ねずみと、駄犬と、待ち合わせ
青い空が、どこまでも続いていく。
ねずみは、夏の青空を見上げながら、風船での旅立ちを思い出していた。夏も本番と思っていたあの大冒険から、すでに、真夏だ。
人間に、戻るときが来たのか――
そんな決意をした時期とも重なり、微妙だった。戻る方法があるのなら、とっくに戻っているはずの仲間たちが、動物さんだったのだ。
当分、アニマルモードなのだ。
仲間の駄犬を、じっとりと見つめていた。
「………ちゅぅ、ちゅうう、ちゅううう?」
………おい、一体どういうことだ?――
あきれたような、情けないような気持ちだった。
尻尾を振りながら、クッキーを食べている駄犬がいた。ねずみの仲間である、駄犬ホーネックである。
楽しそうに、ワンワンと尻尾を振っていた。
「ワンワン、ワンワン――」
どこにでもいる、おこぼれに預かる駄犬の姿だ。
はっ、はっ、はっ――と、愛嬌を振りまく姿が、涙を誘う。奥様達に通用するのだろうか、ホウキを持って、追い払われるのがオチではないか。
ポニーテールちゃんに、ゴマをすっていた。
クッキーを恵んでくれた、心優しい女の子である。見た目は、仲の良いお友達に見えるが、ねずみは、まともに見ていられなかった。
そっと、片手で顔を覆った。
「ちゅうう、ちゅちゅうううぅ~………」
苦労、してるんだな――
涙が、あふれて止まらない。
かつては、本の他には興味を持たぬという変わり者だった。仲間達の間では、知識人ぶっては、おマヌケと言う日々が、懐かしい。
今の姿は、とても想像が出来なかった。
オーゼルお嬢様の反応は、ねずみとは違った。にっこりとした笑顔で、駄犬を演じる駄犬を見つめていた。
「あら、ヘイデリッヒさんのお友達?」
お嬢様ぶっていた。
何かを企んでいる、にこやかな笑みである。ねずみは、さっそく何を考えているのか、見えていた。
ヘイデリッヒちゃんは、自慢話がしたいという。いつも珍しい噂話を仕入れては、知っているか――と、自慢をしてくるのだ。
そんなお嬢様が、駄犬ホーネックと共に、待ち構えていたのだ。
しゃべる犬など、格好の材料だろう。惜しむべくは、オーゼルお嬢様はすでに、駄犬と言葉を交わしていることだ。
丸太小屋へ、光るカーペットで通っている。
ベランナ姉さんと5歳児のフレーデルと言うドラゴン姉妹とも、すでに言葉を交わしている。お茶会までするほど、気心が知れたのは、先日のことだ。
うれしかったのだろう、絵日記にも記された。
元気な、ツインテールちゃんが現れた
「あ~、やっぱりねずみさんも、仲間?」
子犬のようだ。
元気にぴょんぴょんと飛び跳ねて、夏も本番と言うのに、元気なことだ。ねずみは、熱で溶けた経験から、まぶしく感じた。
元気なお嬢様だ。
「ねずみさん、空のお散歩、どうだったの?獣人の国って所まで、ちゃんとお手紙届けたの?」
ぴょんぴょんと、落ち着きのない子犬のようなお嬢様だ。
ねずみには、よく知る元気娘と重なる。赤毛のフレーデルちゃんは、雛鳥ドラゴンちゃんと言うのが、本来の姿だ。
どちらにしても、子犬のように落ち着きがないのは、同じである。そして、こちらは10歳のお子様だ。
お誕生日の関係で、まだ9歳かもしれない。ねずみは、大人としての態度で、紳士にお返事をした。
「ちゅ~、ちゅうう、ちゅう、ちゅ~、ちゅううう」
大きく手を振り上げて、ぱたぱたと羽ばたく縁起をして、そして、四本足歩行で、狼の主様の物まねもした。
通じているのかは、不明だ。
背後の宝石も、ピカピカと協力をして――
「ちゅちゅうう?」
なんだとぉ?――
ねずみは、あわてた。
オーゼルお嬢様の前においては、すでに秘密ではなくなっている。しかし、他の人の前では、透明モードをお願いしてきたのだ。相棒と言うアーレックの前でさえ、宝石は透明モードである。
ツインテールちゃんは、ぴょんぴょんしていた。
「すごいすごい、どうしたの、宝石が浮いてる、オーゼルちゃんなの?」
勘違いが、始まった。
いいや、勘違いでないかもしれない。ねずみは、ニコニコ笑顔のオーゼルお嬢様を見つめた。宝石の皆様と言う、光るカーペットに乗って、お散歩をするお嬢様なのだ。ならば、ねずみより、お嬢様の感情を優先しても、不思議はない。
オーゼルお嬢様は、ニコニコしていた。
「夕方にはもどってきたのよ、ちゃ~んと、お手紙を届けたって――ねぇ?」
お嬢様の問いかけに、ねずみは、コクコク――と、お返事をした。
このしぐさだけは、はっきりと伝わったのだろう、犬のようなツインテールちゃんは、楽しそうに飛び跳ねた。
本当に、落ち着きのない子犬のようなお嬢様だ。
放置されたポニーテールちゃんが、不機嫌だ。
「もぉ~、今日は、都市伝説の調査だって言いましたでしょっ」
自慢をしたい。
そして、そのために調査と言う努力をして、結果は、足元でうずくまる駄犬ホーネックである。
どのように出会ったのか、この場所が、答えのようだ。
噂話の発生源、井戸端会議で、出会ったようだ。ヘイデリッヒちゃんは、噂話を目的に、そして駄犬ホーネックは、ゴミ箱にでも頭を突っ込んでいたのだろうか。
クッキーを恵んでもらう姿が、二人の関係の始まりなのだ。
オーゼルお嬢様は、微笑んだ。
「あら、そんなに声を荒げるものではなくってよ?」
淑女のように、微笑んだ。
オーゼルお嬢様は、背伸びの同級生に向かって最適な攻撃方法を、ご存知のようだ。
ツインテールちゃんは、一歩さがって、争いの行方を見守っている。
ワクワクしている様子から、深刻な事態にならないことは、経験済みなのだろう。なぜか、ねずみが腕の中にいるが、気にしない。
オーゼルお嬢様は、駄犬と向かい合った。久しぶりの友人に会うような、懐かしいという笑みである。
駄犬は、じっとりと汗をかいているように見える、お嬢様と見詰め合った。
しばしの時間であった。
「しゃべる犬さん、町にも通っていたのね?」
にっこり笑顔で、オーゼルお嬢様は、おっしゃった。
ヘイデリッヒちゃんのたくらみが、失敗に終った瞬間だった。ヘイデリッヒちゃんは驚きのお顔で駄犬を見つめ、駄犬ホーネックは、前足で目頭を押さえて、うなだれた。
しゃべる犬とは、都市伝説のひとつである。
駄犬ホーネックは、それが、実在したと言う証拠なのだ。
お友達として紹介することで、自慢したかったのだろう。駄犬が、ご挨拶をしなかった理由だ。
びっくりさせるつもりが、逆に悔しい思いをする結果となっていた。ポニーテールちゃんは、静かに駄犬を見下ろす。
「………町にも………って、どういうことですの」
浮気を問い詰める、恋人の気分であろうか。じろりと駄犬を見つめる瞳が、涙目だ。
見ている分には可愛らしいが、にらまれる駄犬の気持ちになると、大変に気まずい。ねずみは、駄犬に同情した。
「………ちゅぅ~、ちゅううう、ちゅう~」
本当に、苦労してるんだな――
無言の駄犬と、涙目のポニーテールちゃんとのにらめっこが、始まった。




