ねずみと、駄犬と、都市伝説
裏路地。
あまり人の通らない、それでも、柄が悪いというほどではない、生活空間の一部である。家々が密集している隙間を縫うように、迷路のような空間に、子供達はいた。
あと、駄犬も
「と、ところで、お嬢様は今日は都市伝説を調査するって言ってたワン。暑くなる前に、お出かけしたほうがいいワン」
話題を、そらした。
目も、そらしていた。
ポニーテールちゃんは、詰め寄っていた。
「オーゼルさんとは、どこでお会いになったのか、教えてほしいだけですわよ?」
「………そ、そそれは、偶然なんだワン………と、とにかく、お出かけするなら、早いほうがいいんだワン」
これは、ねずみがちょくちょく見る、アーレックと同じ姿である。なんとかご機嫌を取ろうとして、そして、お怒りの矛先をそらそうとして、必死な瞳である。
恋人でもあるまいに、必死だった。
「………ちゅぅ~」
ねずみは、哀れみに涙を流していた。
いいや、鏡を見れば、ねずみもオーゼルお嬢様と会話をするときに、同じ顔をしているのかもしれない。
笑うように、宝石がピカピカしていた。
ねずみを抱きしめていたツインテールちゃんは、ぴょんぴょんと、楽しそうだ。
「すごいね、すごいね。しゃべる犬さんや、不思議な宝石さんも、みんなオーゼルちゃんだもんね?」
何がすごいのか、とにかく、興奮にぴょんぴょんしていた
そしてオーゼルお嬢様を、尊敬の瞳で見つめていた。――いや、楽しい事の始まりの予感に、ワクワクした瞳で見つめていた。
次は、どのような不思議があるのか、好奇心が押さえきれない瞳である。
オーゼルお嬢様は、心当たりを指折り数える。
「森の小屋は、お茶会に誘ってもらったし………しゃべる犬さんは、ここにいるでしょ。そして、下水の幽霊は――ねずみさん?」
目線は、ツインテールちゃんに抱きしめられた、ねずみに向けられた。
宝石が、ねずみの目の前をふわふわ浮いている。下水を移動手段に使うねずみであれば、下水の幽霊の正体だ。
お子様達の瞳が集まり、ねずみは鳴いた。
「ちゅぅ~」
正解だ――と、ねずみが答えたとしか思えない。
もちろん、ねずみはそのつもりで鳴いたのだ。気付けば都市伝説の仲間入りをしていたのは、全て身内だった。
オーゼルお嬢様は、続けて数える。
「夜空をお散歩するおばあちゃんも――丸太小屋にいたもんね?」
今度は、駄犬とねずみの、両方に向けた質問だった。
駄犬とねずみは、同時に答えた。
「………ワン」
「………ちゅ~」
どちらも、遠い場所を見つめる瞳であった。お師匠様と言う、恐怖のミイラ様も、有名になっていたようだ。
夜な夜な、組合長を脅かすために、夜空のお散歩を楽しんでおいでなのだ。生きた年月は200年とも言われる、人間の限界を超えたミイラ様だ。
すでに、ご本人は亡くなられて、ミイラになってもこの世に這いずり回っているのではないか。そんな冗談が、冗談ではない可能性が、魔法である。
人間と言う枠組みから、ずれているに違いない。枯れ枝のような細腕は、鋼鉄よりも頑丈である。
死に神です――
そう名乗っても納得の執事さんとの出会いは、拳での語らいだったという。そして、ミイラ様が優勢だったと。
逃げてもいい――というお言葉をかけて、執事さんは即座に従ったのだ。
運悪く、ドラゴンのベランナ姉さんに出会ったのは、運がなかったのだ。
覚悟を決めて勝負を挑んで、ベランナお姉さんの専属の執事さんになったと言うのが、今までの経緯だった。
「下水のワニさんも………今は、里帰りだっけ?」
オーゼルお嬢様の問いかけに、ねずみと駄犬は、やはり同時に鳴いた。
ワン――と
ちゅ~――と
こうして数えると、都市伝説が生まれる陰に、自分達魔法使いがいるような気がしてならない。下水の幽霊としゃべる犬に、森の中の不思議な丸太小屋など、自分達が生み出したものがほとんどだ。
ポニーテールちゃんが、まざってきた。
「空飛ぶ女の子も忘れてますわよ、魔法少女のオーゼルさんっ」
腰に手を当てて、びしっ――と、学友を指差した。
ヘイデリッヒちゃんは、ライバルとして認識しているようだ。一方のオーゼルお嬢様は、迷惑そうなお顔である。
つっかかってくる、迷惑な同級生。
それが、ポニーテールちゃんに抱く感想のようだ。それでも、夏休みの自由研究?に付き合うあたりは、仲が良いのだろうか。
ねずみは、子供の世界は複雑だと思いながら、自分達のケンカ仲間と言う丸太小屋メンバーを思い出す。
「ドラゴンの噂も有名ですわね。私はまだ見てませんけど………」
ヘイデリッヒちゃんの問いかけに、子犬のようなツインテールちゃんが、飛び跳ねた。
はい、はい――と、ねずみを抱きしめたまま、飛び跳ねていた。
「知ってる、知ってる――夕焼け空をおさんぽしてたとか、森に住んでるとか――?」
視線が、ねずみと駄犬の、交互を見る。
オーゼルお嬢様は、すでに見ている、魔法の宝石と言う、光るカーペットで行き来をしているのだ。ドラゴンモードのフレーデルの姿も、当然、見ている。
秘密と言うには大きすぎる上、魔術師組合には、すでに報告済みである。何かあっても、お任せだ。
では、最新の話題は?
「それじゃぁ、改めて下水の幽霊から調査ですわ――ねずみさん、あなたの仲間は何匹いますの?」
ヘイデリッヒちゃんからの、驚きの質問だった。
下水の幽霊の噂話。
その正体だと思っていたねずみは、驚きだった。もしかすると、話が合わさって、混ざって、真実が見えにくくなっていたのではないか。
探究心が、くすぐられた。
「ねぇ、それって………ねずみさんじゃないの。他にも、誰かいるの?」
「なになに、幽霊、本当はねずみさんじゃないの?」
「ふふふ………そうですわ、じょ~ほ~がまざって、見えにくくなるって言ってましたの。紐解いていくと、予想していなかった真実が見えてくるって………」
オーゼルお嬢様とツインテールちゃんは、今や、ヘイデリッヒちゃんの言葉に夢中である。
調査をしなければ、収まりそうにない雰囲気だ。
ねずみは、駄犬にむけて、つぶやいた。
「ちゅちゅ~、ちゅうう、ちゅう?」
「………何を言ってるか、わからんワン。とにかく、危なくないように、見守るんだワン」
「ちゅ~、ちゅうう、ちゅ~」
意思疎通に不安があるが、駄犬ホーネックの言葉は、ねずみの意図から、大きく外れていないらしい、うなずいていた。
名探偵の、出番のようだ――と




