再会、丸太小屋メンバーと、ねずみ 1
夏の暑さも、すこし和らいできた。
そう感じるのは、ここが森の中であるためだ。石畳の道と比べるほうが、間違いだ。森の中は木陰に守られ、そして、涼しい風が吹いていた。
ねずみは、鳴いた。
「ちゅぅ~、ちゅううう、ちゅうっ~」
ご機嫌のようだ。
ねずみの言葉を理解できる人物は、どこにもいない。ただ、ほっと一息をついたことは、伝わったはずだ。
ねずみを頭に乗せていた犬耳は、ぴくぴくと動いていた。
「不思議なねずみだ………」
犬耳の人も、ご一緒だった。
獣人の国から訪れた、使者である。謎の手紙を受け取った、その答えを得るためという。
スパイというほうが正しいと思うが、領主様は、ちゃんと理解した上で、誘い込んだのだ。
犬耳さんが、町に潜んでいる。
そこまではわかっても、思い通りに操るにはどうするのだろうか、噂を流せば解決だ。パーティーの招待状を配っていれば、なにかつかめると、現れると期待をするのだ。
すべては、領主様の手の上だったらしい。さすが上に立つ人物だと、ねずみはうなったものだ。
お使いのメイドさんは、朗らかに笑った。
「まぁ、ボクもそう思うけどねぇ~………ドラゴンの宝石を持つねずみ、普通なら、冗談って感じ?」
スレンダーなメイドさんは、男装をすれば女子にもてそうだ。
そして、小首をかしげて、可愛らしさをアピールしていた。自然な流れである。このようなあざといしぐさが似合って、腹立たしい。美人は、何をしても許されるのだ。
カーネナイのお屋敷に住まっている新たなメイドたちを思い出すと、特にそう思うねずみだった。アーレックを上回る巨漢のマッチョが、メイドさんに化けていたのだ。
お出迎えを受けて、犬耳さんも、尻尾をぶわっ――と警戒に震わせていたほどだ。
ご近所の悪ガキたちには、有名らしい。
お化け屋敷に、本当にお化けが出た――と
ただ、付き合い始めると、茶目っ気のあるおば様というマッチョである。ご近所の奥様の中に、自然と溶け込むマッチョは、すごいの一言だ。
心は乙女と言うか、おば様達のグループに溶け込めるあたりは、そういう特技なのだろう。
盗賊として情報を集めるために役立った能力は、メイドさんという新たな人生において、成功をもたらしたらしい。
お仲間の、ゴキ○リのように壁を這い回る身軽さをもつお兄さん達もいたのだ。その特技を生かして、壁の清掃や修繕に忙しい。ちょっとした公園並みの広さのお庭も、マッチョなメイドさんや、荷物運びが得意なもう一人のメイドさんによって、徐々に本来の広大さを取り戻しつつある。
カーネナイのお屋敷は、新たなスタートを切ったわけだ。
今は、犬耳さんが滞在中だ。
突然、ぶわっ――と、尻尾が膨らんで、警戒を表していた。背筋もまっすぐに緊張を表し、耳は、せわしなく周囲をうかがう。
犬耳さんの頭の上に座っていたねずみは、鳴いた。
「ちゅぅ~………」
ドラゴンが、こちらを見ていた。
町で、噂が広まっていた。森にドラゴンが出たという、気まぐれに遊びに来ることはある、最近から出回った噂である。
具体的には、ねずみが風船たちと共に、大空へと旅立ったその日の夕方の出来事だ。
本当に、ドラゴンがいたのだ。どこか遠い出来事の、現実と向き合うのを拒んだ瞳である。
頭上の宝石さんは、ぴか~、ぴかぁ~――と、のんびり輝いていた。驚いたのか、仲間の気配に喜んだのかは、分からない。
ドラゴンの巨大な瞳が、輝いた。
“あぁ~、ねずみさんだぁ~”
声は、お子様フレーデルだった。
ただ、肉声とは異なるようで、響くような不思議な声であった。ねずみには覚えがある、巨大な狼というヌシ様と同じ、不思議な声だった。
ドラゴンの巨体の後ろに、草原が見えた。
中央には丸太小屋があったが、今のフレーデルは丸太小屋に入るサイズではない。 森の木々の間から、ぴょこ――っと頭が出る巨体である。
アニマル軍団も、現れた。
「フレーデル、噂が大変だから、元に戻りなさい」
「くまぁ、くま、くまぁ~」
「そうだワン、洗濯物が乾かないワン」
いつであっても、レーゲルお姉さんは、お姉さんであった。
なのに、ねずみと人間のようなサイズの違いが、面白い。森の王者であるクマさんであっても、ウサギさんのように小さく感じてしまう。
赤毛のお姉さんも、現れた。
「まぁ~、この前、久々に本来の姿になったからね?気が緩んだら、元に戻っちゃうんだよ………まだまだ子供だねぇ~」
見た目は、人間モードのフレーデルちゃんの姉と言われて納得の、ただし、スタイルはとてもよいお姉さんだ。
ドラゴンモードになれば、どれほど巨大で、恐ろしい姿なのだろうか。見てみたいようで、騒ぎがパニックになるので、やめてほしいと思うねずみだった。
すでに、町では森にドラゴンが出た、住み着いたという噂で持ちきりだ。そのため、領主様の屋敷での騒ぎや、サーベル使いと下僕が婚約したという騒ぎも、とても小さな扱いだ。
ドラゴンに比べれば、些細なことだ。
“あれ、ねずみさん、どこ~?”
目の前にいるというのに、小さすぎて、見えないようだ。
一方、ねずみにとっては、目の前だ。
子犬のような顔にも見える、それでも、巨大なキバは恐怖に値する。人間程度なら、一口というサイズだ。
巨大なるワニさんを思い出し、そして、10メートルサイズのワニさんと比べれば、やや小柄と思う。
いいや、災害だ。
メイドさんは、壊れていた。
「ははは、ドラゴンめ、幼子でさえこの巨体だもんな、なんでケンカを売るマネをしたんだか、あいつらは………ははははは」
背の高いスレンダーメイドさんは、すでに現実を忘れ、遠くを見つめておいでだ。
ねずみは、懐かしい仲間の成長?に、遠い目だ。
「ちゅぅ~………」
ドラゴンモードでお出迎えとは思わなかったが、逃げ出すわけにはいかない。
なにより、仲間なのだ。
そう思った瞬間から、恐怖から懐かしさに変わる不思議である。そして、思いつく。雛鳥ドラゴンちゃんは、丸太小屋を見下ろすサイズなのだ。手のひらサイズの小さなねずみなど、姿を現しても、見つからないだろう。
ねずみは、跳んだ。
「ちゅぅ~っ」
それなりの広さの草原を、半分ほど占領している。そんなドラゴンちゃんに向かい合うように、ねずみは飛び上がった。
宝石を背中に輝かせて、鳴いた。
「ちゅぅ~、ちゅううう、ちゅうううぅっ」
空中に浮かんで、両手足を広げて、アピールをした。
われ、ここにあり――
それほどハデに、そして、そうでなくては見えないだろう、小さなねずみである。草原に降り立てば、即座に姿が消えてしまう。背後の宝石がピカピカ光って場所を教えるべきだ。
いまは、空中に浮かび上がっていた。
“へぇ~、ネズリーも空、飛べたんだ?私も――”
言いながら、小さな?ドラゴンちゃんは翼を広げようとした。
即座に、レーゲルお姉さんがツッコミを入れる。
「待ちなさい、フレーデル、おすわりっ」
銀色のツンツンヘアーのレーゲルお姉さんはびしっと、妹分に命じた。
ただでさえ、暴走娘であったのだ。ドラゴンの姿ではしゃいでしまえば、災害なのだ。しかし、そんなフレーデルを前にしても、いつものお姉さんだ。
実のお姉さんである、赤毛のベランナさんがおいでだが、教育係はレーゲルお姉さんのようだ。
ねずみは、叫んだ。
「ちゅぅ~ぅう?………」
吹き飛んでいた。
雛鳥ドラゴンちゃんは、びくっとした。
それだけで、吹き飛ばされたわけだ。翼を広げかけていたのが、災いした。びくっと、風圧を生み出していた。
ねずみは空中に浮かんでいたため、影響をまともに受けてしまったようだ。夏の青空へと、旅立った。
「ちゅぅううう~」
青空をにらんで、ねずみは、思った。
夏は、まだまだこれからだと。




