
ドラゴンの使いだと勘違いをして、ひざを折ってご挨拶をしてきたのだ。
素直なお子様は、指を刺した。
「ねぇ~、この人たち――」
無邪気なツインテールちゃんである。このような場所であっても、おかまいなしの好奇心と、そして、遠慮のなさである。
保護者は、あわてた。
「しっ、お嬢様は、静かにするワン――」
駄犬は、あわてた。
そのために、つい、言葉を話してしまった。ただの犬のフリをするつもりであったのは、つい、先ほどのことだ。
そうすれば、言い逃れも可能であり、不思議だと驚かれることもない。人前では、ただの野良犬として、噂話を集めていた駄犬なのだ。
「し、しまったワン」
あわてて、前足で口元を押さえたが、手遅れである。
人間らしいしぐさでもあり、マントの二人組みには、ただの駄犬でないと、気付かれたはずだ。
ねずみは、ふりむいた。
「ちゅっ、ちゅちゅぅ、ちゅうううぅう」
手足をバタバタさせて、駄犬ホーネックを睨んだ。
目だってどうする――と
ねずみは、すでに目立ってしまった。空中に浮かび上がり、ツインテールちゃんを説得している姿を、見られたのだ。
ならばと、偉大なる魔法使いとして、ひれ伏せと威嚇をしたのだ。魔力を高め、輝いたのは、そのためだ。
ねずみは、その姿を見られてしまったのだから。
いかに数歩先しか見えない下水でも、油断であった。突然、マントの二人組みが、目の前に現れたのだ。
ひそひそと、驚いていた。
「おぉ~、これが噂の使い魔というヤツか………絵本に書いてあったのは、本当だったのですね――お嬢様にも、お知らせしないと」
「こら、お使いの前だぞ………」
驚いていた。
絵本の魔法使いが、実在しているのだと、驚いていた。子供ならば分かるが、素直な二人組みのようだ。
さらに、気になる言葉を漏らしていた
『――お嬢様にも、お知らせしないと』
背後に、どこぞのお嬢様がいるようだ。もっとも、今はツインテールちゃんを逃がすことが先決である。
名探偵ねずみは、調査したい誘惑に抗い、鳴いた。
「ちゅぅ~、ちゅうううう、ちゅうう」
ねずみは、両手を広げた。
マントがあれば、ばさっ――と、はためいたことだろう。絵本に登場する英雄のシーンのように、ねずみは両手を大きく広げて、鳴いた。
「ちゅちゅうう、ちゅうう~、ちゅう、ちゅ~っ」
ねずみの気持ちを表すように、宝石の人も、強く輝いた。今、この場所だけは、昼間のような輝きに包まれていた。
そう、まぶしくて、目を開けていられないのだ。ここで駄犬とツインテールちゃんが逃げ出せば、姿を見失うはずだ。
そっと、ねずみは振り向いた。
「ちゅぅ、ちゅうっ」
ちょっと、小声だった。
今だ、いけっ――
手振りでも、いけっ――と、示している。仲間なら、ねずみの鳴き声だけであっても、気付いてほしいと思った。
そして、駄犬ホーネックには、通じたようだ。
伏せ――の状態だったが、起き上がった。
「………下水のワニさんのときと同じだワン」
「………ワニさん?」
「いいから、こっちだワン」
駄犬ホーネックは、覚えていた。
かつて、下水という地下迷宮の主として君臨していたワニさんがいた。都市伝説だと思われていた、その姿は巨大で、10メートルは超えている。大きな水路であるため、隠れることができていたのだ。下水が、それだけ広大な証でもあった。
丸太小屋メンバーは、追いかけっこをしたものだ。
それも、何回もだ。
そのため、逃げ出す方法も、それなりに身についた。目立つ輝きで、ちょっと注意を別に向けてもらい、逃げ出すのだ。
まぁ、逃げながらも輝けば、追いかけっこのスタートなのだが………
今の状況と、そっくりだったのだ。
「ねぇ、《《あとの二人》》は――」
「静かに、今のうちなんだワン」
しぶるツインテールちゃんだったが、駄犬ホーネックの真剣な願いに、仕方なく動き始めたようだ。
ねずみは安心しつつも、気を引き締める。
マントの二人組みは、今はおとなしいが、いつまでおとなしいかは、分からない。輝きの背後のツインテールちゃんか、駄犬に近づこうとするかもしれない。
幸い、ツインテールちゃんは動き始めた。
「ちゅう、ちゅううっ!」
ねずみは、鳴いた。
では、さらばだっ!――
まるで、物語に登場する英雄のように、立ち去った。
宝石も、強く輝いた。
昼間のような明るさから、さらに強いかがやきである。すでに、目の前のマントの二人組みなどは、おびえている。
背後で逃げ出す駄犬とツインテールちゃんの気配を察知する余裕もない。魔法の輝きを見慣れていても、まぶしい輝きなのだ。
ピンチから、こうして脱出した。




