ねずみと、カーネナイのお化け屋敷 2
都市伝説とは、実際に出会ってしまえば、つまらないと言う。カーネナイのお屋敷が、お化け屋敷の正体だ。
お子様達を中央のお庭で休ませながら、ロングヘアーのメイドさんは、微笑んだ。
「それにしても、お化け屋敷ねぇ~」
オーゼルお嬢様も、都市伝説の一部である、空を飛ぶ女の子だ。そして、その正体はドラゴンの宝石を操る女の子である。本人に自覚があろうと、なかろうと、領主様のお使いと言うメイドさんには、重要人物だ。
ドラゴンつながり、不思議つながりは、大変なのだ。
犬耳のメイドさんも、そんな不思議に関わる一人なのだが………
「言われてみれば、不気味なような………ですね」
「いや、言いなおしても同じだぞ。これでも、ちょっとはマシになったんだからな。俺の子供の頃よりも、ずっと――」
「フレッド様、それよりも客室について――」
お屋敷の皆様は、改めて見渡していた。
この場に、不思議が集まっている。裏口としては、のんきにしていられないはずなのだが、のんきに見回していた。
そうか、お化け屋敷なのか――と
ねずみと駄犬も、見渡した。
「ちゅぅ~、ちゅぅ、ちゅうう~?」
「都市伝説も、多くはただの噂なんだワン」
子供達が騒ぐのも、納得の雰囲気である。
お化け屋敷と思っても、許してあげてほしい。頑丈なレンガの壁は緑の浸食を受けており、窓も見えない。人の気配がなく、廃れたお屋敷に見えるのだ。
それなのに、人の気配が見え隠れしている。これは、好奇心の塊であれば、調べたいというのも納得の都市伝説だ。
怖いもの見たさで、怖いものがいないと思っていながら、出会っても見たい。そんなお子様探偵団は、お茶会としゃれ込んでいた。
「有名なの、教えてあげる。えっとね――」
ヘイデリッヒちゃんは、指折り数えた。
『下水のワニさん』
『夜空を散歩する、おばあさん』
『廃れた劇場での、お化けのパーティー』
『お化け屋敷』
『下水の幽霊』
『しゃべる犬さん』
『森の中の、不思議な丸太小屋』
『空を飛ぶ女の子』
ねずみは、頭を抱えた。
「ちゅぅ~、ちゅちゅう、ちゅぅ~」
知ってるよ、ほとんど、関係しちゃってるよ――
下水のワニさんは、ただいま里帰り中である。戻ってこないことを祈りつつ、緊張しながらの、下水の移動の日々である。
夜空を徘徊する老婆など、お師匠様と言うミイラ様である。
ただ――
「兄貴………その劇場って、たしか――」
「言うな………裏側なんて、子供に聞かせるもんじゃねぇ」
「………噂になるんだから、隠しきれてないじゃないの?」
「………パーティー………船着場、再開したのかな」
思うところは、色々あるようだ。
もう、ずいぶんと昔に感じる、ねずみと駄犬にも、覚えのある話であった。ワニさんとおいかけっこをしたあの日、逃げ回った挙句、船着場で大暴れだった。
「ちゅぅ~、ちゅうう~」
「………思い出したくないワン」
大騒ぎだった。
ボートや飾りの木々を模した板切れに、船着場の色々が破壊されて、宙を飛んだ。
ねずみも、飛んだ。
そういえば、不幸な執事さんも、飛んでいた。ジャンピング・キックで突撃して、そして、手ごたえがなかったのだ。
さすがは、ワニさんだ。
スレンダーメイドさんは、遠くを見つめた。
「野外劇場は、裏社会のみんなの船着場だからねぇ~………知らない人が見れば、夜中に人の気配があるって、噂の始まりって所かな?」
カーネナイのお屋敷も、裏口と言う意味では、メイドさんの関係である。
領主様が関わっているあたり、野外劇場とは異なるらしい、間違えても、野外劇場に向かわないように注意をしたい。
メイドさんは、ねずみ達を見つめた。
「でもね~、下水の幽霊に、しゃべる犬に、森の中の丸太小屋って………キミたちじゃん。空飛ぶ女の子も含めてさぁ~………」
ねずみは、視線をそらした。
駄犬も、視線をそらせた。
都市伝説の元凶が、そろっていた。最近の話題は、自分達が元凶であると、思ってみればすごいことだ。
駄犬が、申し訳なさそうに見上げていた。
「実は………下水の幽霊の話には、続きがあるんだワン――」
ホラーじみてきた
ポニーテールちゃんが、やっと出番だとばかりに、立ち上がった。
「そうなんですの。みんな、昔からあるお話しだって勘違いしてますの。新しいお化けの話が、混ざってるんですのっ」
どうやら、本日のメインの話らしい。
背伸びをして、お嬢様を演じようとして………好奇心が飛び出していた。
ぴょん、ぴょん――と、ポニーテールも激しく揺れて、可愛らしい。好奇心のままに、知りえた知識を、自慢げに話しつづける。
貴重な、情報だった。
ここは、裏口である。そして、表では噂として名残りを見せる船着場や、従業員の皆様の姿が、漏れ聞こえる場所である。
場合によっては、人が集まる前に逃げると言う決断も出来る。そのための情報としても、有用だ。
なによりも、自分達が見過ごした情報もあったのだ。
メイドさんは、すこし真剣な顔になった。
「下水の幽霊………新しい噂って、ねずみ君のことじゃないなら――」
「裏の流通経路なら、お前が把握しているはず。なるほど――」
執事さんは、何か思い当たるようで、一人で納得していた。
何者かが、紛れ込んでいる。
自分達が気付かない間に、なにかが動いている。都市伝説は、そうした“何か”を、その予兆や、動きをほのめかしてくれることもある。
『お化け屋敷』のように、そのままの出来事を示すこともある。廃棄された野外劇場のように、裏側の動きを垣間見た、遠くから見つめたというだけの事もある。
ふたを開けてみれば、あぁ、あのことか――という、つまらない答えだ。
そうでない事態が、問題であった。
「なるほど、新しい噂が、古い噂に混じっている………さすが、噂話が大好きなだけはある、見落としやすいよね、そういうのって………」
メイドさんの瞳が、マジだった。
人の手は有限であり、重要な出来事から対処するため、どうしても、抜け道が出来てしまう。
噂が、拾っていたらしい。
「ふふ………お嬢様たちなら、お茶をしに来るくらいは、歓迎かな?」
本格的な調査は危険だが、自分達が気付けなかった違和感を教えてくれるのは、歓迎と言うことだ。
ヘイデリッヒちゃんは、さぞ、喜ぶだろう。
そんな様子を、寂しげに見つめる瞳が、約一名。
「………一応、オレが主なんだが………」
「フレッド様、お察しします――」
フレッド様が、哀れだった。
執事さんは、そっと静かに、ハンカチを渡した。




