表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
167/205

公僕アーレックと、裏口のカーネナイ


 太陽が、じりじりと石畳を熱している。ふと足元を見つめると、ゆらゆらと、空気が揺らめく蜃気楼しんきろうだ。

 アーレックは、ぼんやりと足元を見つめていた。


「夏だな………」


 癖のある金髪は、やりでも持てば、雷神を髣髴ほうふつとさせる。190センチに届こうという長身と、比例してごつい肩幅に、鍛え抜かれたごっつい肉体が、強さを見せ付ける。


 騎士の家系に生まれた青年は、今は木陰が恋しかった。


「わが友よ、生きてるか~」


 力なく、自らの肩を見つめる。

 小さなねずみが、だれていた。当たり前のようにアーレックの肩に乗るようになったのは、初夏の頃からだ。

 目の前を走り、犯罪者のアジトに案内されたのが始まりだ。そのまま、気付けば相棒として、アーレックの肩に乗るようになっていた。


 アーレックの声に、弱々しく、鳴いた。


「ちゅぅ~………」


 炎天下に連れ出し、気の毒とは思うアーレックだった。

 すでに、ねずみの干物ひものが、アーレックの肩で調理中である。

 ならばと、帽子の案は、蒸し焼きと窒息死と、どちらが早いかと言う、哀れな選択肢だ。ねずみに選択を迫ったとたん、肩の上に駆け上がったのだ。


 歩きながら、アーレックは懐から、手紙を取り出した。


「カーネナイの屋敷へ………領主様は、どこまでご存知なのか――」


 領主様からの、お手紙であった。

 手紙と言う形式を取っているものの、命令書である。ただ、正式なものではない、よければ――という、丁寧な書き方であった。

 公僕としてのアーレックには、命じるだけでいいはずだ。なのに、友人を別荘に招待するような招待状だった。

 しかも、ねずみを同伴者として、指定している。


 先日の騒動の解決に貢献した。その功績をたたえ、話がしたい――


 首が飛ぶのかと、婚約者となった恋人様の大暴れと、自分も暴れたことを思い出して、冷や汗が出た。

 言葉通りであれば、正式なものであれば、公の場で話せばよい。それが大げさであれば、封書に、感謝状と言う形式があるのだ。

 報奨金もセットで届けられて、その程度でも十分すぎる対応と感じる。


 裏の意味がある。そう感じる不気味さだ。


「少し、急ぐか――」


 アーレックは、足を速めた。

 照りつける太陽は、これからが本番だ。肩の上の相棒が干物ひものになるのが先か、木陰と言う楽園に落ち着けるのが先か、命がけのレースの始まりだ。


 ねずみは、弱々しく鳴いた。


「………ちゅぅ~――」


 スタスタと歩くアーレックには、頼んだ――という、弱々しい願いに聞こえた。おそらく、間違えてはいないだろう、ねずみは、へばっているのだ。


 屋敷が立ち並ぶ町外れまで、アーレックの足なら、あとわずかだ。



 そして――


「やっほぉ~、この熱いのに………って、ねずみくん、生きてるか~?」


 メイドさんが、現れた。

 背の高いメイドさんだ、ロングヘアーは涼しげに、炎天下であっても表情を変えないのは、さすがはメイドさんである。


 手を、差し出していた。


「――招待状は、お持ちですか?」


 可愛らしく、小首をかしげた。

 凛とした態度も似合うし、かわいいアピールも似合う、美人は何をしても許される証拠が、目の前にあった。


 ともかく、アーレックは招待状を手渡した。


「わざわざお義父上ちちうえてたのは――いや、ともかく、こいつに冷たいものを――」


 疑問は様々にあったアーレックだが、今は、肩の上の友人が気がかりだ。

 メイドさんは、辛らつだ。


「だったら、ここで待ち合わせさせてさぁ、ねずみ君には涼しい下水を………って、とりあえず、こちらへどうぞ――」


 馬鹿にした顔のまま、メイドさんらしくお辞儀をした。

 しなやかな指先は、涼しそうな玄関ホールをさしている。大きな門をくぐったとはいえ、木陰とはほど遠い、せめて、室内で休みたいものだ。

 アーレックでさえそう思うのだ、ねずみは、大丈夫だろうかと心配になる。


 マッチョなメイドさんが、現れた。


「あら、お久しぶり」


 アーレックをしのぐ巨漢が、メイド服で現れた。瞬間、身構えるアーレックであるが、この招待状のこともあり、やや警戒するにとどめている。

 スレンダーメイドさんが、命じた。


「井戸水………いや、噴水のところに連れて行ってあげて」


 コップに水を――

 それが、客に対する普通の対応であろうか。炎天下を歩いてきたのだ、熱い紅茶よりも、冷たい水のほうがうれしいときもある。

 まさか、ねずみをコップに放り込むわけにも行かずに、アーレックは案内のまま玄関ホールを素通りして、庭へと進むことになる。


 少し前に訪れたようで、かなり前のようで、アーレックがカーネナイのお屋敷に足を踏み入れたのは、壁をよじ登っての不法侵入が、最初だった。


 広さは、ちょっとした公園と言う大きな屋敷だが、手入れはほとんどされていない、無人の、すたれた屋敷と言う印象だった。

 水のせせらぎが、かろうじて噴水の存在を教えている、自然の力を使った仕組みは、手入れがされていなくとも、長く維持されるようだ。


 今は、徐々に人の手が届いており、見事な彫刻から水が流れ出る様子がわかるようになっていた。

 植物に覆われた庭園は、屋敷の木陰と水と、涼しい風の吹く空間となっていた。


 ねずみが、ほっとしたように鳴いた。


「ちゅぅ~………」


 心地よいそよ風の気配と、水の気配。炎天下を歩いてきた巨漢と一匹には、楽園に足を踏み入れた心境だ。


 マッチョなメイドさんが、手をさした。


「ほら、ここよ。みんなでお掃除したから、ベンチがあったの。足元に水が流れて、暑い日には最高よ?」


 噴水から、庭を巡るように水が流れ、小さな石橋がいくつかと、とても個人の邸宅とは思えない贅沢さだ。

 公園がそのまま、ここにあった。


 アーレックは、ややぎこちない笑顔で、応えた。


「うん………案内、感謝する」


 そっと座ると、ねずみを水辺へと下ろす。

 アーレックには、足首までもないせせらぎだ。小さなねずみでは、おぼれてしまう深さのための、気遣いだ。


 ねずみは、手を水に付けた。


「………ちゅぅ~――」


 心地よさそうだ。

 アーレックも、このまま靴を脱いで、せせらぎに足を突っ込みたい気分だった。しかし、人様のお屋敷で、そして、招待状を持って訪れた身分である。

 気を緩めすぎるのは良くない、とりあえず、周囲を見回す事にした。


 マッチョの陰が、まだ背後にあった。


「不思議なねずみよねぇ~、人に飼われてるって言うより――あら、あたしとしたことが、メイドたるもの、お客様の詮索せんさくは失礼よね?」


 おほほほほ――と、上品な淑女を気取った。

 違和感が激しすぎて、逆に自然に見えるのが、不思議である。かつてアーレックと戦ったことのある、巨漢であった。

 かつても女装をしており、今もメイドさんである。


 新たなメイドさんが、現れた。


「お前は、確かあの夜の………下僕げぼく?」


 犬耳に、犬の尻尾のメイドさんだった。

 10代も半に見える、声は少年のようで、あるいは少女かもしれない。メイド服であるからと、必ずしも男子とは限らない。

 アーレックは、となりのマッチョを見上げた。


 確実に、巨漢であるだろうが………


「あぁ、新入りちゃんなの………お客様だったんだけど、こっちで動くには、こっちの常識を学んだほうがいいだろうって………ね?」

「うん、ボクが提案したんだ。そういう役割だろうし、ねぇ~?」

「………われ――私も、そう思います」


 3人のメイドさんは、それぞれに温度差があった。

 領主様のパーティーで騒ぎが起った、その原因の犬耳さんだという。覆面がぶかぶかで、性別も不明な、すばやいぞくだった。

 なんと、婚約者様のサーベルから逃げるすばやさなのだ。


 人間では、なかったようだ。


「獣人の国の使者殿か………にしては――」


 敵対していないはずだが、なぜか、騒ぎを起こしてしまった。それは事故としても、表立って動いていないのは、なぜか。

 ここまで考えて、アーレックは招待状に思い至る。表に出せない色々は、すでに経験をしている。ガーネックの案件においては、表には出せない色々と協力して、記録に残せない活動をしていたアーレックである。


 つまり――


「アーレックと言う………よろしく」


 ゆっくりと立ち上がって、まずは、握手だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ