ねずみと、駄犬と、お子様探偵団
路地裏で、お子様達が騒いでいた。
夏休みと言う、普段とは違う日常にも慣れてきたころあいで、ところどころで見る光景だった。
駄犬は、宣言した。
「それでは、探検ごっこの始まりだワン」
凛としたお座りモードで、まっすぐと見つめていた。
ヘイデリッヒちゃんのボディーガードのつもりなのか、いつもクッキーをもらっている感謝があるのか、付き合いがよいらしい。
ねずみは、鳴いた。
「ちゅ~、ちゅううう、ちゅうう~」
そこは、冒険の始まりだろ~――
ねずみは駄犬を指差し、ツッコミを入れた。伝わるかはともかく、ツッコミを入れずには、いられなかったのだ。
お子様達は、気分をとても大切にするのだ。
ご機嫌を損ねては、大変なのだ。
さっそく、ヘイデリッヒちゃんが噛み付いた。
「ごっこじゃありません、れっきとした、調査ですわ」
腕ををぶんぶんとさせて、訂正していた。
探偵団のリーダーのつもりらしい、そして、事前調査もしているため、先頭を行くのはお任せで、間違いない。
本日の案内役は、ヘイデリッヒちゃんなのだ。
「お出かけ、お出かけ、早く行こうよっ」
ツインテールちゃんは、楽しければ何でも良いらしく、ヘイデリッヒちゃんの手を引っ張った。
本当に、落ち着きのない子犬のようだ。ねずみと駄犬の頭には、自分達が頭を悩ませた、赤毛の暴走娘が浮かんでいる。
かつては炎を背負って空中に浮かび、今は5歳の姿で、尻尾の生えたお子様だ。今も、レーゲルお姉さんが目を光らせているだろう。
ねずみは、鳴いた。
「ちゅちゅ、ちゅっ~、ちゅぅ~」
「………ワン、ワンワン――」
互いに、何を言ったのか分からない。ただ、ねずみが子供達を交互に見つめたことで、駄犬にも意図は伝わったはずだ。
レーゲルお姉さんのように、自分達も目を光らせねばならない。本人達に自覚がなくとも、危ないことをしないか、保護者は心配なのだ。
引き返すべく進言するのが、駄犬の役割だ。言葉で伝えることが出来るのは、駄犬だけなのだ。
ねずみは、ちゅ~、ちゅぅ~――と、鳴くだけなのだ。
意図せず、ねずみも保護者の役割を背負わされたわけだが………
オーゼルお嬢様が、にっこりと微笑んでいた。
「ねずみさん、どうしたのかしら?」
ポーチを手に、ニコニコとねずみの顔を至近距離で見つめていた。
ツインテールちゃんに捕まっているため、逃げられない。
本当に、どこかのサーベル使いを思い出す、そっくりな姉妹である。ヘアカラーは父親と母親にそれぞれに似ているが、笑顔だけは、母親そっくりだ。
ねずみは、両手をぶんぶんとふった。
「ちゅちゅ、ちゅう、ちゅう、ちゅちゅちゅちゅ~っ」
そ、そんな、なにもございませんです――
秘密を隠している。
それを、正直に暴露したに等しい。まだ幼くとも、女の子を舐めてはいけない、ねずみも分かっているはずだが、哀れにも選択肢はない。
子供扱いをしてしまった、大人ぶるレディーには、失礼な扱いである。
お怒りが過ぎ去るのを、待つばかりだ。
あるいは、他に興味が移るのを――
ポニーテールちゃんの言葉を、待った。
「まずは、幽霊さんの集会場に行きますわよっ」
ヘイデリッヒちゃんは、宣言した。
駄犬の返事は、ワン――である。
ふざけているのではなく、ここから先は、犬としてお返事をする必要がある。しゃべる犬という正体は、秘密なのだ。
都市伝説は、知る人ぞ知る、不思議な噂話だ。
実際に存在が確認されれば、それは都市伝説とは異なる、新たな現象として、あるいは、珍しい現象として処理されてしまう。
都市伝説としては、終ってしまう。
しゃべる犬と言う都市伝説は、今は、お子様探偵団の共通の秘密として、共有されていた。
おしゃべりな女の子達は、まだ日陰に守られた路地をトコトコと歩く。
主に、話を持ってきたヘイデリッヒちゃんが、自慢げに話す。
「下水のワニさんは昔からあって、下水の幽霊さんは、ねずみさんだけじゃなくて、もっと前からあるの――」
下水管理人ではないのか。
そんな結論が、すでになされていた。ねずみが赤く輝く宝石と共に、地下迷宮に乗り出したのは、初夏のことだ。
オーゼルお嬢様から、ねずみと出会った時期を聞いていたヘイデリッヒちゃんが、違和感に気付いたのだ。
下水の幽霊は、ねずみだけではない。
赤い輝きが幽霊と認識された、その噂については、ねずみが犯人だろう。しかし、下水をさまよう明りと言う噂話は、昔からあったのだ。
赤い輝き――という点が新しく、下水の幽霊として、改めて騒がれたということだ。では、他の輝きは、一体なんだったのか。
そして、今、改めてヘイデリッヒちゃんが調査に名乗りを上げたのは、なぜか。
「犬さんの言ったとおり、大人は常識にとらわれてるんですの。噂を集めると、同じ日に、いろんな場所で目撃されてましたの」
自慢げだ。
そして、自慢するほど、苦労したのだろうし、ひらめきに興奮していたのだ。
ツインテールちゃんは、退屈そうだ。
「ねぇ~、まだなのぉ~」
「ねずみさん、ポーチに入れてあげる………」
「ちゅぅ~」
オーゼルお嬢様も、同じくだ。
ヘイデリッヒちゃんのひらめきは、聞く人が聞けば、よく気付いたという出来事である。しかし、興味の薄いお子様達には、退屈なだけだった。
暑さに、だれていた。
建物の陰と言う領域から、すでに見捨てられている。太陽の角度と、とても広い歩道と言う二つの要素によって、灼熱地獄だ。
真昼でないだけ、まだマシと言う程度だ。
「みなさん、もう少しですわ――」
「………ん~」
「ねずみさん、大丈夫?」
「ちゅぅ~………」
どこかで歩いた、灼熱の道であった。
ねずみとしては、足をつけるだけで、カリカリに焼かれてしまう恐怖がある。小さなお嬢様たちにも、過酷だろう。
「ちゅちゅ~………ちゅう」
「………大丈夫かワン?」
「ん、どうしたの、犬さん」
「あぁ、ちょっと涼しい~」
「………ねずみさん?」
弱い結界を、発動させたのだ。
過保護とも思ったが、ねずみ自信のためでもあった。
公園で休んでいるわけではない、木陰や水辺がない、炎天下の歩道なのだ。お屋敷が連なる道は幅広く、時間帯によっては陰がほとんどない、灼熱地獄なのだ。
前回、アーレックに連れられたときは、干物寸前だった。
そう、ねずみには、覚えがあったのだ。
「ちゅちゅ~、ちゅ~、ちゅ~」
手をひらひらとさせて、知り合いの屋敷を指差した。
駄犬ホーネックは知らないが、ねずみは、おそらく優遇されるだろう。宝石が輝けば、お嬢様たちを休ませるくらい、してくれるだろう。
ヘイデリッヒちゃんが、指差した。
「あぁ、あそこですわ。お化け屋敷って有名で――」
ねずみも、その屋敷を指差していた。
カーネナイの、お屋敷であった。




