公僕アーレックと、裏口のカーネナイ
太陽が、じりじりと石畳を熱している。ふと足元を見つめると、ゆらゆらと、空気が揺らめく蜃気楼だ。
アーレックは、ぼんやりと足元を見つめていた。
「夏だな………」
癖のある金髪は、槍でも持てば、雷神を髣髴とさせる。190センチに届こうという長身と、比例してごつい肩幅に、鍛え抜かれたごっつい肉体が、強さを見せ付ける。
騎士の家系に生まれた青年は、今は木陰が恋しかった。
「わが友よ、生きてるか~」
力なく、自らの肩を見つめる。
小さなねずみが、だれていた。当たり前のようにアーレックの肩に乗るようになったのは、初夏の頃からだ。
目の前を走り、犯罪者のアジトに案内されたのが始まりだ。そのまま、気付けば相棒として、アーレックの肩に乗るようになっていた。
アーレックの声に、弱々しく、鳴いた。
「ちゅぅ~………」
炎天下に連れ出し、気の毒とは思うアーレックだった。
すでに、ねずみの干物が、アーレックの肩で調理中である。
ならばと、帽子の案は、蒸し焼きと窒息死と、どちらが早いかと言う、哀れな選択肢だ。ねずみに選択を迫ったとたん、肩の上に駆け上がったのだ。
歩きながら、アーレックは懐から、手紙を取り出した。
「カーネナイの屋敷へ………領主様は、どこまでご存知なのか――」
領主様からの、お手紙であった。
手紙と言う形式を取っているものの、命令書である。ただ、正式なものではない、よければ――という、丁寧な書き方であった。
公僕としてのアーレックには、命じるだけでいいはずだ。なのに、友人を別荘に招待するような招待状だった。
しかも、ねずみを同伴者として、指定している。
先日の騒動の解決に貢献した。その功績を称え、話がしたい――
首が飛ぶのかと、婚約者となった恋人様の大暴れと、自分も暴れたことを思い出して、冷や汗が出た。
言葉通りであれば、正式なものであれば、公の場で話せばよい。それが大げさであれば、封書に、感謝状と言う形式があるのだ。
報奨金もセットで届けられて、その程度でも十分すぎる対応と感じる。
裏の意味がある。そう感じる不気味さだ。
「少し、急ぐか――」
アーレックは、足を速めた。
照りつける太陽は、これからが本番だ。肩の上の相棒が干物になるのが先か、木陰と言う楽園に落ち着けるのが先か、命がけのレースの始まりだ。
ねずみは、弱々しく鳴いた。
「………ちゅぅ~――」
スタスタと歩くアーレックには、頼んだ――という、弱々しい願いに聞こえた。おそらく、間違えてはいないだろう、ねずみは、へばっているのだ。
屋敷が立ち並ぶ町外れまで、アーレックの足なら、あとわずかだ。
そして――
「やっほぉ~、この熱いのに………って、ねずみくん、生きてるか~?」
メイドさんが、現れた。
背の高いメイドさんだ、ロングヘアーは涼しげに、炎天下であっても表情を変えないのは、さすがはメイドさんである。
手を、差し出していた。
「――招待状は、お持ちですか?」
可愛らしく、小首をかしげた。
凛とした態度も似合うし、かわいいアピールも似合う、美人は何をしても許される証拠が、目の前にあった。
ともかく、アーレックは招待状を手渡した。
「わざわざお義父上へ宛てたのは――いや、ともかく、こいつに冷たいものを――」
疑問は様々にあったアーレックだが、今は、肩の上の友人が気がかりだ。
メイドさんは、辛らつだ。
「だったら、ここで待ち合わせさせてさぁ、ねずみ君には涼しい下水を………って、とりあえず、こちらへどうぞ――」
馬鹿にした顔のまま、メイドさんらしくお辞儀をした。
しなやかな指先は、涼しそうな玄関ホールをさしている。大きな門をくぐったとはいえ、木陰とはほど遠い、せめて、室内で休みたいものだ。
アーレックでさえそう思うのだ、ねずみは、大丈夫だろうかと心配になる。
マッチョなメイドさんが、現れた。
「あら、お久しぶり」
アーレックをしのぐ巨漢が、メイド服で現れた。瞬間、身構えるアーレックであるが、この招待状のこともあり、やや警戒するにとどめている。
スレンダーメイドさんが、命じた。
「井戸水………いや、噴水のところに連れて行ってあげて」
コップに水を――
それが、客に対する普通の対応であろうか。炎天下を歩いてきたのだ、熱い紅茶よりも、冷たい水のほうがうれしいときもある。
まさか、ねずみをコップに放り込むわけにも行かずに、アーレックは案内のまま玄関ホールを素通りして、庭へと進むことになる。
少し前に訪れたようで、かなり前のようで、アーレックがカーネナイのお屋敷に足を踏み入れたのは、壁をよじ登っての不法侵入が、最初だった。
広さは、ちょっとした公園と言う大きな屋敷だが、手入れはほとんどされていない、無人の、廃れた屋敷と言う印象だった。
水のせせらぎが、かろうじて噴水の存在を教えている、自然の力を使った仕組みは、手入れがされていなくとも、長く維持されるようだ。
今は、徐々に人の手が届いており、見事な彫刻から水が流れ出る様子がわかるようになっていた。
植物に覆われた庭園は、屋敷の木陰と水と、涼しい風の吹く空間となっていた。
ねずみが、ほっとしたように鳴いた。
「ちゅぅ~………」
心地よいそよ風の気配と、水の気配。炎天下を歩いてきた巨漢と一匹には、楽園に足を踏み入れた心境だ。
マッチョなメイドさんが、手をさした。
「ほら、ここよ。みんなでお掃除したから、ベンチがあったの。足元に水が流れて、暑い日には最高よ?」
噴水から、庭を巡るように水が流れ、小さな石橋がいくつかと、とても個人の邸宅とは思えない贅沢さだ。
公園がそのまま、ここにあった。
アーレックは、ややぎこちない笑顔で、応えた。
「うん………案内、感謝する」
そっと座ると、ねずみを水辺へと下ろす。
アーレックには、足首までもないせせらぎだ。小さなねずみでは、おぼれてしまう深さのための、気遣いだ。
ねずみは、手を水に付けた。
「………ちゅぅ~――」
心地よさそうだ。
アーレックも、このまま靴を脱いで、せせらぎに足を突っ込みたい気分だった。しかし、人様のお屋敷で、そして、招待状を持って訪れた身分である。
気を緩めすぎるのは良くない、とりあえず、周囲を見回す事にした。
マッチョの陰が、まだ背後にあった。
「不思議なねずみよねぇ~、人に飼われてるって言うより――あら、あたしとしたことが、メイドたるもの、お客様の詮索は失礼よね?」
おほほほほ――と、上品な淑女を気取った。
違和感が激しすぎて、逆に自然に見えるのが、不思議である。かつてアーレックと戦ったことのある、巨漢であった。
かつても女装をしており、今もメイドさんである。
新たなメイドさんが、現れた。
「お前は、確かあの夜の………下僕?」
犬耳に、犬の尻尾のメイドさんだった。
10代も半に見える、声は少年のようで、あるいは少女かもしれない。メイド服であるからと、必ずしも男子とは限らない。
アーレックは、となりのマッチョを見上げた。
確実に、巨漢であるだろうが………
「あぁ、新入りちゃんなの………お客様だったんだけど、こっちで動くには、こっちの常識を学んだほうがいいだろうって………ね?」
「うん、ボクが提案したんだ。そういう役割だろうし、ねぇ~?」
「………われ――私も、そう思います」
3人のメイドさんは、それぞれに温度差があった。
領主様のパーティーで騒ぎが起った、その原因の犬耳さんだという。覆面がぶかぶかで、性別も不明な、すばやい賊だった。
なんと、婚約者様のサーベルから逃げるすばやさなのだ。
人間では、なかったようだ。
「獣人の国の使者殿か………にしては――」
敵対していないはずだが、なぜか、騒ぎを起こしてしまった。それは事故としても、表立って動いていないのは、なぜか。
ここまで考えて、アーレックは招待状に思い至る。表に出せない色々は、すでに経験をしている。ガーネックの案件においては、表には出せない色々と協力して、記録に残せない活動をしていたアーレックである。
つまり――
「アーレックと言う………よろしく」
ゆっくりと立ち上がって、まずは、握手だった。




