再会、丸太小屋メンバーと、ねずみ 3
ネズリー・チューター
少しばかり気取り屋の、17歳の少年だ。
住まいは、貧乏学生さんである。隙間風が厳しい、安い賃貸の住まいが涙をさそう。ふちの欠けたティーセットはともかく、乾燥させた茶葉の山は、なにに使うのだろうか。
におい消しや、はき掃除のためかもしれない。まさか、さらに煮出してお茶に使うつもりなのか………
ねずみは、ネズリー少年の上に降り立ち、遠くを見つめていた。
「ちゅう、ちゅうう………ちゅう」
また、明日………か――
窓辺からは、夕焼けがまぶしい。
丸太小屋メンバーとの改めての再会は、ようやく果たされた。
前回の再会は、ワニさんをお供にした、大騒ぎであった。そんなドサクサのため、まともに言葉も交わすことなく、本日まで延びたわけだ。
そして、夕暮れの気配によって、解散となった。
「ちゅう~………」
足元に、目線をもどす。
また、明日――
そう言って、分かれたのだ。
そう、また――という約束を交わせるようになっていた。再び、そのような言葉を交わせるようになるとは、思っていなかった。多くは筆談であるが、身振りやしぐさや、意図しない気持ちすらも伝わる程度には、バカをしあった仲間たちである。
ねずみは、笑った。
「ちゅ~、ちゅうう」
ふっ、マヌケめ――
口げんかをしたのも、久しぶりだった。
クマさんとなったオットルは、器用に巨大な爪で家事をしていた。買い物メモも、巨大な爪でペンを持って、すらすらと書くという。
グループの最年長で、兄貴風を吹かせながら、手先も器用だった。
ねずみも、対抗するように魔法でペンを浮かばせたが、文字の読みやすさは、圧倒的にオットルと言うクマさんの勝利だった。
優越感に浸るクマさんの笑みが、腹立たしかった。
筆談は、お子様フレーデルの忍耐を鍛えるためにも役立ったようだ。そして、仲間達がアニマル軍団となった原因が、ようやく判明した。
ネズリーを人間に戻す方法を探る。そのために、同じ実験をしたそうだ。
ネズリーとしては、マヌケたちに言う言葉は、一つであった。
まぬけめ――と
腕を組んで、かっこうをつけていた。
筆談である、ふわふわと、一言を記した紙を浮かべて、笑みを浮かべていた。
ねずみの笑みすら、仲間たちに通じたようだ。ワンワン、クマクマと、そしてちゅ~、ちゅ~と、男連中の鳴き声で、混沌だった。
ネズリーに言われたくない――そう言って怒りんぼモードのフレーデルちゃんがじたばたと手足を暴れさせ、レーゲルお姉さんがあやすのは、まるで冗談と言う風景だ。
5歳児モードでは、魔法の力が封じられているらしい、かつては空中でじたばたと駄々をこねていたフレーデルである。
後ろのほうでは、執事さんやメイドさんや犬耳さんが話し込んでいたが、とりあえず、本日の会合は終ったのだ。
ねずみは、立ち上がった。
「ちゅ~――」
そのまままっすぐ、壁の隙間へと進んだ。
そして下水へと向かい、騎士様のお屋敷へと戻るのだ。眠り続けるネズリー少年の部屋との往復は、これから頻繁になるだろう。
人間に、戻る。
それは、すでに決めていたはずの決断であったが、オーゼルお嬢様の顔が目に浮かび、胸が痛む。
それに、簡単な話ではないらしい。仲間の中で人間に戻っているのは、レーゲルお姉さんが、ただ一人なのだ。
元々がドラゴンだったフレーデルは、この際、放置である。
本日は、そうして、お互いの状況を確認するだけで終った。
ねずみとしては、中身はネズリーであること。そして、100を超える魔法の宝石が、共に屋根裏で隠れ住んでいるということを明かした。
秘密は、これで共有した事になる。魔法使い側として、盗まれたドラゴンの宝石は気がかりのはずだ。
もっとも、焦る必要はなかったらしい。ドラゴン側として、ベランナ姉さんが言ったという。気にしなくていい、川辺の石ころのようなものだと。
ドラゴンにとってはその通りであろう、長く生きる種族でもある、そのうちもどってくればいいという。そのうち――と言う期間が1年であろうが、10年であろうが、または100年であろうが、気にしないらしい。
さすがは、ドラゴンである。
ねずみは、立ち止まった。
考え事をしながら走り続けるほど、慣れた道であるのだ。
小さく、念じた。
「ちゅ~――」
下水からの出口である。
そして目に映るのは、いつもの通り道である、騎士様のお屋敷の、小さな噴水からのせせらぎだ。
下水からの出入り口は、ねずみよけのまじないがある。ねずみでなければ、近づくことすらない、そして、念じた。
ただの石ころに見えて、まじないがある。ねずみが通り過ぎると、元の通りに、まじないが復活するわけだ。
下っ端の魔法使いの仕事として、身についていた技術である。ねずみが、いつネズリー少年に戻っても、下っ端として小遣い稼ぎが出来るだろう。
見上げると、夕焼けの陰は、強くなっていた。
「………ちゅう」
振り返って、遠くを見つめる。
下水は広大で、そして、暗い。
巨大なレンガのアーチの先は、すぐに見えなくなる。夕暮れの強い明りが天井の排水溝の隙間から切り込んでくる。赤く不気味な瞳が睨んでいるようで、そして、その先はかすんで見えない。
「ちゅぅ~」
駆け出した。
悩み、考えるのは一人ではない、改めて仲間たちと筆談をすればいい。なぜ、戻れないのかと。
今は、夕食に間に合うように、急いだ。




