ねずみと、カーネナイのお化け屋敷
ロングヘアーが、そよそよと風に泳ぐ。
空は青々と、雲ひとつない炎天下だ。少しくらい翳ってくれてもいいのだが、雲の皆様は、太陽に追いやられたらしい。
スレンダーメイドさんが、微笑んでいた。
「さ~って、話を聞こうか?」
顔は、メイドさんスマイルだ。
感情を一切読み取ることが出来ない。あるいは、本当に面白いことになったと、楽しんでいるのだろうか。
そうならば、うれしいと思いつつ、ねずみは鳴いた。
「ちゅぅ~、ちゅちゅっ、ちゅ~、ちゅ~、ちゅぅうう~」
両手を前に出して、ご機嫌をとっていた。
まぁ、まぁ――という動きから、ねずみの伝えたい気持ちは、メイドさんにも伝わったことだろう。
背後の宝石さんは、他人事のように、ふわふわと浮いていた。
駄犬は、おろおろとしていた。
「ちょ、ちょっとした好奇心なんだワン。叱らないでやってほしいワン」
はっ、はっ、はっ――と、後ろ足で立ち上がって、愛嬌を振りまいていた。
すでに、駄犬には習性となっているようだ、ご機嫌を取っていた。
噴水のせせらぎが、真夏の暑さを忘れさせてくれる。カーネナイのお屋敷は広大で、公園のようなお庭は、噴水が、木々が、涼しさを与えてくれるのだ。
遠くからは、お子様達の楽しそうな声が聞こえる。
「えぇ~、お化け屋敷じゃなかったのぉ~?」
「で、でも、ずっと誰も住んでなかったって………不気味な声が聞こえるとか、夜中に、人魂が――」
「あ、兄貴ぃ~、やっぱりいたんだ、幽霊、いたんだよぉ~」
「バカやろう、きっとそれは、オレたちが焚き火してるのを見たとか――だよね、お譲ちゃん」
「え~っと、私が聞いた話だと――」
使用人となった方々も、混ざっていた。
ツインテールちゃんが残念がり、ヘイデリッヒちゃんが必死に記憶をたどり、そして、お屋敷の雑用係となった気のいいお兄さん達が、おびえていた。
おびえているのは、密偵のベックと言う、身軽な青年だ。
デナーハの兄貴さんをリーダーに、4人でドラゴンの宝石を盗み出し、色々と騒ぎを起こした一人である。
リーダーの、デナーハの兄貴に、密偵のベック、変装のバルダッサに、運び屋のバドジルさんと言う4人組だ。
冷静なるデナーハの兄貴さんも、まさか――と、おびえているようだ。
新たなメイドさんが、現れた。
「………お茶菓子、どうぞ」
「「「いただきまぁ~す」」」
ぶかぶかなメイド服に身を包んで、言葉は少なかった。かつて運び屋と言う役割を持っていたバドジルさんは、気使いさんだ。
皆さん、続きを聞きたいだろうが、当分はお預けだ。お嬢様たちは、運ばれたお茶菓子に夢中になっていた。
お菓子の誘惑には、抗えぬのだ。
スレンダーメイドさんは、ぼんやりと見つめていた。
「なるほどねぇ~………お化け屋敷か」
「ちゅぅ~、ちゅう~、ちゅううう~」
「噂になっていたんだワン、下水の幽霊と同じ、赤い輝きとか………あぁ、ネズリーのことかワン?」
「ちゅぅ~、ちゅちゅうう、ちゅ~、ちゅ~」
「いや、ねずみくんは、メモ用紙に書いてよ、わかんないからさ」
「ちゅぅ~」
お嬢様たちが楽しそうに涼んでいる姿を横目に、ねずみは魔法を使った。正体をバラしてもいい気もするが、できれば、隠しておきたいのだ。
ささっと、メモに殴り書いた。
――知らん
メイドさんの前に、ふわりと浮かび上がった。
「………?」
メイドさんは、じっと、見ていた。
態度に出していないが、いらだっていると、ねずみに伝わっていた。
急いでいたので、単純に過ぎたのだろう。一文を見て、全てを察することなど、できるわけがない。
ただし、それしか書くことがないのも、本当だ。
本当に、知らないのだ。
住まいである屋根裏部屋から抜け出し、夜のお散歩としゃれ込んでいる可能性も、ゼロとはいえないが………
ねずみが眠っているとき、留守にしているとき、宝石の皆様が自由を謳歌している可能性は、いくらでもあるのだ。
手をワタワタとさせて、ねずみは説明した。
「ちゅぅ~、ちゅちゅう、ちゅ~、ちゅぅ~」
頭上に、知らん――と記したメモ用紙が浮かんで、アピールしていた。
知らん――と
ねずみとしては、正直に答えたつもりである。しかしながら、何かを隠しているように見えたらしい。
メイドさんの笑顔が、ねずみに急接近した。
「ふぅ~ん、知らないんだぁ~………まぁ、キミがどの程度《《そっち側》》なのか分からないけどさ、領主様のお使いとしては、知っておきたいんだよね?」
にっこり圧力に、ねずみは一歩、二歩とあとずさる。
なぜか、宝石がねずみの背中を押していた。下がるなと言う、無言の主張であろうか。
あるいは、巻き込むな――という意味なのかと、ねずみは振り向く。
犬耳さんが、見下ろしていた。
「メイド長………《《そっち側》》って言っても、ドラゴン様たちの使いってわけでもないだろう………ですよね?」
あきれたようで、そして、言葉遣いは、苦労しているようだ。
宝石と共にいるねずみだが、ドラゴンの使いと言うわけではない、ただ、自然に相棒となっているに過ぎない。
メイドさんの深読みは、むしろ舐めるなよ――という、脅しの側面がありそうだ。
ねずみは、あわてた。
「ちゅぅ~、ちゅう~、ちゅうう~」
メモ用紙に、すこし詳しく記すことにした。
勝手に光る、動く、理由は知らない――
お願いします――と、ねずみはメモ用紙を差し出した。魔法で浮かべれば良いのだが、わざわざ、両手でつかんで、差し出した。
誠意のつもりだった。
「………知らないっていうのは、そういうことねぇ~………まぁ、そういう意味なら、納得してもいいけど――」
メイドさんは、ねずみをじっくりと見つめながら、一応は納得してくれた。
駄犬が、助け舟を出してきた。
「と、とりあえず、お嬢様たちは都市伝説を集めているんだワン。メイドさんのお屋敷だとは、知らなかったんだワン、偶然だったんだワン」
お化け屋敷も、都市伝説の一つだ。
建物が実在するのか、その確認だけでも十分だ。勝手に中に入るのかは、良識にかかっている、近所の悪ガキには遊び場と言う秘密基地でもある。
住人すら気付けないだろう、広いお屋敷は、ほぼ手付かずだったのだ。人の手が入って、修繕が始まったのは、最近のことだ。
カーネナイの若様が、肩を落としていた。
「………俺たちの姿を見て、お化けと勘違いしたのかもしれないな………猫が迷い込むことも、子供がこっそり探検することも………気付けないほど、広いからな――」
ちょっと、寂しそうだった。
いつの間にか現れたが、広いだけで、管理できていない寂しさが、態度で、落ち込んだ声で、伝わってくる。
姿は、幽霊だ。
古びた赤いチョッキは、先祖のものだという。贅沢に、金色の刺繍がされているが、名残り程度だ。
景気の悪い顔でたたずんでいれば、幽霊に見えただろう。
だが、それだけではない。最新の噂話を集めているヘイデリッヒちゃんは、古いうわさと、新しい噂を比べているのだ。
新しく何かが起こった、そんな不思議を突き止めるために、動いたのだ。
駄犬は、ヘイデリッヒちゃんが自慢していた話を、ここへ来た理由を語った。
「前からある都市伝説が、新しい噂と混ざっているんだワン」
忠実なる駄犬は、お嬢様のために、がんばった。
夏休みの自由研究のために、がんばっているのだと………カーネナイの屋敷の場合は、急に人の気配が強まったため、噂が更新されたようだ。
確認は、好奇心のためだ。
大人としては、ほほえましく見守ってもいいし、少しだけなら、お手伝いをしてもいい。今のように、水分補給の場所を提供するくらいは、かまわない。
遊び場でないと告げて、今回限りであれば、もっといいだろう。
ただし、ここはカーネナイの屋敷である。
スレンダーメイドさんは、あきれていた。
「ねずみくんは知ってるよね~、ここって、裏口なんだよ」
遊び場ではないという、静かな警告だった。
領主様も関わり、ひいては、町の安定につながる話である。子供が遊び場にしていい場所ではないと、釘をさしていた。
「ちゅぅ~、ちゅううう~」
「くぅ~ん………だ、ワン」
ねずみは、すまなそうに鳴いた。
駄犬も、ちょっと気まずそうに頭を下げる。
メイドさんが口にしたように、カーネナイのお屋敷は、領主様が表に出来ない色々のために用意した、裏口なのだ。
楽しそうにしているテーブルを見つめて、メイドさんはつぶやいた。
「オーゼルちゃん………自分が、とんでもないことに関わってるって自覚は、ないだろうけどね~」
「ドラゴン様の宝石に好かれる………か」
犬耳メイドさんも、見つめていた。
何かに、巻き込まれないといいけど――と、心配そうだった。
ねずみと駄犬は、頭を抱えた
「ちゅぅううう~」
「ほどほどにするように、よく言っておくワン」
楽しそうなテーブルが、少し、うらやましかった。




