ねずみと、お嬢様の絵日記
ねずみは、机の上で立ち尽くしていた。
ダイニングルームの、大きな机である。ご家族に加え、アーレックの野郎が座ってもゆったりとするサイズだ。小さなねずみの姿など、気付かれないだろう。ノートの前で、立ち尽くしていた。
朝食の時間帯、自慢げに、オーゼルお嬢様が持ち込んだノートだった。
名前を、絵日記帳という。
「ちゅ~、ちゅうううぅ、ちゅううううぅ~」
あ~、たいへんだぁ、たいへんだぁ~――
ねずみは、頭を抱えていた。
絵日記帳には、ねずみと、丸太小屋メンバーが描かれていた。
背中の宝石は、ピカピカと光っていた。あるいは、喜んでいるのかもしれない、ねずみだけでなく、しっかりと、宝石も描かれていたのだ。
『森のお茶会』
絵日記の題名である。
ねずみが、丸太小屋メンバーと毎日のように会合を持つようになって以来、お嬢様のお出迎えも、ほぼ毎回となっていた。
絵日記にあるように、時間によっては、共にお茶をするほど、仲良くなっていた。
オーゼルお嬢様には、絵の才能があるのかもしれない。森の中にある小屋で、動物さんたちとお茶会をする様子が、楽しそうだ。ねずみらしき小さなシルエットに、雑だが、宝石が輝くようなイラストもある。
繊細なタッチなど求めていない、その出来事さえ伝われば、それでいいのだ。
可愛らしい文字で、説明文も万全だ。
今日は森の小屋で、動物さんたちと、お茶会をしました――
オーゼルお嬢様にとっては、秘密と言うつもりはないのだろう。夏休みが終われば、学校の先生に提出される作品の一つに過ぎない。
ねずみは、腕を組んだ。
「ちゅ~、ちゅ~………」
さて、どうしたものか――
この日記が提出されるのは、まだ先のことである。しかし、楽しい出来事として、ご家族に報告されてしまった。
そう、よかったわね――という扱いであったのは、ありがたい。頭ごなしに否定することもなく、真偽を問いただすこともなかったのだ。
宝石と言う光るカーペットに乗ってのお出かけについても、なぜか質問されていない。本当に気付いていないのか、とても心が広いのか………
ねずみが、ドキドキしただけだ。
緊張に、冷や汗であった。おかげで、せっかくのドレッシングの味も、ドレッシングがかかったカリカリベーコンの味も、分からなかったほどだ。
オーゼルお嬢様にはナイショにしているが、ドラゴン関係は、今や領主様が裏で動き始める、面倒ごとである。
ねずみも、警戒するように頼まれた。
その意味で、宝石のカーペットに乗ってお散歩をするお嬢様は、大変だ。
改めて、ねずみは絵日記を見つめる。
「………ちゅぅ~」
頭上の宝石は、ねずみの隣に浮かんでいた。
絵日記がお気に召したのか、自分が描かれている様子がうれしいのか、ふわふわと、ピカピカと浮かんでいた。
このまま、仲間たちまで呼びそうだ。
お嬢様が丸太小屋に現れるときには、光るカーペットに乗っているのだ。
宝石たちと仲良くなったおかげらしい。これは、ベランなお姉さんと言う、ドラゴン様のお言葉だ。
偶然であっても、宝石たちにとっての主は、オーゼルお嬢様なのだ。町の皆様にとっては、たくさんある噂のひとつ、空飛ぶ魔法少女だ。
だが――
「ねずみさん、出かけますわよっ」
オーゼルお嬢様が、お呼びだ。
本日は、共に出かけるというお約束である。夏休みになってしばらくたち、本日は、ご友人とお出かけだという。
ねずみは、元気一杯にお返事をした。
「ちゅぅう~っ」
気分は、従者か、あるいは使用人か………
トタタタタ――と、リビングから駆け出すと、お人形のように可愛らしいお嬢様が腕を組んで、仁王立ちだった。
お出かけ準備は、万端のようだ。太陽は、本日も厳しい。大きな白いお帽子が、良く似合う。
ねずみは、なぜか誇らしい気持ちで見上げた。
「ちゅう、ちゅうう、ちゅ~」
動物さんたちとのお茶会など、些細なことだ。夏休みの宿題の一つとして、子供の可愛らしい空想絵日記として、認めてやるのが大人ではないのか。
そんな、年長者としての、ほほえましい気持ちで、すべての悩みをなかったことにしたねずみであった。
――わずかな、時間だった
「今日はね、ヘイデリッヒの調査に付き合ってあげるの。しゃべる犬さんとね、不思議なことを探してて――」
玄関に向かいつつ、ご予定を教えてくれる。
心優しいお嬢様は、肩の上に載ることを許してくれた。おそらく、アーレックと共にいる姿を見ていたのだろう。
思えば、このようにお出かけするのは、初めてのことだった。少しくすぐったく、小さな友人の日常に参加する緊張と楽しみと………
ワンワンと、鳴きまねをする駄犬との顔合わせに、心がうなだれていた。
「ちゅぅ~………」
「うん、そうね。しゃべる犬さんって、ねずみさんのお友達よね?」
お嬢様は、楽しそうだった。
自慢したいんですって――と、大人ぶっておいでだ。
ねずみは、その背伸びがほほえましく、そして、自慢話をしたいらしいご友人が、少しかわいそうであった。
ヘイデリッヒと言うお嬢様は、自慢したいのだ。都市伝説にある、しゃべる犬さんが、本当にいるのだと。
先日、お茶会をしたと知れば、どのような顔をするだろうか。
「楽しみね、どんな顔をするのか」
「………ちゅぅ~」
お嬢様は、とっても楽しそうだった。




