名探偵ねずみと、助手の駄犬と
巨大なレンガのアーチが、どこまでも続く。
地上では、じりじりと太陽の輝きがまぶしく石畳を熱しているが、ここは、別の世界のように涼しい。
人間が生み出した、人間が足を踏み入れてはならない領域が、ここにある。
ねずみは、そんな世界の住人である。
「ちゅちゅぅう~、ちゅうっ」
腕を組んで、なにかを気取っていた。
オーゼルお嬢様たちの出番は、カーネナイのお屋敷までだ。
好奇心のままに、カーネナイのお化け屋敷へと向かった。お化け屋敷として有名で、本日は、様々な都市伝説スポットを巡る予定だったらしい。
お茶会で時間が過ぎてしまったが、大人も気付けなかった情報を教えてくれたのだ、十分な成果だった。
下水の幽霊の噂は、続きがあったのだ。
いや、同じだと思っていたものが、違っていたらしい。ねずみ意外にも、怪しい輝きの“何か”がいるということだ。
ここから先は、大人の出番だ。
領主様のお使いと言うスレンダーメイドさんは、別れ際に微笑んだ。ねずみを見つめて、微笑んだのだ。
――分かってるよね?
ご依頼だった。
命令でも、脅迫でも、ねずみが取るべき道は一だ。
名探偵の、出番だ――
今回は、助手も一緒だ。
「………犬には、つらいワン」
悲しそうに、うなだれていた。
大人の側として、不思議な側として、ヘイデリッヒちゃんがもたらした情報を、確かめねばならない。
取るに足らない噂、裏社会の皆様が、噂の現況と分かればいい。廃棄された野外劇場では、ウラの船着場が再開されている。祝賀会が、新たな都市伝説となっているが、メイドさんもご存知だった。
下水の幽霊に隠れた、不思議な“何か”については、知らなかったのだ。
現実的には、裏側の情報網を潜り抜けた組織の存在が、あげられる。それも、この町ではない、どこかから流れ着いたのだ。
ねずみと駄犬なら、相手も警戒しないだろう。噂がただの勘違いでもいい。情報を持ち帰ることが、今回の依頼内容だった。
ねずみは、腰に手を当てた。
「ちゅちゅ~、ちゅ~ちゅううう」
背中では、宝石がピカピカと、えらそうに光っていた。ねずみを真似て、駄犬に向けて、威張っているようだ。
「何をえらそうにしているワン、ネズリーも、ちゃんと調査するんだワン」
言い合いが、始まった。
面倒なご依頼を前に、良くある光景だった。男子二人に女子二人の魔法使いの修行仲間は、年齢も性別も違っても、気付けば修行仲間なのだ。
ねずみは、やれやれと、手を上げていた。
「ちゅ~、ちゅ~ちゅ~」
「わからないけど、バカにされているのは分かるワン」
バカな言い合いだが、ねずみは、懐かしさを覚えていた。
そして、赤毛のロングヘアーの暴走娘が、全てを吹っ飛ばしてくれるのだ。悩んでいると、炎を背負って突撃するのだ。みんなの都合をお構いなく、止められるのは、レーゲルお姉さんだけである。
楽しそうな気配がすれば、声をかけてくるのだ。
女の子が、声をかけてきた。
「ね~、幽霊さん、まだぁ~?」
ツインテールが、ぴょこぴょこと、ゆれていた。
丸太小屋メンバーではない、好奇心が旺盛な子犬のように、ぴょんぴょんと落ち着きのない女の子が、顔を出した。
ねずみは、鳴いた。
「ちゅちゅ、ちゅ~、ちゅぅ~っ」
「な、なんでここにいるワン、子供は、帰る時間だワン」
駄犬も、あわてた。
お子様探偵団の一人の、ツインテールちゃんだった。
子供達は家へと向かい、ねずみと駄犬は、こっそりと下水で再会し、調査の始まりだったのだが………
駄犬は、つけられていたようだ。
ねずみは、浮かび上がった。
「ちゅ~ちゅううう、ちゅう、ちゅ~」
宝石も、輝いている。
排水溝の隙間から、ひょっとすれば明りが漏れ出ているかもしれない、新たな都市伝説というより、噂の『下水の幽霊』だと、騒ぎになりそうだ。
いいや、それ以前に、子供がいていい場所ではない。ここは、下水である。地下迷宮とも呼ばれる、ワニさんがいなくなっても、子供には危険だ。
よからぬ人々が、蠢いているのだ。
裏社会と言う、領主様が把握し、そして、黙認している人々だけではない。《《それ以外》》の可能性があるのだ。
駄犬も、お願いした。
「と、とにかく、地上に戻るんだワン。ここは、子供がいていい場所じゃないワン」
ねずみと駄犬は、ツインテールちゃんをなだめつつ、地上に戻そうとする。
駄犬の場合は、なんだ、駄犬か――で、見逃される。ねずみなど、下水では珍しくもない。
子供がいれば、大変だ。
お子様は、はしゃいでいた。
「えぇ~、いいでしょ~、探検、探検っ」
本人は、探検のつもり――いや、大冒険のつもりかもしれない。本日は、カーネナイのお化け屋敷において、お茶会で解散だったのだ。
どうやら、物足りなかったらしい。それに、ヘイデリッヒちゃんは噂話を自慢し、オーゼルお嬢様は、空を飛んでいるのだ。
一人だけ不思議とは縁がないために、抜け駆けをしたい気持ちも、分からなくはない。ねずみもまた、仲間に抜け駆けをして、魔法実験をした過去がある。
ネズリー少年時代である。
魔法の力が面白く――
「………ちゅう?」
「な、まさか――だ、ワン」
ねずみと駄犬は、目を見開いた。
自分達とは異なる、魔法の気配が生み出されていた。目の前にいるツインテールちゃんが、胸を張って、腰に手を当てていた。
興奮しているとわかる、うっすらと頬が赤くなっていた。不思議な光景を生み出していると、気持ちが盛り上がっているのだ。
自慢げに、宣言した。
「魔法少女は、オーゼルちゃんだけじゃ、ないんだよ――」
魔法の輝きである。
修行の果てに生み出される力であり、無限の可能性が開かれるのだ。代々受け継がれることもあれば、突然、魔法に目覚めることもある。
その、最初の一歩を、独自に目覚めさせていたということだ。
「ちゅ、ちゅぅ~………」
「て、天才………だ、ワン」
ねずみと駄犬は、驚きに、動きが止まっていた。
早く、地上に戻さねばならないのだが、自信満々のツインテールちゃんの輝きを前に、動けなかった。
ツインテールちゃんも、動かなかった。
いいや、なにかに気を取られて、そちらへと集中していた。
ねずみと駄犬は、振り向いた。
「ちゅちゅう?」
「なにか、みつけたのかワン?」
魔法の力は、ある程度、身体能力を高めてくれる。
暗闇でも、それなりの視力を与えてくれる。魔法の感覚により、目に見えない“何か”も、感じることが出来るのだ。
例えば、魔法の気配である。
魔法の力が込められた『ねずみよけのまじない』など、普通の人間にはただの石ころでも、魔法の力を持つ人々には、分かるのだ。
ねずみは、目を細めた。
「ちゅ~………ちゅちゅ、ちゅ~」
腕をゆっくりと動かし、頭を下げるようにと、指示を出した。
そして自らも、駄犬の背中へと、降り立った。ツインテールちゃんを説得するために浮かんでいたが、この姿を見られるわけには、いかないのだ。
駄犬も口を閉ざし、姿勢を低くした。
ツインテールちゃんは、すでにおとなしくなっている。本能で、動いてはいけないと分かったのか、単に、集中しすぎているだけかは、分からない。
何かが、遠くで動いていた。




