丸太小屋メンバーと、遅れてきた ねずみ(上)
まるで子犬のようだと、レーゲルは思った。
愛くるしく、クルンとした大きな丸い瞳は、保護欲をかき立てられる。小さな子供も、子犬も同じく、雛鳥にエサをやる親鳥の気持ちだ。
惜しむべくは、頭から尻尾までの長さが、6メートルを越えているところだろう、お犬のお座りモードでさえ、木々と等しい。
レーゲルお姉さんは、命じた。
「フレーデル、お座りっ」
巨大な影を見上げて、命じた。
産毛が生え残っている尻尾を、ピシッと伸ばして、雛鳥ドラゴンちゃんは、お返事をした。
“はいっ――”
肉声ではない、魔法で、声を直接届けているのだろう。ドラゴンモードは、普通の生き物とは異なる領域に位置しているようだ。
びくっと、お子様心理で背筋が伸びるのは、同じらしい。ついでに、尻尾と、そして翼も動いた。
それだけで、丸太小屋の前にある草原には、風が吹く。
洗濯物も、ばさばさと大慌てだ。それでも、ささやかな風に過ぎない、ドラゴンちゃんが本気で飛び立てば、洗濯物も飛んでいくのだ。
とある夕暮れ時で、経験済みだった。
「退屈なのは分かるけど、その姿で出迎えたら、またネズリー、飛んでっちゃうでしょうがっ」
銀色のツンツンヘアーさんは腰に手を当てて、お怒りアピールだ。
先日の、ちゅぅ~――と、情けない鳴き声が、どこかで聞こえるような錯覚を覚える。しかも、それだけではない。
ちらりと、クマさんが干している洗濯物に、目が行く。
「お洗濯も、回収するの大変だったんだからね」
ねずみが、風船に乗って大空へと飛び立った。
その話を聞いたメンバーは、大慌てだった。そして、ベランナ姉さんの許しを得て、フレーデルちゃんは、本来の姿に戻ったのだ。
結果、大騒ぎだった。
クマさんは、すでに洗濯物を守ろうと、手を広げていた。2メートルを肥える巨体であっても、6メートルのドラゴンちゃんの前では、ウサギも同然だ。
さすが、ドラゴンなのだ。
「ほら、さっさと戻りなさい」
ふせ――の状態になったドラゴンちゃんは、つまらなそうにお返事をした。
同時に、体が輝き、見る見ると縮んでいく。
ねずみを救うための、空のたび、その出発で初めてめにした時は、驚いたものであるが、今では、見慣れてしまった。
完全に、人間とドラゴンの姿を行き来している、コレが、ドラゴンの魔法なのだと、レーゲルお姉さんは、小さくつぶやいた。
「ほんと、すごい才能――の、無駄遣いよね………」
ポツリと、つぶやいた。
恐れも、うらやみもない、ただのつぶやきだった。
まだ、フレーデルがドラゴンだと知らなかった当時から、そして今も変わらない。魔力ばかり巨大な修行仲間の妹分は、手のかかる妹分なのだ。
タオルを手に、お子様の前にしゃがみこむ。
「ほら、お手々だして」
お世話に、休みはないのだ。
さほど汚れていないが、すこし、草や土がついている。お子様が、お犬様のまねをして座っていたのだ、はだしも、ちゃんとぬぐってやらねばならない。
そっと抱きしめて、お世話を開始した。
「服が再現されるって、すごいよね」
5歳ほどの幼児の姿とはいえ、女子としては気を使いたい。しかし、魔法が全てを解決している、ほつれた糸まで再現して、服を着たままの姿である。
本当に、すごい才能の無駄遣いだ。
変身魔法には、そうした小さな変化も含まれていると思えば、納得だ。自分達の魔力では、到底、再現できないレベルである。
駄犬が、知識人ぶった。
「まぁ、伝説の勇者に武具一式を与えたという話もあるワン。服や色々、あと、魔法所も生み出したはずだワン」
布地に本に、皮製の鎧に、鉄製の鎧に、それらが融合した、人間では再現できない素材のその他もろもろが、ドラゴンの財宝といえる。
軽くて頑丈、そして、長持ち。装着した勇者は、本来の力の何倍もの力を発揮するという、伝説の装備である。
多くは、王国の始祖や伝説や、神殿そのほか、重要な家宝として伝えられている。
再現など出来ない、それが、魔法使いの常識だ。
ドラゴンちゃんには、日常だ。
「くまぁ~、くまくま、くまぁ~」
蝶ネクタイの、クマさんが現れた。
丁寧なしぐさで、腰をかがめてきた。しぐさはまるで、執事さんである。本当に、この姿を見られては、大変だ。サーカスの団長さんが、ほしがりそうである。
レーゲルからタオルを受け取ると、そのまま静かに下がって言った。
ドラゴンちゃんが幼児に戻ったため、この丸太小屋で、最大の巨体である。のっし、のっしと、洗濯場へと歩いていった。
ふと、どこかを向いた。
「くまぁ、くま、くまぁ~」
どこかを、指差していた。
クマの嗅覚は、とても鋭い。一度覚えたニオイを追いかけて、何キロも移動することもあるという。
駄犬も、バカにしてはならない、顔を上げた。
「やっと来たワン」
宝石が、輝いていた。
ねずみの、目印だ。
遠くて、まだ姿は分からない。しかし、宝石が目印だ、しばらくすると、ちゅ~、ちゅ~と叫ぶ、手足をじたばたするねずみの姿が、見えることだろう。
フレーデルちゃんが、じたばたしていた。
「もぉ~、おそいよっ」
ねずみとフレーデルは、同じように、じたばたしていた。




